エピローグ
星と星を繋ぐ
あの日から、もう何日かが過ぎた。僕は何の変哲も無い日常を過ごしている。
あの夜の翌朝、世間は大騒ぎだった。山が原因不明に発光し、山頂は荒れ果て、地下にはとても一晩では掘削しきれない規模の巨大な空洞が出来ていたのだから。専門家たちは何も原因を特定できず、真相は未だに解明されていない。僕だけがすべてを知っていた。
そんな僕はというと、何てことない日々を過ごしている。今日も適当に学校に赴き、適当に授業を受けている。
………正直、あの日から日常に身が入らない。あんな超常現象を見せつけられてしまったら、現実で習う知識なんてすべてあやふやで、一歩間違えばひっくり返ってしまうような危うい線の上に成り立っているのではないかと思う。僕は大学のある講義室でぼーっとしながら化石教授の授業を受けている。教授の説明は難解で、今日も生徒たちにはあまり伝わっていなさそうだった。
教授は、現在発見されている最大の化石よりも、もっともっと巨大な化石があったことは知らないし、太古の昔、地球から脱出した恐竜がいたなんてことも、知らない。
僕は自分の経験を自分の中でどう消化すれば良いのか分からなくなってしまっていた。あのとんでもない超常現象を、どう飲み込んだら良いのだろう。僕の中での変化はせいぜい、テレビなどで環境活動家を見る目が変わったことくらいだ。喉を壊しそうなほど声を張り上げて主張する彼らを見て、そりゃ環境保全は大事だ、地球の自然を壊したら、宇宙人に怒られてしまうからな、と思うようになった。
一人帰路を進む途中も考え事は止まらない。家に帰ってきても、部屋は暗い。居るのは僕だけで、この部屋に宇宙人はいない。静かに暗い部屋を見ると、一連の出来事はすべて夢だったのではないかとも思う。しかし、携帯に保存されている、僕がいつか撮った奴の写真と、空になった小さなショーケースが、どうしようもなく奴が地球に居たことを主張していた。
部屋は暗い。晴天なのにカーテンを閉めているからだ。そういえば、今朝は学校に行く前に布団を干して出かけたのだった。とりこまなくてはと思い、鞄を床に降ろして窓際へ向かう。
カーテンを開き、窓を開ける。果たしてあったのは、ベランダの柵にかけられた布団———だけではなかった。
「□▲▽★………///」
布団に覆いかぶさって微睡む、少年のような風貌の生物がいた。
「何でいるんだお前――――――――――――!!!!!」
近所中に響いてしまいそうな声量で、僕は叫ぶ。
少年、いや、ジュラは眠りから覚め、むくりと起き上がった。
「お、ハクアか、こんにちは」
「こんにちはじゃあない! え!? 何でいるんだ!? 帰ったんじゃないのか宇宙に!」
「いやぁあはは、ちょっと地球に用ができてな。また来た」
「『また来た』じゃねぇ! いくらなんでもスパンが短すぎる! あの夜の別れの感傷を返せよ! 今生の別れみたいな雰囲気かもしやがって!」
あの夜は恐竜のような姿になっていたジュラは、今度はまた小柄な少年のような見た目になっていた。ベランダの柵にかかった布団に腰掛けたまま、ズボンのポケットをごそごそと探る。
「いやな? あの夜、敵を退けるためとは言え、ハクアが大切にしていた琥珀を食ってしまったからな。それで、その謝礼としてヨの星から、琥珀の代わりとなる宝石でもプレゼントしようかと思ってな」
「………」
「ん、ほれ」
ジュラがその宝石とやらをポケットから取り出す。四本の指に握られたその輝石は陽光をその身に宿して、穏やかに輝いている。光り方によって、赤色にも、青色にも、白色にも見える、名状し難い色彩だった。
どうやらジュラは僕にお礼を渡すためだけに来たようだった。地球からは天体望遠鏡を使っても見えないような星から、わざわざ———。
「ジュラ———って、お前いつまで布団に乗ってんだ! 僕の布団だぞ! どけ!」
「わー」
なんだかわけのわからない気持ちになって、僕はジュラを布団から引きはがす。
布団から引っぺがした時、どうしようもなく笑みが止められなかったことは、言えるわけもない。
〈了〉
JURA 黒田忽奈 @KKgrandine
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