デッカい人外に好き勝手されたいね

ヌイグチサカサ

勇者、魔物を打ち倒さんとす

この国は魔物に支配されている。それらは膨大で暴力的な、人間のとは明らかに異なった魔力を持ち、気まぐれに災害を引き起こす。そのせいで街は破壊され、多くの命が失われてきた。しかし今まで誰もその姿を見た事はない。その事実に人々は一層それらへの憎しみを募らせていた。そう、この世で最も傲慢で卑怯な存在、それが魔物である。


ただ一人、それらに立ち向かおうとする勇者がいた。名はスタッファン・リンクヴィスト。彼は2m40cmと大柄で、あらゆる格闘技を得意としながら優れた魔法の才を持ち、思慮深く、さらに容姿端麗なため、史上最強にして最高の勇者と謳われている。

また、彼が正義漢であったからだろうか、最も得意な魔法は、どんな不正も幻術も見透かす探知魔法だった。


あれは彼が20歳の頃。彼は自身の探知魔法を駆使してある物を見つけ出し、それを王に見せに行った。魔法気象予報を確認してから。

「して、勇者よ。今日は何の用で来たのじゃ?」

「王よ、私の能力はご存知ですね?」

「うむ。探知魔法であろう?……もしや、また未解決事件の犯人を?もしくは魔獣の巣穴を?」

「ええ、大罪を犯す魔獣の尻尾を掴んだのです!」

「ほう……」

「ご覧ください!この城こそが、かの憎き魔物達の住処でございます!」

彼はその手のひらの上に幻影を浮かび上がらせる。そこには白い煉瓦造りで巨大な城が映っていた。

「これがあやつらの……!?確かに見た事ない城じゃが……何故確信を持って言える?」

「しばらく見ていれば、きっと分かります」

二人が注視し始めた数秒後、それは起こった。

幻影の城から魔物特有の紫の稲妻のような魔法が飛び出す。それとほぼ同時に、王宮の東側の窓に眩い紫の光が現れたのである!

「なんと!こ、これは本物じゃ!」

リンクヴィストは王の前で自分の見た物を証明できた事に安堵の息を漏らす。そして癖のついた前髪に指を絡め、言うべきことを脳内で反芻し、重々しい口調でこう言った。

「私の能力さえあれば奴らの城に辿り着けます。あと私に必要なのは仲間と武器です。どうかお与えください」

「よかろう。ではまず、職人達にお前の体に合う武器や防具を作らせる。その間に選りすぐりの戦士や魔法使いを選び、お前に貸そう」

「ありがとうございます!」


装備は一週間も経たず出来上がり、リンクヴィストは再び王と対面した。誇らしげに胸を張るリンクヴィストと対照的に、王は申し訳なさそうに俯き、彼にこう告げた。

「勇者よ、すまない。お前の仲間となる人間はおらぬ。……集められんかった」

歴戦の戦士も、優秀な魔法使いも、誰も行きたがらなかったのである。考えてみれば当然の事で、今まで魔物の城を見つけたからと言って、人々があれらを倒せるなどと思う訳がない。むしろ、リンクヴィストの優れた魔法であってもその姿を捉えられない相手なんて、誰が太刀打ちできようと考えるのが自然だ。

しかし勇敢なリンクヴィストはめげなかった。こんな絶望的な状況にも関わらず。

「誰も来ないのならば、私が単身で乗り込み、魔物の首を王に献上しよう」と高らかに宣言したのである。

この事から分かるように、彼の唯一の欠点、それは強い力を持つ故の慢心であった。



リンクヴィストは自らの魔法を頼りに城を目指した。既に目星はついている。王宮の東に存在する、人が立ち入らない森だ。彼は昔、鍛錬の一環としてそこで野生動物と戦ったことがあり、あの手のひらの上の景色に見覚えがあった。まさか自分の知っている所だったなんて……!リンクヴィストは幼い頃、実力はあるが素行の悪い相手に格闘訓練で手加減された時と似た怒りを覚えた。



その場所に辿り着くのは容易だった。しかし目当ての城だけが無く、彼は唯一の頼りである手のひらの上を見つめる。

おそらく認識阻害の一種だろう。一部が破壊されれば解けるはずだ。そう考えたリンクヴィストは城の扉と思われる箇所に魔法を放つ。すると、その全貌があらわになった。白い煉瓦造りの、あの城だ!慎重かつ速やかに行動しなければ。リンクヴィストは少しの間、前髪をいじりながら辺りを見渡す。……罠のような魔力は感じられない。先程の魔法は完全に無音にはできなかったのに、こちらに何かがくる気配も無い。……やたら広い城のせいで破壊音が聞こえなかったのか?しかしよく耳を澄ますと奥の方の部屋から光が漏れ出ている。そこか!リンクヴィストは全速力で、しかし無音で駆け抜けていき、大声を上げながらその部屋に押し入った。

「俺は勇者スタッファン・リンクヴィスト!お前達を始末しに……」

そこには予想だにしなかった光景が広がっていた。

「ん?何か大きな音がした」

「わ、見て見て〜可愛い子が遊びに来たみたい!」

「あれ……ひょっとしてニンゲン?」

「ふふ、どこから入って来たんだろう?」

魔物が4匹、リンクヴィストを見下ろしていた。15歳で身長2mを超えた彼が首を痛めるほどの巨躯、淡く発光する長髪、完全に左右対称の美しい顔立ち、見たままそれらを表現するならば神や天使といった言葉が適切だろう。それらは丸いテーブルを囲み、各々ティーカップや菓子のような物を持っていた。ティーパーティーでもしているのか、とリンクヴィストは混乱する頭でこの不可解な状況を把握しようとする。

