第83話 夜更かしも楽しいですね

 帰路で話していた通り、帰宅後は美海が先にシャワーを浴びる流れとなる。

 出迎えてくれた美波はと言うと、予想が正しくすでにシャワーを済ませていた。

 けれど、シャワーを浴びたばかりだったのか髪を濡れた状態で出迎えてくれた。そして当然の様にリビングにはドライヤーが用意されている。


「やって――」


 無理矢理ドライヤーを持たせて来る美波。

 さては、帰宅に合わせてシャワー浴びたな。

 昨日だけの約束だったけど――まあ、いいか。

 美波が居るのも今晩までだからな、今は美波を甘やかしたい気分でもある。

 ドライヤーをかけ、美波の綺麗な髪に触れていたせいか少し興が乗って来てしまう。


「三つ編みにしてみる?」


 美波は即答で『やって――』とは言わずに、僕に質問を返して来た。


「好き――?」


「明日の朝に三つ編みを解いた時に出来る癖を利用したら、いつもより大人可愛くなるかなと思ってさ」


「やって――」


 今度は即答で承諾をもらえた。

 髪を乾かし、それから三つ編みに結んでいると、美波も嬉しいのか鼻歌まじりで肩が揺れ始めた。

 なんの曲だろうか、いつものクラシックではないように思うが。


「映画――」


「観たいの?」


「借りた――」


「あ、出掛けたんだね。どんなの?」


「ゾンビ――?」


「珍しいね?」


「3人で――」


「美海がシャワーから戻ったら聞いてみようか」


「うん――」


 暑いから家に引き籠ると言っていたけど、映画を借りに出掛けていたようだ。

 ホラー物は美波にしては珍しいけど、3人で観たら平気と言っている。

 夏だし気分が乗ったのかもしれない。

 観るとしたら僕がシャワーを済ませて美海の髪をやってからになるだろうな。

 昨日より1時間ほど早い帰宅で、今日は日付を跨ぐ前に床につけるだろう。

 そう考えていたが、難しいかもしれない。

 でも滅多にない時間だ。

 優先するは僕より美波だから睡眠を諦めて腹をくくるとしよう。

 けれど美海はホラーとか平気かな。それも確認したらいいか。


「っと。はい。完成かな」


「鏡――」


「洗面所は美海がいるかもしれないから、僕の部屋で見ておいで」


 小さく『コクッ』と頷きリビングから早足で出て行った。

 入れ替わるように、今度は美海がリビングに入ってくる。

 どうやらすでに上がっていたようだ。


「お待たせしました。美波どうしたの? 満面の笑みで反則的に可愛かったけど」


「おかえり。僕もシャワー浴びて来るから、直接本人に聞いてみたらいいよ」


「ふ~ん? また『ドヤッ』て、される気がするけど聞いてみるね。あと、ただいま。それと、いってらっしゃい!」


「あ、そうだ。美波が3人で映画観たいらしいけど、美海はホラーとか平気? ゾンビ物らしいけど」


「ふふっ。見たことないけど多分平気かな。ちょっと興味もあるし大丈夫だよ」


「よかった。夜更かしになるけど後で見ようか」


「うんっ」


「じゃあ、今度こそいってきます」


「ふふっ、今度こそいってらっしゃい!」


 美海に見送られ、僕も洗面所へと向かう。

 上がったら美海の髪も三つ編みにすることになるだろうから急いで済ませよう。

 美波は1つにまとめたけど、美海は2つにしようかな。


 そんなことを考えて脱衣所に入ると、とてつもなくいい香りが僕の嗅覚を襲ってきた。

 昨日は僕が先で気付かなかったけど、よくよく考えたら女性の後に入るのは気が引ける事だよな――失敗したな。


 美海はあまり気にした様子はなかったけど、もう少し配慮すべきだった。


「なるべく呼吸の回数を減らすか」


 無駄な抵抗かもしれないが、気持ちの問題だ。

 “五十歩百歩”もしくは、”大同小異”。

 今の状況は、正にこんな言葉がお似合いかもしれない。

 四字熟語を頭に浮かべたのは、煩悩を無理矢理にでも頭から追い出したかったからだ。


 さらに息を止め、目も瞑ってもみた。

 まだ住み始めて3カ月。だけどすでに3カ月でもある。

 だからか、シャンプーや蛇口の場所は目を閉じていても手探りではあるが何とかなった。


 このマンションの一室に限っては、たとえ目が不自由になったとしても生活が出来るかもしれない。

 息が苦しくなったため呼吸をするが、一瞬で鼻から脳へ襲いかかってくる甘い匂い。


 ずっと嗅ぎたくなってしまう誘惑に抗うかのように、他の事で頭の中を一杯にして、汚れと一緒に1日の疲労をシャワーで流しさり、修行のような苦行を終わらせる。


 ドライヤーはリビングにあるため、着替えを済ませリビングに戻るが、何やら2人は仲良さそうに会話をしている。

