俺の脳内に邪神が入り込んできたんだが
置き物
俺は忙しいんだよ。
とある夏の日の事。
俺は照りつける太陽の暑さをよそに部屋の中で赤い果実と向き合っていた。
「……オイ、貴様」
俺の視線の先にあるのはリンゴ。
シンプルな形をしていながら、それでいて美しい。
その美しさを俺は白いキャンパスの中に写し取らなくてはいけなかった。
「我の声が聞こえているだろう。何故反応しない」
純白の大地に尖らせた黒を走らせる。
ギリシャ神話や北欧神話に登場し、あらゆる伝説を残した果実。それがリンゴだ。
「貴様……この我を舐めているのか?」
勿論、リンゴの活躍は神話だけに留まらない。
弓の名手、ウィリアム・テルが息子の頭の上で射抜いたのはリンゴだ。
アイザック・ニュートンが『万物引力の法則』を発見できたきっかけもリンゴだ。
それにこんなことわざだってある。
『1日1個のりんごを食べていれば医者にかからずにすむ』
リンゴには豊富な食物繊維やビタミンが含まれていて、昔から栄養価の高い果物っていうのが知られていたワケだな。
つまりリンゴこそあらゆる面において至高の果実なんだぜ。
「我の声を聞けぇぇぇぇぇぇ!!」
何だよ、さっきからうるせぇな。
テメェ、誰だよ?
「ククク……教えてやろう。我が名は!」
そういうのいいから。
人の頭でワーギャー言うのやめてくんね?
「貴様が聞いてきたのであろう!」
あーハイハイ。そりゃ悪いね。
じゃあ、言ってくれ。
「我が名はアジュラ・レヴェル・ガウスト。この世界と異なるところから舞い降りし邪神だ」
アジュラ・レヴィル・ガウストだと……!?
「フン、我が名を知っていたか人間」
いや、テメェの事は知らんわ。
「しょうもないハッタリを言いおって……。この我を愚弄した罪、その身で払わせてやろう」
いきなり俺の視界が360度回転し、元に戻る。
ジ○ウドライバーかよ。
そうツッコんだのもつかの間。今度は俺自身が回り出した。何で?
タイムショ○クのように回転し続けた俺の身体はいつの間にか部屋を離れ、毒々しい紫色が広がる空間へと転移していた。
その光景に俺は唖然とする。
「ククッ。我が力の一端を受けて声も出ぬか」
オイ、俺のリンゴは!?リンゴをどこへやった!
さては……消したのか!?あの素晴らしい果実を!
だったら、ぜってぇ許さねぇ!
「貴様、リンゴにしか興味がないのか?
まぁ、よい。これから貴様は本当の地獄を味わう事になるのだから……フハハハハ!」
テンプレな笑い声だな、異世界の邪神サマよ。
本当に別の世界から来たのか怪しいモンだ。
「さてまずは我が姿を見せてやろう。前を向け」
あ?なんで向かなきゃなんねぇ……イデデデ!
何か急に首が痛くなったんだが!?
紫の地面を向いていたはずの俺の顔が”何か”に無理やり押し上げられ、正面へと向けられた。
「我はもう貴様の前にいるのだ。感じぬか?」
何言ってんだコイツ。
異世界の邪神って透明にんげ……透明邪神なのか?
「お前、悉く察しが悪いな。我は実態を持たぬ思念体なのだ。それにも気づけぬのか、人間」
は?そんなの正解できるワケねぇだろ。
俺が悪い要素ねぇよ。
「さて、そろそろ貴様にやってもらおうか……我が姿の構築をな」
構築だぁ?
「我は世界を移動できる力を持つ邪神。しかし、世界を転移するには肉体を無にする必要がある」
オイ、肉体消すなよ。もったいな。
「非力な貴様は知る由もないだろうが、世界と世界を移動する時には、莫大な摩擦の力が生じる。肉体を持つものが世界を渡ろうとすれば、魂ごと焼き切れる事になるのだ」
へーっ。
だから異世界転生って死なねぇと出来ねぇのな。納得、納得。
「肉体を無にした我が新たなる世界でまず行う事。その世界の人間に我の姿を想像させ、創造させるのだ。そやつの生命を握ってな」
ほぉーん。
要するに現地民を脅した上にイメージで自分の姿を作らせんのか。
「ククッ、恐怖のせいか少しは頭が回るようになったか?」
うるせぇ。
コッチは早くデッサンしてぇんだよ。
さっさと終わらせるぞ。
「その素早い英断、讃えようではないか。ならば、始めるぞ……!!」
********
……クソ。苦痛だ。何が苦痛かって?
