第58話 バス旅行に向けて

 帰宅してからは、肌にべた付く気持ち悪い汗をシャワーで洗い流した。

 それから、僕に足りないもの、持っているもの、出来ること。

 手札や問題点、すべき行動を寝落ち。覚醒。寝落ちを繰り返しながら朝まで考え続けた。

 当然だけど完全に寝不足である。

 それでも今日がまた始まるのだから頑張るしかない――。


 寝不足による慣れない脱力感を覚えながら、眠気覚ましに洗面台で顔を洗い、鏡に映る自分を無意識に見る。


「見た目は大事だから気を付けろ」


 無頓着な僕が昔から幸介に言われ続けている言葉だ。

 何故だか急に思い出した。

 それが原因じゃないが、そのまま鏡を見続け日課の鏡チェックを念入りに済ませる。

 寝不足も合いまって、酷い顔のレベルが上がってしまっている。

 今日は早めに寝ることを決めてから、朝の準備を進め、玄関でクロコと別れる。


「行ってくるね、クロコ」


「ナァ~」


 いつも通りクロコに見送られて学校へと向かう。

 到着後はいつも通り教室の机を整理する。

 それから職員室にいる古町先生を訪ね、個室で契約を交わす。

 次に、昨日のことがなかったかのように――いつも通り図書室で美海と当たり障りのない会話を楽しみ、少し早く切り上げさせてもらい、先に教室へと戻る。

 教室に荷物を置いてから幸介を探しベンチスペースに行くと、美波と2人で笑顔を浮かべながら喧嘩をしていた。

 そんないつも通りな2人に呆れながら挨拶を交わし、2人にお願いをしてから教室に戻る。

 驚かれ不快な表情をされつつも、隣席のクラスメイトと挨拶を交わしてみる。

 案外、返してくれるんだと僕も驚かされた。

 古町先生はいつも通りの時間に教室に入って来てホームルームが始まる。


 いつも通りの生活。

 今朝にかけて胸に決めた事はあるけれど、特別な事など何も必要はない。

 今までの僕はそんなことすら分からなかったのだ――。


「バス旅行の班ですが、職員会議でくじ引きに決まりました。時間を無駄にしたくありませんから、廊下側一番後ろから横に一列ずつ順に引きに来てください」


 クジに決まったことで、ほとんどの人が不満をもらしている。

 友人同士で回れた方が楽しいからな、でも学校が決めたなら仕方ないだろう。

 その中でも平田さんは、古町先生がクジと言ってすぐに机に突っ伏していたから、かなりショックだったのかもしれない。

 誰か組みたい人でもいたのかもしれない。悪いことしたかな。


「聞こえませんでしたか? 時間を無駄にしたくありません」


「「「「「「「…………………………………………………………」」」」」」」」


 古町先生から発せられる圧で、うるさかった教室が静かになる。

 ホームルームでは時間が足りなくて、1限目の古町先生の授業時間も使用するのだから仕方がないと思う。

 指定された廊下側一番後ろの席に座る僕から最初にクジを引いて行き、窓側一番前の席に座る美海が最後にクジを引いたところで10分間の休憩となる。

 クジの途中、幸介が時間を掛けてクジを引き古町先生に怒られる場面はあったけど、今は教室の中でクジの結果を確認しあっている人がほとんどだ。

 僕もクラスメイトを見習って、さっき挨拶した隣席の人に聞いてみる。


「森村くんは仲の良い人と組めた?」


「え? えー……と、女子は分からないけど、男子は黒田くろだくんと組めたかな。あとはお米大好き米田よねだくんが一緒」


「そっか。3人はよく一緒にいるから、よかったね」


「うん……や、八千代くんは?」


「僕はまだハッキリとは……幸介と組めたらいいけど、まあ、難しいだろうね」


「そうだね――」


「「…………」」


 今まで話すどころか挨拶すらしてこなかったのだ、会話が弾むこともなく気まずい感じに終了となった。

 心が折れそうになるも、最後に教室の外から戻ってきた五十嵐いがらしさんに声を掛けるが、凄い表情して『知らね』とだけ言われ10分間の休憩が終了となった。

 1限目が始まり、黒板に書かれた席に、引いたクジの番号ごとそれぞれ集まる。

 僕が同じ班になった人は――。


 美海、平田さん、五十嵐さん、関くん。

 女子3人、男子2人の班になったようだ。

 この結果に安心と同時に不安も覚えるが、このメンバーで行動するのだから当日までに頑張って仲良くなりたい。


 それぞれの反応を見てみると。

 平田さんは僕と美海を交互に見て『え、あ、え……』と挙動不審にしている。

 関くんは嬉しそうに美海へと声を掛けている。

 五十嵐さんは関くんと同じ班で嬉しそうにしていたけど、その関くんが美海に声掛けたものだから苛立っているように見える。