 とても喜ばしいことだけど2人声を揃えて、僕のことを『馬鹿』だと言っていた。

 確かに僕は賢い訳ではない。

 誰かと仲良くなるには共通の話題が合った方が早いかもしれない。

 それでも、誰かの悪口を言う事は感心しないな。

 映画を観る時は僕1人でアイスを食べる事にしよう。

 そう言ったら、今度は一転して言い争いを始めてしまった。

 美波のてのひら返しには僕も驚いたことだ。


 アイスはあげるから仲直りしてくれと言うと、今度は2人で『好き』と言い合って仲直りをしている。

 単純だ、それでいいのか?

 まあ、ニコニコしているならいいのかもしれない。

 美海の髪にドライヤーを当て、三つ編みをしている間はずっと手を繋いでいたし、仲良くなったことは本当のようだからな。


「はい、出来たよ、美海」


「こう君ありがとうっ! 見てきていい?」


「どうぞ。いってらっしゃい」


「うんっ! いってきますっ!」


 さっき考えていた通りに、美海の髪を2つに分けて三つ編みにした。

 少し幼くなるかなって思ったが、そんなことはなく、とても可愛い仕上がりとなった。

 明日の朝、解いたら癖になるだろうけどいつも綺麗にセットしている美海なら可愛くアレンジで出来るだろう。

 どんな風になるか楽しみだな。


「ただいまっ! 綺麗に編んでくれてありがとうね!」


「おかえり。綺麗な髪だったからやりやすかったよ」


「えへへっ、ありがとっ! どう? 似合うかな? 可愛い?」


「よく似合っているし、可愛いよ。それに明日、美海がどんな風にアレンジするか楽しみでもあるかな」


「早く明日にならないかなぁ。でも、その前にっ!」


「アイス――」

「だねっ!」


「じゃあ、好きなアイス選んだら映画みようか」


 好きなアイスと言ったが、スーパーやコンビニのように揃っている訳ではない。

 けど、昨日買い物に行ったときに、美波の好きなアイスを何種類か箱で買っておいたから、選べるくらいには種類が揃っている。


 そのおかげか、2人の後を追いキッチンに行くと目を輝かせながら冷凍庫の中を見ている2人の姿が映った。

 美波はバニラモナカのアイスと、外側にチョコがコーティングされたバニラアイスの2つで悩んでいるようだけど、美海はチョコクランチがコーティングされたバニラアイスで決まったようだ。


 ちなみに美海が選んだアイスは、九州フェアで販売されていたアイスで、僕も食べたことがないから気になっていた。

 ただ今日は、バニラやミルクというよりはシャーベット系の気分だから、カップに入っているレモン味の氷菓に決めた。

 感想を聞いて明日にでも食べてみようかな。


「義兄さん――」


「仕方ないなあ。じゃあ、僕はチョ……モナカの方にするよ」


「あ~~、また甘やかしてる!」


 甘やかしていると美海に言われても仕方ない。

 美波は選びきれなかった結果、僕に片方を勧めてきたのだから。

 そうしたら、どちらも食べれると考えたのだろう。


 僕がモナカに選び直した理由は、手でわけることが出来るからだ。

 考え過ぎかもしれないが、僕が口を付けたアイスは嫌かもしれない。そう思ったからだ。

 美波が口にしたやつは適当に言って断ろう。

 食べ過ぎは良くないけど、箱アイスだから1本売りより小さいし平気だろう。

 多分、美波は美海のアイスも狙っていると思うから、2人で分け合って食べるかもしれないしな。


「じゃあ、2人とも。電気消すから先にソファ座ってて」


「うん――」

「は~い」


 あとそうだな……一応、お手拭きも用意しておこう。

 美波は夢中になると、食べる手が止まる癖があるからな。

 溶けたアイスが手や口に付く可能性もある。

 お手拭きを手に取り、電気を消したが――。

 そう言えば、うちのソファは2人掛けだ。

 僕はどこに座ろうか。

 少し硬いが、ラグも敷いてあるし床でいいか。


「義兄さん――」

「こう君、そこだとお尻痛くなっちゃうしこっちおいでよ。もう1人くらい座れるよ」


「3人座ったら狭いんじゃない?」


「平気――」

「平気だよ。美波細いし私も大きくないから」


 確かに、美波は背が高いけど女性らしく華奢だ。それに美海は背が大きくない。

 うん、言葉選びは大切だと思う。

 そう考えながら立ち上がり、ソファに座ろうかと思ったが譲られた場所は真ん中だ。

 左側に美海。右側に美波。


「僕、はしがいいんだけど?」


「早く――」

「いいからっ」


 僕の希望は問答無用に却下されてしまったので、渋々腰を落としてから、リモコンで操作して映画をつける。

 確かに座れたけど、両腕が2人の片腕と密着している。


 僕が気にし過ぎなのか?


