音楽のない生活

こむぎこちゃん

第1話

 部屋の隙間にたまったほこりを拭き取り、雑巾をゴミ袋に突っ込んでふうと息をつく。

 前まではこんなに丁寧にそうじをする時間すらなかったからな。こんなふうに大掃除するのも悪くない。

「この部屋って、こんなに広かったんだなー!」

 物が少なくなった部屋に声が響き、俺は少しむなしくなる。

 いや、これでいいんだ。

 俺は頭を振ってごまかす。

「これからは今までよりも自由に過ごせるぞ!」


  ♪ ♪ ♪


 俺の音楽との出会いは高校入学のときのこと。新入生歓迎会の軽音部の演奏に魅了されたんだ。

 音の渦が体育館いっぱいに響いていて、俺の心臓はドクドクと高鳴った。

 俺も、こんなふうに音楽がやりたい。

 そう思ったんだ。

 軽音部に入った俺は高校を卒業しても音楽を続け、自作の曲をときどきマイチューブに投稿したりもしていた。

 それがあるとき突然バズって、なんとCDデビュー。

 2枚、3枚と曲を出すうちに知名度はどんどん上がっていった。

 それで調子に乗った俺は、やめた方がいいとマネージャーから言われていたにもかかわらず、見てしまったんだ。

 ネットでの自分の評価を。

 始めの方はいいコメントばかりだった。

 だが、俺はあるコメントに釘付けになった。


『正直下手くそ。なんでこの人デビューしたの?』


 心臓をどきどきさせながら、俺はコメント欄をスクロールしていった。

 もちろんいいコメントもあった。

 だけど突然、俺のことを批判するコメントばかりに目が行くようになったんだ。

『声はいいけど、曲がな…』『自分のことをうまいと思ってるのがバレバレ。イタい』『なんで売れてるのか理解できない』……


『早くやめちゃえばいいのに』


 そのコメントを見たとき、俺の中で何かが切れる音がした。


 ――もういい。やめてやるよ。


 それから俺は、マネージャーにやめたいと伝え、部屋にあったキーボード、スピーカー、曲作り用のパソコンなど、音楽に関する機材のほぼすべてを売り払った。

 もう、音楽には関わらない。

 そう、固く決意しながら。

 マネージャーにはいつでも戻ってきていいと言われたが、もうそんな気にもなれないだろう。


  ♪ ♪ ♪


 音楽を捨てた新しい生活は、自由な時間がたっぷりあった。

 今までやりたくてもできていなかったことが、あれもこれも全部できる。

 なんて楽しいんだろう。

 こんなことなら、もっと早くにやめてしまえばよかった。

 ……だけど。

 1日、2日。

 1週間、2週間。

 時がたつにつれて、今の生活が退屈になってきた。

「仕事……探すか」

 音楽をやっているときからやっていたアルバイトは今も続けているが、バイト代と曲を売った金だけではそのうち生活できなくなってしまう。

 もう音楽をやらないなら、ちゃんと会社で働こう。

 そう思い、手始めに求人サイトを検索する。

「へえ、こんなにたくさん条件を付けられるのか」

 まずは、東京の正社員採用。

 職種は……へえ、クリエーターなんて選択肢があるのか。

 髪染めがOKで、ピアスも開けてしまったからそれも大丈夫で……。

「おお、けっこう出たな」

 検索結果を見て、俺は驚く。

 求人サイトってこんなに便利なものなんだな。

 どんな仕事にしようか迷ってしまいそうだ。

 だがそんな心配とは裏腹に、手が勝手に選択していく。

 アイドルマネージャー、音響ディレクター、レコード会社……。

 はは、と乾いた笑い声が漏れる。

 なんだよ俺。

 結局……音楽を捨て切れてないじゃねーか。

 だけど俺は、音楽に関わるものを売り払ってしまった。もう一度買おうとしても、金が足りない。

 ……仕方ない。諦め――

「――違う。まだ、ある」

 俺ははっと立ち上がってクローゼットを開けた。

『ほぼ』売り払ってしまった音楽関連の機材。

 たが、こいつ――俺が高校時代から使っているギターだけは、どうしても手放せなかった。

 奥深くにしまい込んだギターを引っ張り出して、優しく音を鳴らす。

 渇いた心に音が染み渡っていき、じんわりと温かくなった。

 ……俺にはやっぱり、音楽のない生活なんてできない。

 誰に何を言われようと、俺は音楽をやめたくない。

 俺は音楽が、好きだ。

 俺はぎゅっとギターを抱きしめた。

 ありがとう。お前がいなかったら、俺はもう音楽に戻ってこられなかったかもしれない。

 思い返せば最近の俺は、みんなから持ち上げられて少し調子に乗っていたのかもしれない。

 だけど今、音楽の楽しさを思い出すことができた。もう、見失わない。

 これからも俺は、音楽の中で生きていくんだ。

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