チェックおじさん
画図千羽
チェックおじさん
「チェック!!!!」
おじさんが駐車場で声いっぱいに叫んでいる。
「あの人何なんですか?」
「あぁ、あんまり気にしないで良いよ...」
アルバイト初日の私の疑問を、店長は面倒くさそうに受け流した。
バイトを初め数週間が経過し、職場内での人間関係や力関係が段々と分かってきたと同時に、初日に感じた疑問に対する回答も得ることができた。
私が高校生の頃アルバイトをしていたドラッグストアでは、ほぼ毎日駐車場で「チェック」と叫びながら車に指差し確認を行う、見たところ40代後半から50代半ばくらいの初老の男性がある時を境にして出没するようになっていた。いつ頃から現れるようになったかは定かではないが、バイト歴が3年を超える先輩もバイト初日に私と同様、異常なおじさんの行動に面食らったと語っていたので、少なくとも3年以上前から謎のチェック行動を行なっているようだ。
私のようにまだ日の浅いスタッフはその大音声や、意図のわからない行動を訝しんでいたが、無人の車にしかその行動を行わないことや、他者に直接危害を加える様子もないことから、先輩や店長は少し静かにしてくださいねと言ったような注意をするに止まっていた。そして、次第にその奇行が異常行動ではなく私のバイト先での日常に変わっていった。
バイト仲間の間では「チェックさん」や「チェックおじさん」と呼ばれ、たまにその姿を見せない時には、今日はおじさんどうしたんだろうかと心配する声も出るほどにマスコットのような扱いになっていた。かく言う私も、当時はまだ10代で今よりも物事の分別が付かない年齢だったため、そうしたおじさんの行動を早く終わってほしいバイトの時間の際に気を紛らわすための、ある種のコンテンツとして消費していた。
8月も半ば、まだまだ暑さが身にしみるお盆の時期に、おじさんが数日間姿を見せないことがあった。私がバイトを始めてからはほぼ毎日彼の姿を見ていたため、帰省でもしているのかなぁとぼんやり考えながらその日の休憩時間を過ごしていた。
「店長!!!!大変です!!!!」
私と同じ高校生でアルバイトをしているAさんという女性スタッフが血相を変えて事務所に飛び込んできた。
休憩していた私や同僚、店長は何事かと思い、息を切らし顔面蒼白なAさんに何が起きたのかを尋ねたところ、トイレの壁に小さなカメラが埋め込まれていたのを発見したとのことで、一時騒然となり、店長はすぐに通報、警察による調査や聞き込みが行われた。
職場のトイレはスタッフもお客さんも共用かつ男女共用のトイレだった。そのため、カメラを発見したスタッフへの聞き込みの他、当時出勤していたスタッフ全員への聞き込みも行われ、店長は店内の監視カメラの映像等を警察に提出したとのことだった。
数週間後、店長から盗撮事件の犯人が捕まったと伝えられた。捕まったのは職場と同市内に住む無職の男性で、私たちが「チェックおじさん」と呼んでいたその人だった。
チェックおじさんの行動が何を意味していたのかは今でも分からないし、彼の素性も結局のところよく分からない。しかし、あの頃から10年以上経過した今でも、駐車場に鳴り響くおじさんの声と、盗撮事件の犯人が判明した際に感じた気持ち悪さがお盆の時期になると鮮明に思い出される。
チェックおじさん 画図千羽 @katochihua
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