第15話 またしても秘密を知ってしまった
他人に冷たい仕打ちをすること。
人を苦しめたり困らせたりして、
昨夜『意地悪』について、検索したらこのようなことが書かれていた。
上近江さんには最後に少しだけ意地悪なことを言ったけれど、他のことに関しては覚えがないので、検索結果を見て余計に分からなくなってしまった――。
昨夜を思い出し現実逃避したけれど、今のこの状況は不可抗力だ。
色々と言い訳の言葉は浮かぶが、この気まずい空気をどうにかしないといけない。
「上近江さん、おはようございます。驚かせるつもりはなかったのですが、意地悪と思われるようなことをしてしまったなら、すみません」
「
そう言いながら後ろに隠していた本を前に持ち直す。
「大丈夫ですよ。その本『わたしンち』ですね。僕も前に何回か読んだことがあります」
昔アニメ化もされていたし、
もしも僕に表情が出せるなら『クスッ』と笑えた漫画だったと記憶している。
「
恥ずかしそうに言いながら最後は『えへへっ』と照れ笑いをしている。
知っていることを伝えたからか、上近江さんも先ほどより落ち着いたように見える。
空気がいい方に変わったことを感じたので、どうして上近江さんがいるのかを聞いてみる。
「誰もいないと思っていたので上近江さんが居て驚きました。鍵はどうしたんですか?」
「うん、とね……」
上近江さんも
でも、あまり人に言わない方がいいことなので言い淀んでしまったのかもしれない。
これこそ意地悪な質問をしてしまったと反省する。
勿体ないかもしれないが、もし違ったら古町先生に謝って鍵を返却しよう。
そう考えながら鍵をカバンから取り出して上近江さんに見せる。
「もしかして上近江さんも合鍵を貸してもらっているのですか?」
「上近江さん『も』ってことは、八千代くんも?」
そう聞き返しながら、上近江さんもカバンから鍵を取り出して僕に見せる。
鍵にはコーヒーカップのストラップが付いている。
僕も後で何かつけようかな。
とりあえず、詳しい経緯は省き簡潔に伝える。
「はい。上近江さんだから正直に言いますが、先ほど古町先生に信用して預けてもらいました」
「うぅっ……私も一緒。返却棚の本を戻しておくことを条件に内緒で貸してもらっているの。それと! 八千代くんのことを信用してない訳じゃないからね?
気にさせてしまったようだ。
それに僕が机を整理しているみたいに上近江さんも返却本を整理していたらしい。
ここで、『美緒さん』という呼び方から上近江さんと古町先生の仲が窺えてくる。
そして以前起きた問題を思い出す――。
前に複数人の先輩が上近江さんを目的に、朝から教室に入ってきて騒ぎになったことがある。
比較的早い時間帯に登校していた上近江さんだったが、その騒ぎ以降、ホームルームが始まる5分前くらいに教室に来るようになった。
理由としては、人が集まらないようにしたためだろう。
それでも、上近江さんと会話がしたい生徒は校門等で待ち構えたりする後を絶たない状況だった。
だが校門には一向に現れず、気付け5分前には教室に居る上近江さん。
七不思議じゃないけど、謎として噂が広まっていた。
そしてその噂の答え合わせだが、きっと心配した古町先生が合鍵を渡し、図書室に居場所を作ってあげたのだろう。
朝早く来てしまえば誰かに見つかる心配もないし、ただでさえ利用者の少ない図書室には朝から来る人もいない。そもそも開いてないから来ることなどほとんどない。
それなのに何で古町先生は僕に合鍵を貸してくれたのか――。
そんなことを考えていたけど、ふと、上近江さんを見るとあわあわした様子だ。
――美緒さん怖いんだよ!
