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壱原 一

 

動画を視聴している。オンラインの動画共有プラットフォームに特定のユーザーが投稿し続けている作業鑑賞系の動画。


短時間の動画が毎日投稿される。


昭和風のノスタルジックな民家の一室で、いかつい中年の男が黙々と作業する様が収録されている。


食事、読書、道具の手入れ、木工、習字、裁縫、ストレッチなど、作業は幅広くまとまりがない。


カメラは部屋の隅で回しっぱなしで、照明は天井の安っぽい電灯だけ。無音無声で、音楽も字幕も編集もない。


動画の説明欄もユーザーの紹介欄も空。ユーザー名はデフォルトのランダム文字列。


視聴者にまるで頓着がない。素人の独り言のような動画だ。


しかし毎日投稿される。


その裏腹から立ち昇る独善的で不抜な熱量に惹かれるのか、過去の動画も視聴しつつ、新作が投稿されるたび欠かさずチェックしている。


動画のタイトルは数字と記号。冒頭が1から4桁の順不同の正の整数で、末尾に「/1007」が付いている。冒頭が1007を超えるタイトルはない。


だから1007は総数だと思う。一見して脈絡がない動画群はユーザーなりに1007本で完結するシリーズで、前部の数字は時系列や視聴順と言った何らかの文脈を示すのではと思っている。


思惑が正しければシリーズの完結は近い。


的中を暗示するように、ここ数日の動画には今までにない動きがある。


閉塞的な部屋を出て山深い森へ。チェーンソウを操り、大木を伐採している。


風呂場の入口から浴槽を撮った画。服のまま浸かって俯いている。


白い小皿に乗せられた黄色い鉱物。


一面の草藪。歩行の律動に揺れる猟銃の先。白い軽トラックの荷台。


畳敷きの和室。床柱の前に立つ男。手前で額突く若い男女。布団。


薄ら油染みたダイニングテーブルに叩き付けられる動物の骸。音が聞こえそうなほどめりめりと剥かれてゆく皮。


大きな包丁。高く跳ね続ける男。


延々と木工の風景。木材。鋸、かんなやすり、槌。見事な白木の棚。白い布。


男と若い男に支えられた若い女。大きな腹を撫でる手。


動物の骸の顔。臓物が抜かれた胴の空ろ。毛皮。顔。


赤い手。大きく開閉する口。


棚の前に並び叩頭する男と若い男女の後ろ姿。棚板の中央でばたつく小さな手足。


黒々と躍動する命名の墨文字。


奇妙な一致。


*


玄関のドアを開けた途端、どっと寄せ来る熱気と眩しさに目を細める。


みんみんじいじいと蝉の声が騒がしい。


数日動画に没頭してアパートに籠もり切りだった。折角の休みが勿体ない。


唐突に見せ付けられて何とも据わりの悪い気分になったが、何も気にすることはない。そう珍しい名前じゃない。気分転換にこんがり日干しされながらアイスでも買いに行こう。


ぐらぐらと陽炎が立つコンビニからの帰路の途中、スマートフォンが振動して実家からの着信を告げる。


元気になさってるの。ご飯はしっかり召し上がって。夜更かしは控えなきゃ駄目よ。


何遍も申しますけど、大切な集まりがありますから。きっとお戻りになってね。


お父さんも私も、楽しみに待っておりますからね。


父母と敬語で話すと知られた時、友達みんなに揶揄われた。そんな大層な育ちではない。ただ敬語を使うだけだ。


諾々と通話を終え、帰省の算段を巡らせつつ汗みずくでアパートへ戻る。溶けかけのアイスを食べ終えて、新着の動画に気付き、再生する。


父母にあの若い男女の面影はない。家だって似ても似つかない。中年の男も知らない。


無用の反論を羅列しながら、1007本目の動画を見る。再生時間が長い上に、場面が飛び飛びに切り替わり、数倍速で画が流れる。


小さな布団で仰向けに泣く赤いサルのような顔。


その上に顔を寄せる男。


口が触れ合わんばかりに顔を寄せて覆い被さる男。


両手で己の腹を抱えるように背を丸め、長いあいだ口を動かし前後に揺れ続け、唐突に激しく振動した後ぴくりとも動かなくなった男の後ろ姿。


臓物が抜かれた後の動物の骸。臓物と黄色い鉱物。


動かない男をそっと抱き起こす若い男女。両肩を抱えられて引き摺られてゆく男。


白い小皿を満たす黄色い砂利の混ざった赤い水。


ノスタルジックな民家の一室。


作業服の人達。


解体。改修。


家。


我が家。


我が家で父母に抱き受けられるお包み。


父母の笑顔に挟まれてバースデーケーキの蝋燭を前にはしゃぐ子供。


覚えている。


*


1007本目の動画の再生が終わり、再生エリアが暗転する。


異様なものを見た顔が画面に映り込んでいる。


黒い再生エリアの中に、新たな動画が表示される。


プラットフォームがおすすめする次の再生候補。再生までのカウントダウンを示すプログレスバーと、再生を取り止める為の停止ボタンが並んでいる。


硬直の解けた指が跳ねたが間に合わなかった。


解体前の家にあった薄ら油染みたダイニングテーブル。


蠟燭が1本のバースデーケーキ。笑顔の若い男女と男。


思い出と同じケーキ。同じ服。同じ構図。


男が蝋燭を吹き消して、若い男女が拍手する。


蝋燭が2本のバースデーケーキ。


男が蝋燭を吹き消して、拍手。蝋燭が3本、4本、恐らく連続して繰り返し。


今日あらたに1つ重ねた自分と同じ歳の数まで。


――手を繋いで仰向けになる若い男女。


男が立ち上がり若い男女の後ろに立って2人の肩を抱き揃って笑いかけてくる。


――深い穴の底。白木の箱の中。手を繋いで仰向けになり微笑んで目を閉じている若い男女。


若い男女がバースデーケーキを食べて仰け反ってテーブルに伏せる。


揃って笑いかけてくる3人の両端に父母がそれぞれ寄って来て笑いかけてくる。


――父母と男がスコップで土を掛ける。


5人の男女の笑いかけてくる口が動く。


お誕生日おめでとう。


*


どうしてこんな動画の数々を見始めてしまったのか。


閉め切った部屋に籠もる空気がエアコンに吹かれ重くのたうっている。


部屋のインターフォンが鳴る。スマホがメッセージを受信する。


世界には何の影響もない。でも世界がことごとく壊れてしまった心地がする。


友達みんなのトーク画面。「これ見て」「おすすめ」の同じURLの連続の下に最新のメッセージが連なる。


お誕生日おめでとう。戻るよね。待ち遠しい。車で送るよ。一緒に行こう。


いつから。どうして。


正気なのか?


合鍵を渡した恋人が「入るね」と送信し鍵を回す。


ドアが開く。足音がする。


友達みんなが笑いかけてくる。


次のおすすめ動画はない。



終.


この小説はworks/16818093082796206886の倫理規約抵触を解消した改稿作品です。

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