・泥鱗の芋将軍 - お姉さんとイイトコロ -

 昨晩、陽気な酔客と歌声で賑わう酒場でいつものように給仕をしていると、カウンター席のカチューシャさんに呼び止められた。


『そこな勤労青年、明日暇っすかー? 暇ならいいところ連れてってあげるっすよー!』


 ビールを大ジョッキを片手にした軽いノリのお誘いだった。

 あまりに軽すぎてすぐにそれとはわからなかったけど、どうやらそれはデートのお誘いらしかった。


 コギ仙人が『受け身でよい』と言っていたのは、このことなのだろうと思った。

 もちろんこちらも誘いに乗った。


『よかったす! じゃ、明日の昼前にここに集合っす! いやー、ワクワクしてきたっす!』


 俺が『いいところってどこ?』と聞いてもカチューシャさんは明かしてくれなかった。

 明かしたらつまらないと言って、茹で青豆をビールで口へとかっこんでいた。


 俺はママが切り盛りする夜のコルヌコピアが好きだ。

 喧嘩っ早かったり従業員のお尻を触るお客さんもいるけれど、そういう人はママが先割れスプーンで成敗してくれる。


 幽閉されていた頃と比べると、まるで天国のような居心地のよさだった。

 それは程度の差こそあれど、きっとカチューシャさんだって同じなはずだ。


 彼女は元気はつらつとジョッキを掲げて、ザナームを讃える歌を酒場のみんなと熱唱していた。


 たった一ヶ月でここまで溶け込むなんて、やはり彼女はただ者ではなかった。



 ・



 そんな昨日の乱痴気騒ぎはさておいて、俺はふとオルヴァールの碧色の空を見上げた。

 空の明るさからして、もうじき昼前といった時刻だった。


 俺は今、ラケシスさんと一緒に洗濯場でシーツを洗っている。

 洗濯場は住宅街を横断する用水路にあって、そこは人々の集まる社交場となっていた。


 そんな洗濯場で、ラケシスさんが空を見上げて飛び上がった。


「あっ! もうじき約束の時間じゃん!」

「え、ラケシスさんも用事……?」


「違う違う、カチュアに頼まれたのーっ!」

「カチューシャさんに? 何を……?」


「あははっ、そんなの決まってるよー!」


 鼻先に指を突き付けられた。


「お、俺……?」


 洗濯で手足が冷えたのか、ふいに背筋が震えた。


「いいなぁー、私も仕事サボって美少年とデートしたーい……!」


 ラケシスさんは明るく愚痴りながら、洗濯の手を早めた。

 彼女に面倒を見てもらうかどうかは置いといて、とにかく早く片付けて宿に帰ることには賛成だった。


「よしっ、ちょっと絞り足りないけど後は姉さんとアトロに任せちゃおー!」

「俺、一人でも準備でき――」


「ダメだよーっ、せっかくのデートなんだからっ、ここはお姉さんに任せときなさーいっ!」

「い、いいよぉ……」


「いいからいいからーっ、今日のデートもカッコよくしてあげるーっ、あはははっ♪」


 いつもより重たいシーツを抱えて宿屋コルヌコピアに戻った。

 ラケシスさんは強引だけど、それだけパワフルで働き者だ。


 宿に戻ると、あれよあれよと俺の部屋に引っ張り混まれてしまった。


「はい、そこ座って」

「俺、子供じゃないよ……」


「子供扱いなんてしてないよー。単に、私が楽しいから髪のセットとかしてー、お着替えも手伝うだけー♪」

「お、お着替えはもう止めてよぉ……っ?!」


「やーだーー♪ 絶対脱がすぅー♪」

「や……やめてよぉ……」


 ラケシスさんに髪を整えてもらった。

 すごく楽しそうにニコニコ笑いながらやってくれるものだから、嫌だとは言えなかった。


「はーい、次はお待ちかねのお着替えでーすっ♪」

「ひぃっ?!」


「やーだなぁー、なんにもしないよー♪」

「や、止めて……っ、なんでズボンから下ろそうとするの……っ?!」


 ズボンを下げようとする彼女の手と戦った。

 人に脱がされるのって死ぬほど恥ずかしい……。


「王子様なんだからこんなの慣れっこでしょー?」

「俺は人に着替えを手伝わせるほど自堕落じゃないよっ!」


「あ、シルバだー」

「えっ、助けてシル――」


「嘘ーっ、そいやーーっっ♪」

「あっあああっっ?!!」


「わーぉ♪」


 ラケシスさんにお着替えさせられた……。

 パンツまで下ろされて、ニヤニヤする彼女にオモチャみたいに扱われた……。

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