episode2.3.15 命の数

AM1:23 死者:4名 負傷者:0名


 ド深夜。雪は止み、月は真ん丸、煌々と輝く。もはやお馴染みの部屋で、寝付けぬ2人がダラダラと喋る。

「おかしいだろ!! さっきまで白かった!!」

「だからあ、そういうゲームなんですってば。挟むとひっくり返るって性質上、中央が白けりゃ白いほど黒に染まりやすいんです」

「じゃあ次! 私黒やる!」

「残念でしたね。白の方が勝率は見込めるんですよ、ほんの若干ですけど。あ、じゃあハンデとかどうです。この一辺を───」

 そう言いかけたところで、ツキは右手でアカゲの口を塞ぐ。前にも似たような状況があった。ツキの危機察知能力は信用できる。

「(……誰か来る)」

 ツキは静かに言って、カタリと定規を手に取った。オセロ盤を置いたテーブルから離れ、ゆっくりと2人はドアの方に近付く。ここは施設の端で人気ひとけはなく、この時間にルームサービスが訪れることもない。アカゲはジェスチャーで、電気を消すことをツキに伝えた。ツキの電機義眼はナイトビジョン代わりにもなるから、暗闇で先手を取りやすい。近付く何者かの足音を聞きながら、アカゲはパチリと部屋の電気を落とした。

 ……暗闇……静寂。アカゲが聞いても分かる、重たい足音と一定のリズム。装備を付けた兵士の音だ。ユクエを手引きした罪でアカゲを捕らえに来たのかもしれない。

 そんな時、部屋の前で足音は止まった。ドアの両端に待ち構える2人。すると、バン! と小気味良い音が廊下に響き、ガギリ、錠前が破壊された。おかしい、下界連合は銃器類を保有していないはず。ドン!! そのままの勢いで蹴破られる扉。中は暗闇だ。

 謎の兵士は、アサルトライフルに取り付けられたライトで勢い良く部屋を照らす。くまなく探し、後ろを照らしてアカゲと目が合う!!

 ザシュ─────────!! 引き金を引く寸前。静かに、鮮烈に、ツキは兵士の背を斬り裂いた。ドアを閉め、明かりをつける。床には映画で見るような特殊部隊みたいな格好の男が倒れている。肩には『セ特』と書かれたワッペン。明らかな装い、コイツは下界人じゃない。一体、何が起こっている?

「お前、意外と容赦無いんだな……」

 頬に飛んだ血を拭うツキを見て、アカゲがそう呟く。

「なんだよその言い方……。一人なら加減できるけど、今はアカゲの命が掛かってる。私は、コイツの命よりアカゲの命を大事にしたい」

 ……浦山要塞内部に入り込んだ謎の敵。今夜この町で何かが起こっている───そう確信したアカゲは、男の死体からアサルトライフルを奪い、薬室を確認、照準器を覗いて構えた。

「ならオレも、礼儀をもって責任を果たしますよ。大人なんでね」

「あんま無茶すんなよな、てかそれ使い方知ってんの?」

 銃を下ろして、少し考える。

「あー、まあ……知識でどうにかできるモノなら大体は。映画で見たんで」

 ……ツキが怪訝な顔になった。

「とにかく、何かが起こっているみたいです。オレが狙いか、あるいは───」

「ああ。たぶん、5年前と一緒かもしれない───。もしかしたら、例の男も」

「それを確かめるためにも、まずは皆と合流しましょう。幸いまだ騒ぎにはなってないみたいだ。オレ達は早い段階で気付けたかもしれません」

 アカゲは思考を巡らせる。2人が思っている通りの事が起こっているのだとすれば、いくら施設の端とはいえ手薄すぎる。ツーマンセルも組めないくらい人手が足りていないのか、よほど下界人を甘く見ているのか。たぶんどちらもだろう。だったら、限りある人員をどこに配置する? ……まさか。