 不穏な空気を避けたい僕は、勇気を出して五十嵐さんに『同じ班だったね』と声を掛けるが、『なに?』と機嫌悪そうな声で返事が戻ったことで会話が終了となった。

 うん、時間が必要そうだな――。


 気を取り直して、平田さんにも『よろしくね』と声を掛ける――――――『はひ』と、何拍か経ってから返事が戻って来た。

 平田さんは恥ずかしがり屋な女の子なのかもしれない。

 五十嵐さんとは違った意味で、仲良くなるまでに時間が必要かもしれない。


 次は、邪魔に思われるかもしれないけど関くんと美海にも『よろしくね』と声を掛ける。

 関くんは意外にも邪魔そうな表情を一切見せずに、『よろしくな!』と爽やかに返事をしてくれた。

 そして美海は驚いた表情を浮かべてから『よろしくね。こ……八千代くん』と、少し危うく返事をくれた。


 挨拶が済んだ後は、班のリーダーを決めなければならないが、関くんが立候補したことでそのまま決まった。

 順調そうに見えたが、順調だったのはここまでだった。

 話し合いについては『最悪』。そう言ってもいいだろう。


 美海に対して苛立つ五十嵐さん。それに戸惑う関くん。

 険悪な雰囲気にオロオロする平田さん。

 すぐに誰も言葉を発しなくなり、空気が悪くなるのには時間がかからなかった。


 その結果、まともな話合いが進まず僕たちの班だけ行動計画が白紙の状態で、与えられた時間を使い切ってしまった。

 つまり僕らの班は授業とは別に後日、5人で集まる必要があるということだ。

 想定内ではあるけれど、集団行動は大変だと認識させられた時間にもなった――。


 1限目の残り時間は半分ほど。

 この時間は古町先生からの説明時間となる。

 説明の内容は主に注意事項について。それが終わった後、バスの席順についてだ。

 幸いにもバスの席順は自由にしていいと許可が出たので、普段から仲の良い人同士で座ることになるだろう――。


 1限の時間が終わり10分間の休み時間になると、昨日と似た光景が広がる。

 どうしたものかと思ったが、すぐに解決となった。

 古町先生の雷が落ちたのだ。

 おかげで先輩や他のクラスの1年生が来ることもなくなった。


 お昼休みの過ごし方について。

 メールで相談し合った結果、暫らくは秘密基地に集まるのは控える事になった。

 美海と幸介が注目されているからな、残念だけど仕方ないと思う。

 美海と佐藤さんはいつも通り教室で。

 僕と幸介は2人……ではなく、美波と美波の友達である『国井くにい志乃しのさん』を入れた4人で昼休みを過ごした。

 僕が打算的に提案したことだったけど、嬉しそうな美波を見ることが出来たから、この判断は正解だったと思いたい。

 それに紹介してもらった国井さんも、ちょっと変わった人だったけど悪い人じゃなかったから、美波の義兄あにとしては安心出来た。

 けど、僕に対して『義兄さん』と呼ぶのは止めてもらいたい。僕の義妹は美波だけだからな――。

 明日からも暫らくはこの4人で食べるつもりだけど、たまには、幸介の友達に混ざって食べてもいいかもしれない。あとで、幸介にお願いしてみよう。


 昨日を思い出すと嫌に緊張する放課後だけど、古町先生のおかげで平和に放課後を迎える事が出来た。

 僕は教室を出る前に、関くん、五十嵐さん、平田さん、美海の順に話し掛けた。

 話した内容は、明日の放課後について。白紙の計画を決めないといけないからな。

 個別に話したおかげか揉めることなく、明日の放課後集まることに決まった。

 バイトがあるけど、まあ、走れば何とか間に合うだろう――。


 そして本来、このあとの予定は美海とジェラートを食べに行く約束がある。

 けれど昨日騒ぎがあったばかりのため、延期となってしまった。

 ジェラートは夏限定らしいから、夏が終わるまでには行けたらいいな。


 美海との約束が延期にはなったが、幸介と美波と一緒に出掛けることになった。

 どこに連れて行かれるか教えてもらえないまま、後に着いて行ったが、『見た目は大事だから気を付けろ』。朝思い出した言葉を、到着した場で言われる。

 そして約1時間ちょっとで、本当に大事だなと実感させられた――。


 帰宅してからは、美空さんに頼まれていたBS(バランスシート)のまとめ作業をしてから、久しぶりにゆっくり本を読んで過ごした。

 22時を回った時間でベッドに入ったが、眠れない。

 寝付きの良い僕にしては珍しい。

 そう考えていると、大槻先輩から電話が掛かってきた。

 今日は早く寝たかったが、どうせ眠れないならばと考え、大槻先輩の話を目一杯、いや、耳一杯に聞いたり、僕からも話を聞いてもらったりして、この日も夜を過ごしたのだ。

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