episode2.2.9 2人の溝

 それから3日後。

「どうすかこれ、なかなかのモンでしょう」

「お前は線書いてただけだろ」

「いやあ分かってないですね! 耐震性に優れた構造、バリアフリーの広々空間。しかもテラス付き!」

「余計な手間増やしやがって、物が置ければ何でもいいよ」

 完成した新居を目の前に、2人は揃って黒ずんだ固い肉を齧っていた。これは……炭化人間の腕だ。今のアカゲにとってもはやお馴染みとなった食事だが、初めて食べた時は飲み込むのにも苦労した。味はというと、塩気のない変な風味のビーフジャーキーみたいな感じ。眉を顰めるような後味が抜けていき、これは好き嫌いが分かれそうだ。

「何もここまでしなくていいだろ、どうせすぐ出発すんだから」

「全部終わって、帰る家がないってのも寂しいでしょう。せめて豪華に構えときましょうよ!」

「まあ、確かに?」

 合間合間にモグモグと、不毛な味で栄養補給。味にこそ慣れたものの、流石に飽きが来ていた頃だ。

「よし、食事にしましょう。せっかく台所もできたんです。例のお肉、焼いちゃいましょっか」

「やっとか、待ちくたびれたぞ」

「肉なんてね、待てば待つほど美味いんですよ」


 この3日間。ツキと暮らすことで、彼女のことが何となく分かってきた。

 まず、絶対に右眼を見せない。ツキは髪を洗う時、寝る時にしか右眼の包帯を外さない。最初は眼に傷でもあるのかと思っていたが、寝返りをうった時に見えた右の瞼は至って普通だった。だとすればなんだろう、生まれつき目が見えないとか……。気になって尋ねたこともあったが、毎回上手くはぐらかされた。そういえば、大昔の海賊達がこぞって片目に眼帯をつけていたのは、夜中に接敵した際に眼帯を左右で付け替え、即座に夜目を効かせるためだという。ツキも海賊なのだろうか? いやまあ、そんなことはいいとして。

 次に、寝相が悪い。寝床が一つしかないから毎回交代で寝ている訳だが……。最初は姿勢良く毛布に包まる。しかし眠りに入ったかと思えば愉快に動き出す。寝返りをうち、お辞儀するみたいに倒れ込み、180度回転して、枕に足を乗せる。見ていて飽きない、ダイナミックな寝相だ。危ないから近付かないようにしている。

 あとは、自分の特別な力について複雑な感情を抱いているみたいだ。力もスピードも耐久力も、恐らく彼女は尋常ではない。本人によれば、どれも生まれつきのものらしいが、なかなかそうは思えない。故郷の村でもそんな風に思われていたのだろう。昨夜の夕食、彼女は言った。

「私はただ、普通でいたかった」

 その一言に、静かな寂しさが込められているのが分かった。

「お母さんと、お父さんと。普通に暮らしているだけで幸せだった。……私には、必要のない力だ」

 俯くツキに声をかける。

「オレには必要です」

「お前に?」

「ええ、オレはアンタの相棒バディだ。アンタと復讐を共にする優秀な助手です」

 ツキは険しい顔をして睨み付けた。

「何だそれ、勝手に変な呼び方すんな。お前はただの情報源、要らなくなったら捨てるだけの道具だよ。出会ってたかが数日、何勘違いしてんだか知らないが───お前はただの、ウザくて非力な犯罪者だ」

 立ち上がって、彼女は寝床に入った。一晩経ってまた話すようになったのだが、昨日のその一言がまだオレの頭に残っている。


「おい、さっさと肉焼くぞ」

 珍しく考え事に時間がかかった。ツキの声でふと我に返る。

「オーケー、焼いちゃいましょう。それじゃ新居お披露目、最後の仕上げ頼みますよ」

「最後の仕上げ?」

 オレは用意しておいた両手大の石材を持ち上げツキに見せた。そこら辺を探して厳選した、密度の高い石の瓦礫だ。こいつを平たく割ってしまえば、優秀な肉焼きプレートになるんじゃないかと思ってね。

