mission 2 オーリオーンの暗闇

・消えた日記帳と断罪する狼 - SIDE:兄王子 -

・それから一ヶ月後


 うちのシルバはお利口なので、主人の靴下を盗んだことなんて数度しかない。


 少し気位が高いところはあるけど愛想がよく、時に気まぐれで下々の手伝いまでしてくれる利口な子なので、雄羊宮では女官・武官問わずして人気があった。


 そんなシルバがその晩、なくしたはずの日記帳をくわえて宿の軒先に現れた。

 それはママ・・が『もう上がりな』と勧めてくれたので、外に出てシルバの名前を呼んだ時のことだった。


『すまん、大将』

『な、なんで、俺の日記帳がここにあるの……?』


『うむ。それは雄羊宮を出る際に、俺様がちゃっかりと持ち出したからだ』


 その日記帳は俺の精神安定剤だった。

 一年のうち七割を眠らされて生きていた俺には、出来事と日付を記した日記こそが過去と現在を繋ぐ鍵だった。


『なんの、ために……?』

『はははっ、なに、大したことではない!』


『本当に……?』


 シルバは子犬みたいに3回もその場で回ると、凄く得意げな笑顔で主人を見上げた。


『ああ! 俺様が日記を盗んだのは、大将に無礼を働いた大罪人どもを――』

『なっ!?』


『罰するためだ!!』


 こ、この狼……。

 なん、という……ことを……。


『なっ、なに勝手なことしてるんだよぉーっ?!! 大したことあるよっ、大ありだよっっ!!』


 今思い返してみると思い当たる節がいくつもあった。

 シルバは俺が日記を書き忘れるといつもそのことを指摘してくれた。


 どんな辛い事実も日記にすれば気持ちの整理が付くと、豪快な俺様系狼の言葉とは思えない助言をしてくれた。


『心配はいらん、告発は順調にして完璧だ!』

『いや告発してなんて俺は一言も言ってないよっっ!!』


『ウォォォーンッッ!! そうだろうな、大将ならそう言うと思ってのことだっ!』

『わかってるなら止めてよっ!?』


『オンッ! 悪いがこれは俺様なりの大将への忠義と受け取ってくれ! すまん! だが、やつらを許せなかったのだ!』

『いやそんな忠義望んでないよっ!』


『ならば言い換える! 俺様の大将に無礼を働くやつらがどうしても許せなかったのだ!! 俺様はこれでも忠犬だからな!』

『君は狼だよっ!!』


 シルバは鼻を高々と空に掲げて己の行いを誇り、勝利の遠吠えを上げた。


『寝てる人たちに迷惑だよ、散歩に行こう……』

『オォーン! 今日はいい気分だ!』


『はぁ……もう少し飼い主に似てほしかったかな……』


 シルバと並んで夜の散歩に出かけた。

 夜になってもエメラルド色の残るオルヴァールの空を時折見上げながら、シルバから日記帳の詳しい用途を聞いた。


 悪夢だった……。

 もう全てが手遅れだった……。

 俺が介入できるようなターンは既に終わり、断罪が行われていた……。


 俺が眠っている間のことはシルバから。

 俺が起きている間のことは日記帳から。

 知りうる限りの犯罪行為が祖国レイクナスで告発されていた……。


『かくして、幸運の女神コルヌコピアを幽閉した罰当たりどもに、天罰が下ったというわけだっ!! オォォーンッッ!!』

『そんなのただの陰謀じゃないか……っっ!』


『違う、違うぞ、大将。これは陰謀ではない、天誅だ! 幸運を独占してきた愚か者共に罰を下したのだっ! 悪しき世を正したのだ!』


 こういうことを得意とする人を一人知っている……。

 綿密に作戦を組み立てて、自分の望み通りに世を動かすことを得意とする人を……。


 あんなに可憐で素敵な人なのに、あの人はやることがえげつない……。


『それで、どうなったの……? 父上と、ヘリートは……』

『おお、喜べ、大将! あの変態どもなら――』


 この策略のせいでレイクナス王国は大混乱。

 数多くの王族、貴族、英雄が告発され、粛正の嵐が吹き荒れる事態となっていた。


 よくて降格。

 許されて隠居。

 より罪深き者は鞭打ちの上での収監。

 あるいは懲罰部隊送り。


 死人が出ていないのが奇跡みたいな状況だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る