 2人が気にしていないなら、僕が変に言ったら揶揄われるだろうし、気にせずアイスを食べて気を紛らわせるとしよう。

 映画も予告? 広告も終わり本編が始まる――あ。


 しまった、失念していた。


 前に美海は、映画は1人で観るのが好きと言っていた。

 そう考え美海に視線を送るが、


「こうして3人でくっついて観るのも楽しいね」


 そう言ってくれた。気を使わせてしまったかもしれないが、今は美海の優しさに甘えることにしよう――。


 久しぶりに食べたけど、モナカのアイスも美味しかった。

 3分の2程食べて、残りは美波と美海にあげた。

 もちろん、手で割ったから口はつけていない。

 2人が食べていたアイスは、昼間の桃の時のように『あ~ん』って、されたが断固拒否をした。

 不満を言われたが『映画に集中』と言って黙ってもらう。


 2人とも? そんな目で僕を見ないで映画を観てくれ。

 あと、残ったアイスの棒はお手拭きに乗せてテーブルに置いておいていいからね。最後に捨てるから。


 映画の内容としては、生物兵器の開発に失敗した結果、ウィルスが変異して世界がゾンビで溢れてしまうという内容だった。

 最近の映画でなく昔流行った映画らしい。


 さすがに高校生にもなると怖がったりはしなかったけど、朝見た天気予報通りに、途中から雷が鳴っていたので雰囲気は出ていたかもしれない。


 途中、近くに落ちたのか大きな音が鳴り、2人とも『ビクッ』と肩を揺らしていた。

 その様子は少し可愛いなと思い、つい『怖いの?』と聞いてしまった。

 すぐに反発されるだろうと思ったが、そんなことはなく、ひと呼吸おいてから予想に反した返事が、僕の耳に届いてきた。


「怖い――」

「怖いから、いいよね」


「……僕が悪かったから離れて」


 ――嫌。


 と、声を揃えて言われてしまった。


 結果、映画が終わるまで僕の手は2人の手に塞がれてしまうことになった。

 手汗が気になったが、それどころでもなかった。

 美海は僕の左肩に頭を乗せ、美波は腕に抱き着き体全体で寄り掛かってきた。

 つまりはシャワーの時以上の苦行を強いられてしまったのだ。

 おかげで映画に全く集中できなくなったし、体を動かせなかったから変に肩や首が凝ってしまった。


 だけど――。

 夜更かしをしてアイスを食べ映画を観る。

 それだけのことだけど、今までの僕には起こりえなかった出来事だから、なんだか特別なことをした気分にもなり楽しい時間だったな。


 美海さえよければ、またお願いしたいかもしれない。

 今度は別々に座るけれどさ。


 とりあえず、テレビを消し電気を点けて声を掛ける。


「案外、面白かったし機会があれば続きを借りてもいいかもね。じゃあ、歯を磨いて寝ましょう」


 すでに2人とも眠そうに目をこすっている。

 美波は僕と一緒で普段から眠りにつく時間は早い。

 美海の様子を見るに、美海も普段は早くに眠りについているかもしれない。


 映画の感想はまた今度でもいいだろう。

 やっと解放された体を目一杯伸ばすと、背中が『バキッ』と音を立てた。

 歪むきっかけになるからいけないと分かりつつ、気持ちがいいからやってしまう。

 おっと、また光ったな。

 雨の音が室内に聞こえてくるくらい、激しく降っている。

 いや、風も強いから窓に打ち付けている音かもしれない。


 歯も磨いた。戸締りもした。後は寝るだけ。

 クロコはどこで寝るだろうか。

 映画を観ている間はリビングに居なかったから、部屋に居たのかもしれない。

 そうすると、今日は2人の傍で寝るかな?

 少し寂しく感じるが、僕はいつも一緒だからたまには1人でいいか。強がりではない。


「じゃあ、ふ……」


 おっと、いけない。また2人って言おうとしてしまった。


「美海、美波、おやすみ。また明日」


「むぅっ――おやすみ――」

「おやすみ、こう君っ! また明日ね」


 呼ぶ順番を変えただけで、昨日とは反応が逆だ。

 美海が『ドヤッ』として、美波が不満そうにしていた。

 今日は、意識的に美海を先に呼んだけど、本当に他意はないんだけどな。

 あ、やっぱりクロコは部屋にいた。

 だけど、寝ているようだから声は掛けないでおこう。

 リビングに戻り、電気を消し和室にある布団に入る。

 そして、誰にも聞こえないけど独り言を呟く。


「今日もなんだか長い1日だったな」


 心の中でもう一度”おやすみ”と呟く。

 すぐに意識が遠のいて行き、楽しい今日が終わったのだ。

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