すると魔物のうちの一匹が彼をひょいと抱き上げ、膝の上に乗せた。

「は!?お、おろせ!魔物め!」

その個体はリンクヴィストが撃とうとした魔法ごと彼の頭部を口に含んだ。まるでスナッファーでキャンドルの火をかき消すように一瞬の、あっけない出来事であった。

「あ、ズルい!僕も挨拶したかったのに!」

「もう、後で変わってよね」

「んーんー」

「そのまま頷くとニンゲン千切れちゃうよ〜」

「全く……危ないから僕が持つ」

「ん!」

非難された個体は取るな、と言わんばかりに彼の体を骨が軋むほどの強さで握りしめる。

「これは満足するまで離す気なさそうだね〜」

「じゃあそれまで暇だし、人間の挨拶をしてみようよ」

「コンニチハ〜であってる?」

「タスケテじゃなかったっけ?」

「え、あれって挨拶だったの?」

「どうだろう、口癖とかじゃないかなあ」

「でもあの子たちは早産児じゃないの?小さすぎて触ろうとしたら潰れちゃったじゃん」

「たしかに……じゃあ、あれは鳴き声?」

「でもこの子は見た感じ早産児じゃないみたい!」

「だからいっぱい喋れるんだね!嬉しいなあ」

「なんにも話せない子ばかりだもんね〜」

「ね〜……そもそも人間ってどうしてあんなに早産児が多いんだろう。いつまで待っても大きくならないし……」

「確かに。僕たちってニンゲンの事を何も知らないかも」

「そうだね……どんな習性があるのかも知らないや」

その言葉を聞くとリンクヴィストを咥えていた個体が突然彼から口を離し、喋り出す。

「あ、でもこれは知ってるよ!ニンゲンはセイショクだけじゃなく、快楽の追求のためにセイコウを行うんだって!」

リンクヴィストは粘性の強い唾液が耳に入り込んでいたため、よく聞き取れなかった。長時間体を締め付けられて意識が朦朧としていたせいもあったかもしれない。

「ええ何それ!じゃあそのための進化もしているのかな?」

「きっとしてるよ〜!」

「どんな進化かなあ」

「感覚が鋭かったり?」

「私たちみたいに魔法を使えるのかも!」

「確かに!見た目は他の動物より私たちに似てるし!さっきのパチパチしたのも魔法だよね!」

「じゃあ感覚器官に直接干渉する事もできるのかな?」

「お祝いの時、天候や地形もいじるのかな?」

「そうだったとしたら、最近僕たちがパーティーのために空に放った魔法を見て遊びに来たのかも!」

「もしくは異性からの求愛行動だと思ったのかな?」

「そっか、ニンゲンにも雌雄があるんだっけ」

「そういえばこの子って雄なの?雌なの?」

「たしか、雄は股間に生殖器って器官がぶら下がってて、雌はお腹の中に生殖器があるらしいよ」

「へえ〜そうなんだ、じゃあそこが特に進化しているのかもね!」

「脱がせて確認してみない?」

「えっ……」

「してみたい!」

「ちょっ……待っ、……」

「何だか鱗みたいなお洋服」

「また他の動物の真似かな?」

「ニンゲンはおしゃれさんだねぇ」

「やめろ!やめ、やめてくれ!嫌だ!」

「ねえ、この子急に興奮しだしたけど大丈夫?」

「また突然死んじゃったりしないよね」

「ふふ、きっと嬉しくていっぱい鳴いてるんだよ〜」

リンクヴィストの抵抗虚しく、彼のため作られた丈夫な鎧も衣服も全てが彼の体から剥ぎ取られた。彼は羞恥のあまり、全身が赤く染まり、小さな声で泣き始めた。とめどなく溢れる涙は四方向から大蛇のような舌で舐め取られ、彼の苦しみを表現することすら許されなかった。

彼はせめて声だけでも押し殺そうとしたが、肉食獣に襲われた小動物のようなか細く、哀れな声が魔物達の耳に届いてしまった。

「可愛い鳴き声だね」

「きっとセイショクキも可愛いだろうね」

「どれどれ〜……」

「あ!何かあった!」

「え?これが生殖器?思ったより小さいな」

「だってこの子まだ幼体なんだよ。身体もこんなに小さいじゃない」

「そうそう。それに雄の割に高い声で鳴いていたでしょう?」

「ああ、そうか!じゃあ数年も待てば私たちと同じくらいになるね!」

「え〜今したい事がいっぱいあるのに待たなきゃなの?」

「こら、赤ちゃんに手を出したらいけないよ。体が耐えられずに死んでしまうかもしれないでしょ?」

「むむ、それは嫌だなあ……」

「でしょ?せっかく仲良くなれたんだし寿命まで可愛がろうね」

「「「ね〜」」」


リンクヴィストは魔物に対抗することはできないが壊れもしない丈夫な身体と、狂うことのできない強靭な精神を呪った。


その後、魔物達はパーティーよりも彼で遊ぶために時間と魔法を使い、何年も何年も彼の悲痛な叫び声は城の中で響き続けた。

しかしそこに辿り着けた人間は後にも先にも彼のみ。真相を探れる者がいなかったため人々はこう考えた。

「彼は自分の命を犠牲にして魔物を討ち取ってくれたのだ」と。

人々はそれまで災害の被害の縮小に骨を折ってきた。しかし、この考えが広まってからは人類の発展のために尽力し始めた。

土地開拓、技術の発展、人口増加。それもこれも全て、かの英雄リンクヴィストによる恩恵と考えた王は、彼の出立の日を"解放記念日"と定めた。



解放記念祭・第9回目の日。

その日も例年のように人々は各々好きなように歌や踊り、食事を楽しんでいた。


リンクヴィストで遊び終わり、彼がニンゲンの標準と誤った魔物たちに、うっかり滅ぼされるまで。

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