22 彼の痕跡


「ししょ、師匠……! いっかい……休みませんか!」

「あらあら、今日の日が暮れる前に山岳地帯に入りたいって言ったのは、カヤちゃんでしょ?」

「そうですけどぉ……!」



 エイビルムから北へ、ひたすら歩き続けて1日。そこから仮眠をとって数時間。

 流石、一人で数々の依頼をこなしてきた、私の師匠というべきでしょうか。

 かなり不安定な足場にもかかわらず、ほとんど足を休めることなく、すいすいと川沿いを進んでいきます。

 私も、冒険者になる前に比べれば、随分持った方だとは思いますが、それでも流石に限界がきてしまっていました。



「ごめんごめん、冗談よ。過度な疲労はミスを生むわ。流石に一度、休憩を挟みましょうか」

「はい……! 助かります……!」



 師匠の言葉を聞いた直後、私の身体は崩れ落ちました。

 杖に全体重を預け、膝からへたって座り込んでしまいます。

 金属製の丈夫な杖でなければ、折れてしまっているかもしれない使い方です。

 普段なら絶対、こんなことはしませんが、今日だけは許してほしいです。



「お疲れ様。お水でも出しましょうか?」

「いえ、大丈夫です。水筒が、あるので」



 バックを降ろして、ぶら下げていた水筒から、お水を口に含みます。

 革製の水筒は定期的に買い替えなければいけないのが難点ですが、比較的安価ですし、金属の味も移りません。

 使い始めたころは、独特の匂いが気になっていましたが、今となってはなれたものです。



「こういう時は、魔法に頼ってもいいと思うわよ?」

「いえ、脱水でフラフラの時に、魔法を使える自信がないので……」

「そもそも、脱水でフラフラの状態になっちゃだめだと思うけどね……」

「それはそうですね、ふふ」



 お水を飲んで、少しして、師匠と話して、一息ついて、これだけでも随分、体力は回復しました。

 もう少しすれば、歩くのも再開できそうです。



「しかし……ざっくりした予想だった割には、結構痕跡は見つかったわね」

「そうですね、隠す必要もないからでしょうけど、足跡も残ってますし」



 北の森付近をうろつく人はめったにいません。

 道中で、始末された焚き火の跡も見つかりましたから、あの男の子が残した痕跡で間違いなさそうです。



「でもやっぱりその人、本当に山岳地帯まで入っちゃったみたいね」

「わかるんですか?」

「わかるというより、もうすぐそこよ? 山岳地帯」

「えっ?」



 そう言って師匠が指さしたのは、進行方向の斜め上。

 木々の背景に映る、緩やかな傾斜の山でした。

 進んできた川はそんな山の隙間を流れ、先を見通せる谷を作っています。

 そんな谷の間から覗くのは、斜面に生い茂る木々と、手前のそれよりずっと高い山々。

 ここからさらに進んでいけば、だんだんと植物も減っていくのかもしれません。



「ほんとだ……」



 なんにせよ、山岳地帯が近く、休憩も取れたのならなら、やるべきことははっきりしてします。



「……よし、行きましょう師匠。あの人を探しに!」

「あら、結構たくましくなったわね。カヤちゃん」


***


「なかなか見つからないですね……」

「そうね……」



 山岳地帯に入ってしばらく歩いた斜面で、私と師匠は立ち止まります。

 谷になった川沿いの道は歩かないだろうということで、今は上の方を進んでいましたが、高低差が出た分、例の彼の痕跡も見つかりづらくなっていました。



「完全に日が落ちるまで、まだ時間はあるけど、そろそろ準備した方がいいかもしれないわね」

「野営ですか?」

「そう。この辺りはツノイシの活動地域内だから、拠点を構えたほうがいいわ」



 普段の出先で野宿となると、それなりの危険がついてくるものですが、幸い、今日は師匠がいます。

 私も師匠も獣の気配には敏感な方ですから、交互に夜番をすれば、問題なく野営できるでしょう。



「薪を集めながら進みましょう。平坦なところを見つけたら、今日はそこまで」

「そうですね……」



 言われた通り、時々落ちている、乾いた枝を拾い集めながら歩きます。

 低木や若木の枝ではまだ水分が残っているので、折れて地面に落ちたものがいいのです。

 季節は秋ということもあり、地面には枯れ葉も多いですから、着火剤に困ることもないでしょう。

 最も、魔法で火をつけるなら、最初からそれなりの火力を確保できるので、薪だけでも十分なのですが。



「止まって」

「っ……はい」



 枝を拾おうとしたところで師匠の声。

 足を止めて、感覚を研ぎ澄まします。

 ……微かに、枯葉を踏む音が聞こえました。近くに何かいるようです。



「まあ、人じゃないわね。会う理由も無いし、避けていきましょう」

「はい」



 進路を変え、忍び歩きで足音を避けます。

 しばらく歩いたところで、師匠が体勢を戻したので、私もその通りにします。

 それにしても、さすがは師匠です。

 私も耳には自信がありますが、気配に対する察しの良さでは勝てる気がしません。



「私も帽子をとったほうがいいですかね?」



 普段、私の耳は帽子の中に隠れているので、脱げば聞こえは良くなります。

 少し良くなりすぎてしまうのが難点ですが、あの男の子の気配を拾うためにも、帽子は脱いでしまったほうがいいような気もします。



「いや、物音は私が拾えるから大丈夫よ。ただ、流石に私は集中した方が良さそうね……」

「わかりました。薪拾いは任せてください」

「助かるわ。地形的には、もうすぐ平坦な場所に出ると思うし、そこに着いたら火の準備をしましょう」

「はい」



 ……なんか、今のは凄く、冒険者っぽい会話じゃないですか?

 師匠が慣れているから……というのもあるのでしょうが、しっかり仕事を分担出来ている感じが凄く……イイ感じです。


 いや、私は実際にもう、冒険者なのです。

 そして今は人探しの真っ最中。

 薪拾いだってその一環ですから、ちゃんと集中しましょう。


 丁度、少し先に火をつけやすそうな小枝が見えます。

 しっかり深呼吸して、切り替えるのです。

 足を踏み出すのに合わせて、吸って……はい



「うっ!?」

「っ、どうしたの?」



 微かではありますが、嗅覚に異臭。

 というよりは、血生臭い……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る