 もしかすると、今夜は……大勢の命が失われるかもしれない。気を引き締める。

「わかった。明かりはつけるな、先は私が見る」

「了解、頼りにしてますよ」

 男の死体に一瞥、2人は薄明かりの廊下へ飛び出した。


AM1:37 死者:29名 負傷者:48名


 カンカンカンカン!! けたたましく外で鳴る鐘の音で身体を起こす、勾留中のユクエ。格子窓の外から小さく赤い光が揺れるのが見えた。窓に近付き覗き込む。鉄格子の隙間、瞳に赤が映った……。炎が、町の端からゆっくりと燃え広がっている───。木造家屋群はまるで導火線、町は炎に包まれて。一体、これはなんだ……? 急いで隣の壁を叩く。

「トヨ姉さん、起きてますか」

 しばらくすると、返事があった。

「……ああ、見えてるさ。町が燃えていくのが」

「ただの火事じゃない……一体、何が起きて……」

 死を悟るようなユノカワの声が告げた。

「ついにここにも来おったか。───灰の男」


AM1:40 死者:32名 負傷者:52名


「ダム施設の占拠は終わったみたいだね。えーと各員、これより第三フェーズに移ります。追い込み漁を開始してください」

 無線機で各部隊へ通達する後ろ姿。ウルフカットの白髪を風に揺らし、遠くに燃える炎を見つめる。政府特務隊中央作戦群、浦山要塞侵攻作戦はとうに始まっていた。……一人静かに呟く。

「───悪いけど、灰の男は2度と来ないよ。でもまさか、アイツがそんな名前で呼ばれてるなんてね。私も呼ばれんのかな、あーあ、嫌だなー……」

 ……電子端末を確認し、首を傾げた。信号094がロストしている。

「あれ。どうしたんだろ。油断禁物って伝えたのにな。……そういや田中くん、終わったら飲み会があるとかではしゃいでたっけ」

 ゆっくり目を瞑って、腰の鞘に手を伸ばした。

「こんな作戦終わりで飲んでも美味しくないでしょ……。まあいいや、弔いは後にするけど許してね」


AM1:58 死者:144名 負傷者:232名


 燃え盛る業火、町の端から中央に、炎で満たされ広がっていく……。

「子どもたちの避難を最優先!! 動ける大人は総動員で!! 西との連絡を続けてください!! 負傷者は速やかに寄宿舎へ!!」

 バチバチと建物は焼け、逃げ惑う人々。雪と炎が闇に溶け合い混沌たる午前2時。町の様子は徐々に変貌を遂げ、火の粉が舞い散る。ババババと激しい銃声も近付いてくる。


AM2:11 死者:161名 負傷者:270名


「ハナビよ、前線を北側桟橋まで下げるぞ!! 来たる敵をそこで迎え討つ!!」

「それじゃ敵の思う壺だろうが!! 要塞内はとっくに全滅してる筈だ!!」

「要塞奪還は長火鉢ツキに任せるのじゃ!! 今はそれしか思いつかん!! どちらにせよアレが相手では分が悪すぎる!!」

 バババババババババ!! 空を駆る鉄の籠。武装を積んだ輸送ヘリ5台が、燃え盛る眼下を見下ろす!! 焼夷弾が投下され、地獄が広がっていくのが手に取るように分かった。トランシーバを握ってサガミは声を上げる。

「───全ての生き残りに告ぐ!! 前線を北側桟橋東西に展開!! 敵は浦山要塞側・さくら町側双方から挟み撃ちを仕掛けるつもりじゃ!! 避難者を戦火に曝す訳にはいかん!! 命を賭けて押し返すのだ!! 全力で死守せい!!」

 こちらから攻撃しなければ、連中は撃っては来ない。敵の術中にハマりつつも、苦し紛れの幸いだ。───奴らの狙いは、ダム施設にできるだけ生きたまま多くの人間を集めること。そして恐らく、あの輸送ヘリ5台は最後に、ダム施設の屋上へ降り立つだろう。

「ワシらも急ぎ向かうぞ!! 被害を最小限に食い止めねばならん!!」

「ああ、分かってる!!」

 無骨な大太刀を腰に下げ、ハナビは走り出す。まるであの日の再来だ。しかし今は……今の自分なら……。


AM2:28 死者:175名 負傷者:291名


「全生存者の集結完了!! ここが最終防衛線です!!」

 防衛隊員の駒沢は、ボロボロになった隊服で汗を拭い報告する。

「いよいよ相手も本腰じゃろう、ここからが本番じゃ。気を張れい!!」

「ハッ!!」

 ───残生存者数、3728名。集結地点は東側と西側に分かれ、それぞれ工学研究所と寄宿舎を拠点に構えている。生き残った防衛隊員数、208名。既に全体の6割は命を落とした。

