・飛竜ファフナと第二次イチャラブデート - 海に沈む石の森 -

 飛竜ファフナはザナーム騎士団が誇る最強の牙であると同時に、その機動力をもって世界を見渡す天空の眼そのものだ。


 彼女はエーテル体により分断されたこの世界を誰よりも詳しく知っていた。

 普段の言動からはとても想像も付かないけど、彼女は世界で一番の地理学者でもあった。


 そんな彼女から世界各地の話をたくさん聞かせてもらった。

 話はどれもこれも興味深く、俺は年がいもなく興奮してしまった。


「やっぱりすごいよ、ファフナさんって!」

「ぬ、ぬぁっ?! 何を勝手に煽てておる……っ?!」


「煽ててなんかいないよ、どの話も詳細で面白い……。ファフナさんの前では、地理学者様も立場がないだろうね」


 人間の地理学者が一生かけても到達できない領域にファフナさんはいた。


「何を言うバカ者めっ、我が知恵で学者に勝てるわけがなかろうっ! 我は単に仕事柄っ、土地や人を観察することがやたらに多いだけだっ!」


 こういうことをあまり褒められ慣れていないのか、ファフナさんは照れくさそうに歯を食いしばってそう言っていた。


「え、でも――」

「よいか、つがい殿、耳をかっぽじってよーく聞け。我はっ、この我は賢くないっっ!!」


「それって、大声で主張することではないような……」

「強い、カッコイイ、美しい、かわいい、渋い、臭い、までなら許す!! だが、賢いは許さん!!」


 テーブルに両拳を叩き付けるほどに、ファフナさんにとっては譲れないところらしかた。


「翼を持つファフナさんが誰よりもこの世界の地理に詳しいのは、れっきとした事実だと思うけど……」

「ぬぁぁぁーっっ、止めろと言っておろうっ?! 尻尾がゾワゾワするっ、勘弁しろっ!」


 ファフナさんは自分の尻尾を抱いて、これ以上の褒め倒しは許さないとでも言いたそうにむくれてしまった。


「わかったよ。それでいいから、話の続きが聞きたいな……」

「ふん……っ、どうするかなぁ……?」


「昔、学者様に聞いたのだけど、背ビレのない白いイルカのいる海があるそうなんだけど……」

「おおっ、なんだベガイルカの話かーっ! よかろう、その話なら特別にしてやろう!」


 ベルーガ、だったような気もするけど……。


「ベガイルカは北方のアリューゼ湾に多いデカくて白いイルカだ。こいつは懐っこくてな、我はたまに狩りを手伝ってやったりもする!」


 俺は引き続き、ファフナさんから世界各地の話を聞いた。


 祖国では滅びたとされた国が実は生き残っていたり、逆に滅びて樹海に沈んだ国があったり。

 外では目まぐるしい変化が起きていた。


 意外なのはエーテル体だ。

 世界にはやつらが築いた街道や地下トンネルが無数に張り巡らされているそうだ。

 殺戮だけが彼らの仕事とばかり、俺は思い違いをしていた。


「エーテル体は海からは攻めてこぬからなー、半島の土地はだいたいの国が生き残っておるぞ」

「俺、海は見たことないんだ……」


「そうか、ならば今度ベガールのいるアリューゼ湾に連れてってやろう!」

「ありがとう、その気持ちだけ受け取っておく」


 それと、ベガイルカってさっきは言ってなかったっけ……。


「遠慮はいらん、そなたは特別だ。特別にどこであろうとも連れて行ってやろう」


 残念だけど、幸運をもたらすお宝を縄張りの外に運び出す者なんていない。

 俺のもたらす幸運が神様からの授かり物であるならば、神様だって誇り高きザナーム騎士団を祝福したいはずだ。


 気持ちは嬉しい。

 けど俺はここを出る気はない。


「ありがとう。でも俺、ここが好きだから」

「うむ、それは我もだ。我とパンタグリュエルには、ちと窮屈であるがな」


「パンタグリュエルさん、やさしそうで好きだな」

「うむ、我も昔はそう思っておった」


「え、今は?」

「わはははっ! ここが襲撃されたら、ヤツを盾にして戦ってやる!」


「え、ええええ……っ!?」


 きっと新参者にはわからない事情があるのだろう。

 話題を変えて海についてまた聞き掘った。


 ファフナさんは海に飛び込んで、珊瑚礁と呼ばれる石でできた森を見たことがあるそうだった。


 羨ましい。

 俺たちのような地をはいつくばることしかできない生き物には、珊瑚礁の海も遠い夢物語のように聞こえた。

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