この邪神、自分の特徴に付随して、その部位で世界を滅ぼしたエピソードを盛り込んでくんだよ。
さっき言っていたのは”龍のような爪”。
これだけで終わらせときゃいいのに、この爪で滅ぼした王国の事を一から十まで語ってきやがる。それも自慢げにな。
だから話が全然進みやしねぇんだよ。
これならクソ映画でも観てた方がまだマシだ。
……生きてるかって?ああ、生きてんよ。
適当に相槌噛ましてたら、当社比の10%くらいペース進んだわ。おせぇけど。
「……以上だ。我の姿に疑問はあるか??」
ねぇよ、バーカ。
「ここまでご苦労だったな、人間。せめてもの礼だ。貴様に創造させた姿で葬ってくれる─!!」
高らかに俺の死刑を宣言する邪神。
そしていきなり、空間を揺らすほど気張りはじめる。
「ハァァァァァァ……!!」
早くしてくれー。
もう30分ぐらい待ってんぞー。
ドラゴンボ○ルのアニメ観てるんじゃないんだからさ。魔力か何かは知らねぇけど、溜めるのに1話使うなよな。
「きたぞ きたぞ!」
邪神の声が空間に響き渡り、大量のエネルギー体が俺の目の前に集まってゆく。
次々と融合する紫の光がモゾモゾと動いて奴の肉体を作っていく。
気持ちわりぃ。
「待たせたな……!!これが我の姿だ!」
眩い光と共に現れる奴の姿を俺は見る。
「な、何だコレは……!?」
自分の容姿を見て、驚きの声を上げる邪神。
……やっぱりな、イメージした通りだぜ。
目の前の邪神の姿を教えよう。
平べったい丸をした頭。そこには非対称な2本の角がついていて、目は豆粒のように小さい。
身体も酷いもんだ。ドラム缶みたいな胴体。
絡まりまくった糸くずみたいな手足。
オマケに尻尾はさやえんどうみたいな形してるしな。
本当に邪神かと疑いたくなるような姿を眺めているうちに俺は─。
ダメだwww笑いが止まらねぇわwww
「貴様ッ!何をした!この糸くずとガラクタが合わさったような線をした肉体は何だというのだ!?」
わけも分からず狼狽える邪神さん(笑)
教えてやるよwww
お前のその姿は昔、俺が考えたんだよwww
「なんだと!?貴様、我を知らぬと言っていたではないか……!!」
そうだよ(便乗)
……フーっ。俺は深く深呼吸をして、ニヤけた表情を固くする。
答え合わせなのに笑ってたら読みにくいだろ?
さて、教えてやるよ邪神さん。
お前の姿のオリジンをな。
んじゃ、回想だ。
ホワンホワン、オレオレ〜
*******
あれは俺がまだ中2の頃。俺は暗黒騎士だった。
そして年相応に、我が右手へと封印された邪神について考えていた時期だ。
「ククク……出来たぞ、我が邪神!」
先程まで長きに続いた外国の言葉を左耳から入れ、右耳へと吐き出しながら描きあげたのは俺の身体に眠る魔の神だ。
「さっきの授業、ダルかったな〜……って、お前!これなんだよ!?」
魔導書に刻み込んだ邪神の姿を見て、我が友は驚いた。
「貴様になら教えてやってもいいだろう。これが闇の暗黒騎士である俺の右腕に封印されし邪神!」
ア ジ ュ ラ ・ レ ヴ ェ ル ・ガ ウ ス ト だ !
俺は高らかに邪神の名を叫んだ!
幾つもの世界を破滅においやった、至高のか……
「ひっでぇ落書きだなぁ、コレ。幼稚園に通ってるオレの弟の方がもっと上手く描けるぜ?」
え。
「あとさ、この英単語帳。ALTのケビン先生がオレたちの為にポケットマネーで買ってくれたんだぜ。そんな大切なものに下手な絵描くなよなー」
え。
「おっと、移動教室だからそろそろ行かないと。来週までにその落書き消しとけよー」
その言葉の刃が暗黒騎士の鎧を貫き、俺にトドメを刺した。
「らく……がき……」
それから暗黒騎士を辞めた俺は右腕に巻いていた包帯を外し、美術部へと入部した。
もう二度と落書きと言われたくない。
その一心で俺は絵を学んだ。
そして気がついたら美大生になってたってワケだな。
*******
以上、回想!終わり!
「ふざけるな!我は先程この世界に来たのだぞ!名前はおろか存在すら知らぬはずだ!」
ああ、そうさ。
だけどよ。まさか異世界から来た邪神サマの名前が、俺の考えた
いやはや、偶然とは恐ろしいぜ。まったく。
「……そ、そうだ!我にはまだ隠されし武器があるのだ!ジャカリバーといってな……」
俺の長ったらしい回想と解説を聞いた邪神は途端に焦り始める。
おっと、今さら何言っても無駄だからな。
お前の名前聞いた時からその姿でイメージ固定されてんだ。
お前の姿は俺の黒歴史とトラウマを思い出させやがった報いってこった。悪く思うなよ?
「ウソだ……ウソだ……ウソだぁぁぁぁ!数多の世界を滅ぼしてきた我がこんな姿にぃぃぃぃぃ!!」
いいね。あの時の俺みたいな顔、最高だ。
そう思いながら邪神をジロジロ見ていたら、奴は自分の姿に発狂して、頭を空間に打ちつける。
何度も。何度も。
気に入らない顔をこれでもかと打ち付けているうちに紫の壁がヒビ割れ、光が見え始める。
漏れだした光から見えてきたのは俺の部屋だ。
そして、数秒後に空間は完全に崩壊し、俺たちは元の世界に戻ってきた。
「く、くるな……いまっ、忌々しい人間が……!!」
ゆっくりと近づく俺に怯える邪神サマ。
何度も壁に打ち付けたせいで、顔はクシャクシャどころかグチャグチャになってた。
「さてと、人のデッサンタイムを邪魔した罰だ。消えてもらおうかな」
俺は。
異世界の邪神 アジュラ・レヴェル・ガウストに。
拳を思いっきり叩きつけた─。
ソイツは悲鳴をあげることなく黒い塵となって消えた。
それを見届けた俺に襲いかかる疲労感。
ふと見た時計の針はあの空間に飛ばされた時から変わっていなかった。
クソ。無駄にしんどい思いさせやがってよ。
俺は椅子の上に置いてある果実を頬張る。
シャリシャリとした食感と蓄えられた甘みが口の中で広がってゆく。
やっぱり至高の果物なんだよな、リンゴって。
……あっ。ヤッべ。
俺、デッサン出来ねぇじゃん。
俺の脳内に邪神が入り込んできたんだが 置き物 @okimono08
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