・飛竜ファフナと第二次イチャラブデート - マニュアル主義には困る急展開 -

 とても楽しいひとときだった。

 デートに誘ってよかったと心から思えるほどに、心地よい午後になった。


 ところがファフナさんの様子が段々とおかしくなり始めた。

 喋るのを止めて急におとなしくなったかと思えば、彼女はしきりに空を気にするようになった。


 この空の明るさからして、今は午後3時過ぎ頃だろうか。

 楽しい時なんてあっという間に過ぎ去って、すぐにでも夜がやってきてしまいそうだ。


「コ……コ、ココ……ッ」

「え、何? ニワトリ?」


「こ……この後は……っ! そなたは……ど、どうする……つもりなのだ……?」


 最後は弱々しい声色でそう聞かれた。

 その質問は俺にとっても気が重いものだった。


 今は夢の中にいるかのように楽しい。

 けれどこのデートの最後には、果たすべき義務が待っている。


「もうここで少し休んでから、商店街に戻って、夕闇の中で屋台飯でもどうかな?」

「お……おおおおーっっ?!!」


 感動混じりの大きな声だった。


「わかっておるではないかーっ、パルヴァスゥゥーッ!!」


 ミルディンさんには不評のデートプランだったけど、ファフナさんには大好評だった。

 不安そうにうつむく顔なんてどこかに消えて、ご機嫌の笑顔だけが残った。


「我の好みに合わせてくれたのだな……! そなたは、我のことをよく見てくれているなぁ……っ!」

「う、うん……まあね……」


 人に教わったなんて言えない。

 こんなに感動されると、誘ってよかったと思えた。


「しかし、ちと時間が早いな。もう少し待たんと屋台はこんぞ?」

「わかっているよ。だからもう少し、ここで休憩――」


「あいわかった、この荷物をそなたの部屋に投げ込みに行くとしよう」

「え……? えっと、え、何……?」


「座っているのは飽きた! 今から釣りに行こうではないか!」

「釣り……? 釣りかぁ……」


 プランやマニュアルから外れると途端に不安になるから今は嫌だ。

 嫌なんだけど、既になんか断れそうもない雰囲気になっている……。


「今からするにしても、場所は……?」

「決まっておろう、世界の裏側の湖だ!」


「えーーー…………」


 オルヴァールで一番遠い場所に行こうと誘われた。

 なんか、嫌な予感がする……。


「心配はいらん、我が運んでやる」

「ごめん、それは遠慮したい」


「うむ、そなたは奥ゆかしいところがよい、実によい。我は誇り高き竜ゆえ本来人は乗せぬが――」

「うん、なら遠慮しておくよ!」


 予感は的中した。

 艶のある黒髪に、メロンよりも大きな胸、乙女のように恥じらい深い一面に、俺は彼女の本質を忘れかけていた。


 これは雄羊宮を焼き払い、千を超える軍勢と円環の騎士を単騎で払い退け、ブレスで鉱脈ごとマナ鉱山を爆破した世界最強のドラゴンだ。


「そなたは特別だ、特別に我に乗せてやろう」

「ありがとう、光栄だよ。その気持ちだけ受け取っておくことにする」


 誰が好き好んでドラゴンに空を運ばれたいと思うだろうか。

 怖いし、危険だし、パニックになって醜態をさらしそうだし、何よりもプランから外れるから嫌だ!


「あいわかった、我に乗せてやる」

「全然わかってないよぉーっ!? あっ、間ってっ、止めっ、ダ、ダメッ、い、嫌だぁぁぁーっっ!!」


「ヌァーッハッハッハッハッ!!」


 ファフナさんが重力を無視するような身のこなしで、俺の背後に回り込んだ。

 両手が俺の脇の下に回されてしまった。


 背中への胸の密着?

 そんなこと気にしている余裕なんてないよ! 命の危機だよ!


「ククク、ういやつよ……。さ、行くぞ」

「う、うわ、た、高……わっ、わあああああーっっ?!!」


 重力、慣性、空気抵抗。

 竜の翼は何もかもがおかしかった。

 軽々とその竜は上空20メートルほどの高さまで飛翔すると、羽ばたき一つで超加速した。


「ぉぉ……楽しい……。なぜ我は、最初からこうしていなかったのであろうか……」

「ギィィヒィィァァァァァァーッッ!!」


 ファフナさんは宿屋の上空にやってくると、宣言通りに荷物を窓から部屋に投げ込んだ。


「待って……待ってっ、歩きがいいっ、歩いて行きたい……っ」

「ギアを上げて行くぞ、パルヴァス! 否、我がつがい殿よ!」


「止めて下ろして嫌ァァーッッ?!!」


 まるで流れ星のように俺は地平の彼方に落ちた。

 6.5キロメートルの道のりを、竜の翼は1分もしないうちに俺を世界の裏側に運んでくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る