アルバイトをクビにされたけど同じクラスの美少女に拾われて一緒に働くことになった

山吹祥

第一章 「再会」

第1話 プロローグ

 十一歳前後から始まり、十八歳頃まで続くと言われる思春期と呼ばれるもの。

 その思春期は三つの段階に分けられている。


 心や身体が大人に当て嵌まるわけではないが全くの子供でもない時期を思春期初期。

 大人と子供が入り交じりせめぎ合う状態、不安定な時期を思春期中期。

 心も身体も大人であることを確かなものとしていく時期を思春期後期。


 人によって受ける影響の多い、少ないはあるかもしれないが、一般的には子供から大人へ成長する過程として必ず経験することになるのが思春期であり、家庭や学校、他人との触れ合いを経て、喜怒哀楽といった人が持つ感情を培うことの出来る大切な時期でもある。


 小学校、中学校とそれぞれ個人の成長の早さで思春期を迎えることになる。

 クラスメイトたちが自由に感情を表現していく中で『果たして僕にもやって来るのだろうか?』と、疑問に感じたことがきっかけで思春期について調べ、知識として蓄えられた。


 いや、嘘だ。


 感情が表情に現れることのない、化け物のような僕が抱く感情が本物かどうか知りたくて調べたのだ――。


 高校生になり三カ月が経とうというのに未だ答えは出ないまま。

 もしかしたら一生答えの出ない問題なのかもしれない。

『諦め』に近い、本物かどうかも分からない感情を抱いていたけれど、『本物かもしれない』と思わされることが現在進行形で起きている。


「ねぇ、八千代やちよくん?」


 鈴の音のように澄んだ声。けれど懐かしいような落ち着く声にも感じる。

 声の持ち主は、僕の左側に並び、同じ目的地に向かい歩いている女の子の声だ。

 理由は分からない。

 けれど心臓の鼓動が跳ねたのを自覚した。


「はい、なんでしょうか上近江かみおうみさん?」


 聞き返すと同時に、上近江さんは顔を覗かせ、上目遣いをして質問を投げ掛けてきた。

 思春期を迎えている男子高校生なら、間違いなく『ドキッ』とさせられる仕草だ。


「実は私たちって、入学前に会ったことがあるんだよ?」


「――そう、なんですか? でも人違いでは?」


 鎖骨まで伸びた髪。陽の光に照らされるとキラキラ輝いて見える綺麗な髪が、顔を覗かせた拍子にふわっと揺れた。それだけで触らずとも柔らかい髪質ということが知れる。

 また、上目遣いも相まって小柄ながらもどこか色っぽさを感じてしまう。

 そのせいか、つい目が奪われてしまい返事が遅れてしまった。


「いつのことだか覚えてる?」


 返事が遅れた事など気にした様子も見せず、それどころか口角を上げ、目尻を下げ、ニコニコとした表情を見せながら上近江さんはさらに質問を投げ掛けてきた。


「すみません、記憶にないです」


「知っていましたよっ」


 ――べっ。

 と、短く舌を出し不満を表現するも、最後にはクスクスと笑い、物覚えの悪い僕を許してくれる。


「去年の学校案内かな。その時にね、図書室を一緒に回っていたんだよ?」


「……そうなんですね。気付きませんでした」


 学校案内というと十月くらいの出来事だろう。

 あの時は図書室の蔵書量に目を奪われていた記憶がある。


「いいよ、これから知ってもらうから。でも私は八千代くんを知っていた訳だし……再会記念ってことにしちゃおうかな? いい? いいよね??」


「……上近江さんがそれでいいなら、いいのではないでしょうか?」


「じゃあ、決まりだね! あっ、あの角を曲がったらもうお店だよ」


 上近江さんは、花が咲いたような笑顔を僕へ向けて目的地到着を教えてくれた。

 まるで向日葵のような明るい笑顔を見たことで、今日何度目になるかも分からない、心臓の鼓動が跳ねたことを自覚する。


 クラスで一番の美少女が見せる裏表のない真っすぐで綺麗な笑顔は、ある意味心臓に悪い笑顔にも感じる。

 けれども、見ていると元気を貰える笑顔でもある。


 並び歩き始めてから十分も経過していない。

 それなのに何度も見せてくれた笑顔。

 クラスの日陰者である僕が、人気者である上近江さんと並んで歩く現実が、不思議というか夢のようにも感じてしまう。


 非日常のせいか、どこか浮ついた気分でもある。


 柄にもないことを考えていると、上機嫌に鼻歌を歌っていた上近江さんが半歩ほど距離を詰めてきた。


「えっと、どうかされましたか?」


 距離を詰めて来た上近江さんは、何も言わず僕の左腕をつついていたのだ。


「私と八千代くんが、こうしてお話できたのって今日が初めてだよね? それなのに何だか一緒に並んで歩いているのが不思議な感じするなって!」


 耳の先をほんのり桃色に染め『えへへ』と照れたように笑う上近江さん。


「……そうだね、僕も似たことを考えていたよ」


「一緒だ~! それに普通に話してくれたね!!」


 美少女が見せる照れ笑いに思わずドキッとさせられた。

 不意打ちに見せられたことで、敬語を外した言葉で返事を戻してしまった。

 だが、それが嬉しかったのかもしれない。

 上近江さんは『ちょっと待っていて』と言うと、僕を置いて鼻歌を口ずさみながらカフェの入口へ進んでいったのだ。


 クラス一番の美少女と一緒に歩くことになった理由。

 クラス一番の美少女とカフェに行くことになった理由。


 きっかけは一昨日。

 六月最後の土曜日に、四月から始めたアルバイトをクビにされたことになる。

 もっと考えるならば、入学式の日まで遡ることになるのかもしれない――――。


▽▲▽


【あとがき】

初めまして。山吹です。

数ある作品の中、本作を見つけてくださりありがとうございます。


一年生編 全七章(間章除く)

8月中には完結致しますので、よければ最後までお付き合いいただけたら、嬉しいです!!

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