「これ……横に真っ二つとか、いけたりする?」

「余裕だ。そのまま持ってろ」

 ツキは右手の刃を煌めかせた。石を見据えて、静かに刃筋をイメージする。次の瞬間。

 ───ギン!! と鈍く鋭い音がして、刃の軌跡はまるで光の糸……石はスパッと横に割れ、プレートになった。断面は美しく滑らかだ。技もそうだが、驚くべきは凄まじい切れ味とその強度。定規の刃を見ても、刃こぼれ一つ付いていない。

「おお、すげえ」

「ふふん」

 満足気な顔のツキ、2枚になった石のプレートを抱えるアカゲ。これでね、2人分の肉がいっぺんに焼けるってワケですよ。準備完了、あとは表面を軽く洗って五徳にセットするだけ。

「じゃ、新居お披露目も兼ねてさっそく───」

 そう言いかけて振り返った瞬間。

 ドゴアアアア──────ン!! 凄まじい衝撃と風圧、轟音に顔を覆う!! 何だいきなり!?

 ……2人が視線を上げたその先。───突如現れた巨大な鉄塊が、新居に真上からぶっ刺さっていた。家は半壊。砂煙が濃く舞っていて、視界は悪い。

「コイツは、一体……!」

 想定外の事態に狼狽えるアカゲ。完成した矢先だってのに、何だこの不気味な鉄の塊は……!?

「ぁ……ぁぁ……」

 ツキは口を開けてガクンと座り込み、項垂れていた。

「お、おい。ツキ。元気出せって。また建て直しましょうよ! 今度はもっと凄いヤツ!」

「…………だ」

「?」

「……どこの誰だ、私の家を……。誰がやったんだ、私の家を。誰だ? アカゲ。誰だ? お前か?」

「お、落ち着けって。お前の家壊したやつ、ホラ。たぶんアレに乗ってるんじゃないか」

「……!」

 そう、あの鉄の塊をよく見れば、SF映画に出てきそうな車の形状をしている。なんだか時間を行き来できそうな見た目の───「浮上装甲車輌」といったところだろうか。2人は、ゴッソリと家に突き刺さったソイツを見やる。モクモクと砂煙の切れ間が空いて……。その時。ギュイ、とコックピットの屋根キャノピーが動き、そのまま展開していく。やっぱりアレは乗り物だったんだ! ギャ、と開き切り、展開し切った屋根キャノピーを中から踏みつけるように、身を乗り出す人影。タン、浮上装甲車輌のボディを蹴り、そのまま素早く地面に着地する謎の人物。砂煙に巻かれていたシルエットが、いよいよ明らかになる。

「なんだ……アイツ」

 2人は凝視した。

 立ち姿は、中性的な顔立ちをした男。10代後半から20代前半。髪は肩まで伸びていて、癖のある浅い栗毛にオレンジのメッシュ。黒とオレンジを基調とした戦闘用スーツを着込み、どうやら腰には刀が二本。胸のホルスターには拳銃を一丁。男の装いのどれを見ても近未来チックな見た目だ。極め付けは、背中に担ぐ奇妙な大剣。明らかに戦う人間の出立ちをしている彼だが、注意を引く部分が更に一箇所あった。

「───何だ? あの眼」

 アカゲが言う。

 よく見れば、彼はカラフルな眼をしている。オレンジ色の瞳に、水色の虹彩、真紅の瞳孔。瞳の中は菱形のマトリョーシカみたいに重なった人造的な見た目。刺激的なカラーリングで、まるで猛毒の生き物だ。

「がるるるる……」

 ツキは溢れんばかりの敵意を顔に滲ませている。彼女の様子を見た奇妙な男は、一言。「犬」と呟いた。戦闘用スーツのコートの裾を風に靡かせながら、こちらに口を開く。

「───名乗ろうか」

「頼みます」

 アカゲは反応。

「……がるる」

 ツキも続く。

 平穏は終わりを告げ、新しい風が吹こうとしている。二人の未来は果たして……。

 口を開けると特徴的な八重歯が見えた。

「我は、V」「───ヴァンキッシュだ」

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