・mission 1 エピローグ:飛竜ファフナの生還
「ふふふ……いいですね……とても、いいですね……」
「……な、何が?」
「私も、ディバインシールドされてみたいです……」
「な、なんで……?」
「ファフナから聞き出しました。草むらに一緒に横になって、あんなことや、こんなことをしたそうですね……?」
「う……っっ?!」
「ああ、甘酸っぱい……」
母親のうち一人を自称する人に言われると、ちょっとどころではない後ろめたさがあった。
ミルディンさんが手段を選ばなかったように、俺だって手段を選ばなかっただけなのに、彼女を直視できなかった。
「その話を聞いたら私、あの子の母の一人として、とても複雑な気持ちになりました……。ちょっと、あそこでお菓子、食べませんか?」
「た、食べません……っ」
「パンタグリュエルのお尻は揉みしだくのに、私のお尻には何もしてくれないのですか……?」
「してないよっ! パンタグリュエルって巨人さんなんでしょ?! そんな人のお尻なんて揉めるわけないじゃないかっ!」
ミルディンさんが不満そうに人差し指を口に含んだ。
ミルディンさんって清楚そうに見えて意外と……エッチだ……。
「私は参謀です。参謀として貴方の奇跡を我が身で体感する義務があります。さあ、こちらへ……」
「今はそれより、お話がしたいかな、俺……っ」
「私はベッドで横になりながら、貴方とお話したいです……。私にディバインシールドして下さい……」
「ひえ……っっ」
こんな可憐なお姉さんに迫られたら、いつか王族に相応しくない気の迷いを起こしてしまう。
具体的にどうすればエッチになるか、全然知らないけど……。
「あ、あの、ミルディンさん……」
「ファフナばかりずるいです……。パルヴィスは、私みたいなお婆ちゃんは、お嫌いですか……?」
「こんなにかわいいお婆ちゃんがいるわけないよっ!」
「そうですか……っ! お世辞でも嬉しいです……っ! ぁ…………」
この部屋には扉がない。
向こうの部屋に誰かがいたら話が筒抜けだ。
いや、実際筒抜けだった。
「ミルディンッッ!!」
「あら……ファフナ。ポータルを使ったとはいえ帰りがいやに早いですね……」
出口にかけられた布かけを弾き飛ばして、ファフナさんがこの部屋に現れた。
身体のあちこちに包帯が巻かれていて、髪の毛が焦げてボサボサになっていた。
「我のつがい殿に何をするっ!」
「ふふ……嫉妬ですか? かわいらしいことですね……♪」
「やかましいっ、それは我のつがい殿じゃっ! ミギャッ?!」
突然、ミルディンさんがファフナさんの胸に飛び込んだ。
ファフナさんの包帯は火傷の手当か何かだろうか。だいぶ痛そうな声だった。
「お帰りなさい、ファフナ……。こうしてまた会えるなんて、私……今でも現実を素直に受け止めかねています……」
「ふんっ、生きて帰ってきてやったぞっ、ざまぁ見ろ、参謀殿! いてててっ、おいっ、離れろ、母上っ」
「あら……♪」
「ぬぐっ?! い、いいいっ、今のは間違いじゃっ! 離せっ、痛いと言っておろうっ!」
お邪魔かなと思い、部屋からそっと離れた。
「ファフナ、あそこでお菓子を食べませんか?」
「子供扱いするなっ、我はもう子供ではないっ!」
「貴方は私の子供のようなものです。さあ、あちらへ……」
「あっ、いないっ、逃げたなつがい殿っっ?!」
ミルディンさんが暮らす政府施設から、俺はそっと離れて夜のオルヴァールに出た。
すると今までどこにいたのやら、シルバが暗闇からぬらりと姿を現した。
「大将、ここで帰るなんて男らしくないぞ」
「じゃあどうすれば男らしいか、参考に教えてよ」
「両方食ってしまえ」
「取り返しがつかないことになるよ……」
