・覆った未来、もう一つのリザルト

・パルヴァス


 どうしても宿でおとなしく待っていられなくて、俺は作戦中だというのにミルディンさんの仕事場を訪ねた。


 けれど訪ねたその時には、全てが終わってしまっていた。


「そん、な……ファフナ、さん……」


 俺はファフナさんの死で締めくくられた悲劇の勝利を、ミルディンさんの口から知らされることになった。


 ザナーム騎士団はポータルと呼ばれる長距離移動手段を持っている。

 そのポータルを応用すれば、作戦の通信を瞬時に行える。


 そう説明した上で、ミルディンさんは言った。

 ファフナは戦死した、と。


 俺は深く後悔した。

 俺がもっと積極的に行動していたら、ファフナさんは生きていたかもしれない。


 後で後悔するくらいなら、ミルディンさんのように手段を選ばないように徹底するべきだった……。


 ところが――


「はい、以上がパンタグリュエルが予言した、確実にあり得たはずのもう一つの現在となります」

「…………え?」


 ミルディンさんが話のテーブルをいきなりひっくり返した。


「よ、よげ……よげ、ん……?」

「すみません、誤解させてしまったようですね……」


 娘同然に想っていたファフナさんが死んだのに、妙に落ち着いていて変だとは思った……。


「ど、どういう……?」

「はい。これは『シルバとパンタグリュエルが偶然外の世界で出会う前の』予言です」


「へ……っっ?!!」

「本当にすみません……。今お話したのは、私たちが貴方を強奪せず、貴方がファフナにエッチなことをしなかった場合の未来だそうです」


 ファフナさんの死に胸を痛めていた俺は、フクロウみたいに深々と首をかしげてしまった。

 え……? つまり、え……?


「つまり、要するに、それって……。今の話は、現実に起きたことじゃない……ってことっ!?」

「はい」


「はいじゃないよっ!?」


 俺はミルディンさんに詰め寄って抗議した。

 相手が女性でなかったら軽く手が出てたかもしれない!


「すみません……。予言の話と言ったつもりが、言わなかったみたいですね」

「聞いてないよっ、先に言ってよっっ!?」


「ふふ……あの子のことをこんなに想ってくれて、なんだかとても嬉しいです。これは、孫の顔も期待してよいのでしょうか……?」


 なんてマイペースな人だろう……。

 遅れてあふれてきた嬉し涙を拭った。

 ああ、よかった……。


 ミルディンさんは天才的な参謀だけど、やっぱりどこか抜けていた。


「それよりファフナさんはっ!? じゃあ現実のファフナさんはどうなったのっ!? 具体的に!」


 激しく問いかけると、ミルディンさんが安堵のため息を漏らしながらやさしく笑った。

 ミルディンさんもファフナさんが心配でたまらなかったみたいだった。


「わっとっ?!」


 ただその綺麗な顔に見とれたのが悪かった。

 ミルディンさんの不意打ちの抱擁が俺の両肩を包み込んだ。


「はい、あの子は生きています……」

「本当……っ!?」


「逃げ遅れて、マナ鉱山の超爆発をモロに受けてしまったそうですが」

「え……?」


「驚きました。凄いですね、ディバインシールドLV500」

「大丈夫、そうなの……?」


「はい、現在仲間がファフナを搬送しています。命に別状はないでしょう」

「搬送、って……」


 大丈夫なのかな、それ……。

 心配で声が細く震えてしまった。


 そんなちょっと情けない俺を、ミルディンさんは抱擁を強めて慰めてくれた。

 この母性に身を任せてしまったら、男として負けのような気がする……。


「あの、そろそろ離してくれるかな……?」

「はて?」


「だって、こんなとこ誰かに見られたら誤解されるよ……っ」

「そうですか? それが何か問題でも?」


「問題しかないよっ、不純だよっ!」


 俺はジタバタともがいて、可憐でかわいいミルディンさんの胸から逃げた。


「ふふふっ、ファフナにあんなことをしておいてよくも言えますね」

「んなっ?!」


「ふふふふ……」


 な、なんで、知っているんだ……。


「ともかく、もう心配はいりません。本当にありがとうございます、パルヴァス」

「う、うん、こちらこそ、ありがとう……。これでレイクナス王国のみんなの戦いも楽になるよ」


 監禁され、尊厳を破壊された恨みはあるけど、誰だって過酷な戦いで命を落としたくない。

 今となっては、祖国から逃げて申し訳ない気持ちが拭えなかった。


「あ…………っ」

「え?」


「……まあ、この話は別にいいですか。話しても、不毛ですし」

「えっ、何……!?」


「なんでもありません」

「あ、まさかっ! 俺の国で何かあったってことなのっ!?」


 直感任せの言葉だったのに、本当にあちらで何かあったみたいだ。

 ミルディンさんは潤いのあるその小さな唇に触れて、慎重に言葉を選び始めた。


「いえ、別に大したことではないのですが」

「本当に……?」


「はい。あちらの諜報員によると、反乱の兆しがあるというだけです」


 反、乱……?

 えっ、俺の祖国で!?


「ちょっとっっ?! 全然大したことあるよ、それっっ!?」

「すみません、私が貴方をさらわせたせいですね」


 全く気にしている様子もない淡々とした物言いだった。


 まさか、俺が逃げただけで、反乱……。

 そんな大変なことになるなんて……。

 弟と父上はともかく、母上や公爵一家は無事なのだろうか……。


「貴方が気に病むことはありません。だって、悪いのは私ですから」

「ミルディンさんは悪くないよ」


 この話、気になる……。

 いや気になるけど、今は話題を変えよう。

 それよりもファフナさんのことだ。


「それより作戦のことだけど……成功したんだよね?」

「はい、貴方のおかげで死傷者ゼロの完全勝利です。あそこでお菓子を食べながら、ゆっくりとお話ししましょう」


 ミルディンさんはいつかのようにベッドを指さして、俺の背中をグイグイと押してきた。


 俺はそれを丁重にお断りして、予言ではなく現実の話を詳しく聞き出した。


 竜となったファフナさんは炎・風・氷・土の力を持つ巨大バリスタを次々と薙ぎ払い、待ちかまえていた円環の騎士との死闘を繰り広げた。


 炎のブレスが鉱山の地表を焼き、暴れ狂う竜ファフナはありとあらゆるものを吹き飛ばした。


 そして戦いの果てに、一人倒すのに千人の軍隊が必要とされる特別なエーテル体【円環の騎士】を見事倒し、マナ鉱山の鋼鉄の門をこじ開けた。


「本人からの報告となりますが、そこまでは全く無傷だったそうです。竜の身すら貫くバリスタを、円環の騎士の恐るべき魔力がこもった剣術を、貴方のディバインシールドがまるでせせら笑うように、全て弾き返して下さいました」


 いやそんなバカな……。

 そう思わずにはいられない話だった。


 だって、俺がしたことはファフナさんと寝そべって、ちょっと言葉にできない部分を触ったりしただけだ。


 それが最強のドラゴンを無敵のドラゴンにしたと言われても、素直に信じる方がおかしいと思う。

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