と、口にしているから、古町先生に怒られた時のことでも思い出しているのかもしれない。僕も気をつけよう――。
「僕に気を使ってくれたのですね、ありがとうございます。先ほど古町先生から、上近江さんとお姉さんの2人は幼馴染? とは聞いていましたがやっぱり仲がいいのですね?」
「うん、もう1人のお姉ちゃん? みたいな感じかな。でも美緒さん、八千代くんにそんなことまで教えたんだね? 何だか意外……誰かに自分の話をするなんて珍しいからビックリしちゃった。あっ! あとね――」
首を縦にゆっくりと頷き言葉の続きを待つ。
「あとね、怖いって言ったけど普段は面倒見もよくて優しいんだよ? ただちょっと怒らせたら怖いだけで。だから私が怖いとか言ったこと言わないでね? お願いね? あとあと、学校ではちゃんと『古町先生』って呼ぶように言われているから、美緒さんって呼んだことも内緒ね」
上近江さんは今までにないくらい早口で『わあーっ』と話し切った。
怒る古町先生はよっぽど怖いのかもしれない。
あとで幸介にも古町先生を名前で呼ばないように教えてあげたいが……何て説明しようか。とりあえず僕は、心の中でもう一度『気をつけよう』と誓った。
「はい、分かりました。昨日のことと合わせて内緒にします」
「もうっ! でも、ありがとっ!!」
悪いことではないが、上近江さんと話していると内緒話が増えていくな。
それだけ話しをする回数が増えているってことでもあるからな。
先週まででは考えられないことだ。
調べものがしたくて来たけど、さてどうしようか。上近江さんは1人の方がいいよな。
それなら今日は諦めて教室に戻り、持ってきた小説でも読もうかな――。
「ところで八千代くんはどうしてこんな時間から図書室に? 美緒さんから合鍵をもらえた理由も気になるけど」
「それは――」
と、続けて教室に到着してからの話を説明する。
上近江さんは、少しずつ前のめりになりながら真剣に話を聞いてくれた。
さらに、毎朝机や椅子を整理整頓している話をした時なんかは、しきりに褒めてくれた。
少しこそばゆくもなりつつ、最後まで簡潔に説明を果たすと。
「八千代くんの調べものは私でも手伝えること? もし、そうなら私も八千代くんのお手伝いさせてほしいって言ったら迷惑?」
カフェに関係する本を探すだけだから、手伝ってもらえるならありがたい。
だけど、僕が居て上近江さんの迷惑にはならないか気にもなる。
「せっかく素敵なお店で採用してもらえたので、何かカフェに関連する本があるか調べようと思ったんです。なので、手伝ってもらえたら助かりますけど……上近江さんの迷惑にはなりたくないので調べものは昼休みにして、今日は教室に戻ろうかと思います」
素敵なお店と言ったことが嬉しいのかニコニコしているのが可愛い。
最後にお礼を伝えてからその場を後にしようとするが『待って!!』と呼び止められる。
「カフェの本なら図書室よりお店にたっっっくさんあるから、お姉ちゃんにお願いしたら、いつでも貸してあげられると思うよっ! あと、全然迷惑じゃないから!! 八千代くんが大丈夫ならもう少しお話したいな。ダメ? 忙しいかな?」
よくよく考えたら、カフェを経営しているのだから関係のある本があっても不思議ではない。それなら後でお姉さんにお願いしてみよう。
「僕は大丈夫ですけど……今の図書室って、上近江さんにとっては昨日の公園みたいな場所ですよね? 僕がいたら迷惑ではないですか?」
「そうだね。でもね私は、八千代くんのことを何も迷惑だと思っていないよ? 美緒さんだってそう思ったから合鍵を渡したと思うし。それにね――」
上近江さんにそう言ってもらえると安心する。
だけど何だろうか、不安になるくらい『閃いた』みたいな表情をしている。
「八千代くんから学校では話し掛けてほしくないって言われているけど、ここなら誰か来る心配もいないし大丈夫だよね?」
なるほど、このことを閃いていたのか。
僕としては、それを言われたら頷くことしか出来ないな。
素直に承諾の旨を返事しようとするがここで、上近江さんはそれが分かっているからか、イタズラが成功したような表情で、下から僕の顔を覗き込んできた。
「ね? どうかな?」
「……はい。迷惑でないなら、僕も上近江さんとお話がしたいです」
「ふふっっ! よかった!!」
僕の精一杯な強がりの返事は、上近江さんの笑顔にいとも簡単に吹き飛ばされてしまった――。
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