「奇跡でファフナの姉御の命を救ってやったんだ! 請求すればやつらはなんだって差し出すぞ! ……ワフッ?!」
そんな野獣系に君を育てた覚えはないよ。
俺はシルバの前でしゃがんで、悪いことを言う
「ザナーム騎士団は世界のために命をなげうっているんだ。そんな人たちから代価を取ったら罰が当たるよ」
「だが大将、そんな調子でいると搾取されるだけの人生になるぞ!」
「ここのみんなに搾取されるなら望むところだよ」
「そうだがそうじゃない、大将! 男ならもっと、下半身に正直になれと俺様は言いたいんだ! ワフゥンッッ?!」
もう一度マズルをつかんで黙らせた。
子狼だった頃は素直ないい子だったのに、なんでこんなワイルド系に育ってしまったのだろう。
「それよりシルバ、なんか眠れる気がしないし、夜の散歩をして帰ろうよ」
「ウォォーンッ、その言葉を待っていた! 深夜の散歩もいいなっ、毎日でもいいくらいだっ!」
「それは酒場の混み具合次第だね」
宿屋のある中心街に戻ってゆくと、往来がお祭り騒ぎになっていた。
こんな時間だというのに沢山の人が集まって、生還を果たした英雄たちを囲んでいた。
彼らは賞賛され、何よりも無事な生還を喜ばれていた。
「大将のおかげだというのに、やつらからの感謝の言葉がないな」
「実際に戦って、死地を切り抜けてきたのは戦士たちだからね。俺に賞賛なんていらないよ」
賑わう夜の市街をたっぷりと楽しんだ。
シルバもご機嫌だ。
いつもよりも高く跳ねて、俺の前後を行ったり来たり、まとわり付いていた。
その姿があまりにかわいくて、宿に戻るはずが何度も遠回りをしてしまっていた。
ところがそろそろ帰ろうかと思ったところで、俺は往来に意外な顔を見つけた。
それは槍を肩にかけた女戦士だった。
髪は紫に近い青。
肌は浅黒く日焼けしていて、マントの下は防具も何もない半裸だった。
「おーーっ、自分ー人間じゃないっすかーっ!」
彼女もこちらに気付いた。
オルヴァールに人間の姿があることに驚いて、大股でこちらに寄ってきた。
「そういう貴女も、人間、ですよね……?」
「あ、自分っすか? 自分は敗残の将っす! かぁぁーっ、なさけねぇーすっ!」
「敗残の将……あっ」
そういえばミルディンさんの話にあった。
でも、おかしいな……。
「人呼んで芋畑のカチューシャ将軍と言ったら、自分のことっすよっ!」
予言の話だと、カチューシャ将軍は投降するも、すぐに解放されたはずなのに。
それがどうしてここにいるのだろう……。
「俺はパルヴァス・レイクナス。宿屋コルヌコピアの従業員をやっています」
「そかそかぁーっ、丁寧な偉い坊やっすなぁ! 自分は人間がおって、メガっさ安心したっとこっす!」
「め、めが……?」
「まー、処刑待ちの敗残の将なんすけどー、あははははっ!」
「ここの人たちはそんな野蛮なことしないよ。……勝つためなら手段を選ばないところはあるけど、みんな立派な人たちだよ」
そう褒めると、カチューシャ将軍は自分の胸をドンと叩いた。
背丈はファフナさんほどではないけど、この人も大きな胸をしていた。
俺が胸に目を奪われても、彼女は少しも気にする様子がなかった。
「同感っす。あ、自分処刑があるっすから、また後で~、っす」
「う、うん……よかったらうちの宿にきてね。同胞として歓迎するよ」
「はははーっ、幽霊になってでも行くっすねー♪」
「幽霊はちょっと……営業妨害だよ……」
俺はその晩、予言では解放されるはずだった女将軍カチューシャと出会った。
彼女はだいぶひょうきんというか、とても話しやすいいい人そうだった。
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