「……この短時間でこうも追い詰められるとは、装備の差だけではない、平和ボケしていながらも少しは戦術に長けておるようじゃ。しかし奴ら、ワシらのことを未開の原始人だと思い甘く見ておる」

 ババババババババ!! 上空に悠々と飛ぶヘリを見上げて考える。

「短期決戦で仕掛けるからには、燃料もそう多くは積んでおらんじゃろう。狙いはワシらの首。持久戦に持ち込めば、あるいは……」

 しかし考え付くのは妙案ではない。ヘリを落とせたところで、絶対的な戦力差はどうにもならない。この戦い……負けが濃厚。いや、最初から戦いにすらなっていない。これは───狩りだ。


AM2:30 死者:175名 負傷者:270名


「長火鉢!!」

 ツキとアカゲの姿を見たハナビは、急ぎ駆け寄る!

「アンタは……!」

 避難所の真ん前、ハナビの声にアカゲが気付いた。2人の前にズザザと止まる。息を切らして訴えた。

「この状況……分かってると思うが、お前の力が……必要だ。お前にとっちゃ薄っぺらい3日間だったかもしれねえ、だがな……ここには皆が暮らしてる。下界連合本部は全ての下界人の希望だ、絶対に陥落しちゃならねえんだ……!!」

 ツキは、両の眼で、その姿をじっと見ていた。

「だから頼む、皆を救ってくれ。これは、お前じゃなきゃ出来ねえ事だ」

「……私は。私は、どうすればいい」

 暗闇にツキの右眼が淡く光る───。

「もうすぐ奴らの総攻撃が始まる筈だ。俺達でそれを迎え討つ。その隙に、お前は要塞内に巣食う連中を全員排除して欲しい。あのヘリが地上に降り立つ前にだ」

「分かった、任せて」

 そこへミズホが駆け付けた!

「ツキちゃん!! 行くなら、これ持ってって!!」

「ミズホ……!」

 両の手には4台の携帯型通信機、コードが束ねられ、イヤホンと繋がっている。ツキのポケットに端末を入れイヤホンを着けさせた。アカゲ、ハナビ、ミズホの3人も一緒に付けた。

『どう、聞こえる?』

 イヤホンをつけた片耳からは、目の前にいるミズホの声が軽いノイズに乗って聞こえた。

『これで離れてても声が届く。電源は付けっぱなしだから、送信ボタンとかいちいち押さなくても声は垂れ流し。誰かがピンチの時はすぐ分かる』

『随分便利ですね、これなら多分アレもできるでしょう』

『確かに、アカゲと一緒にいる必要がなくなって動きやすくなった。ありがとなミズホ』

『西側はジジイに任せてきた。東側の指揮は俺が代わるぜ。ミズホは東西の情報統制を頼む』

『分かったよ、みんな死なないでね』

 互いに目を合わせて頷く。地獄の業火を目の前に、心が一つになった気がした。

「アカゲさんはこのまま付いてきて! シンバシと、みなとちゃんが探してる! あなたの力が必要なの!」

「オーケー、すぐ行きましょう」

 アカゲとミズホは研究所の方へ走って行く。ツキも現場へ向かおうとした時、ハナビが呼び止めた。

「おい」

「んだよ、まだ何かあるの」

 ツキの眼を見つめて、真剣な眼差し。

「───俺は、最初の日。そんなモンは正義じゃない、お前にそう言った。守りたい奴だけを救い、関係のない奴は放っておく。そんなお前の生き方を。それを取り下げるつもりは微塵も無え。……だがな、俺は見てるぜ。───テメエが何を救うのか」

 そう言い残して、ハナビは去って行った。

 ……一人になったツキ。白い息を吐く。

「……何だアイツ。話なが」

 ハナビの足跡を目で追いながら、過去を見る。失われた命の数と、これから失われる命の数に呟くのだ。

「───私は誰も救わない。私を殺そうとするヤツを、私が殺すだけだから」

 それぞれの目的へ散り、彼らは走り出していた。ツキの刃は、より一層強く握られている。

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