廃墟にて見つかった日記

あらひねこ

第1話

■ 2022年 5月10日(火)

私は、孤独に耐えかねていた。


家に帰ってもおかえりと言ってくれる人はいない。

通話する友人もおらず、マッチングアプリといった類のSNSも勇気が出なかった。

話相手といえばせいぜい会社の同じプロジェクトのメンバーぐらいで、それも業務内容に関わることだけだ。

私は、このままでは孤独に狂わされると思った。


そこで私は、霊的な存在に頼ることにした。

もし幽霊が自分に憑りつけば、きっと霊障が起こるだろう。

つまりその瞬間は、自分は1人じゃないという感覚が得られる。

孤独でなくなるのなら、それが人間かどうかなど最早問題ではなかった。


意外にもあっけなく呪法は成功し、私にはいま一人の霊が憑りついている。気がする。

なにかあった時のため日記をつけることにした。

もちろん人に読ませる予定などはないが。



■ 2022年 5月11日(水)

昨日の日記を読み返して自分の文章力の低さが恥ずかしくなった。

書き直そうとも思ったが、それはそれで日記じゃないように感じられるのでやめた。


ただ、流石に昨日の内容だけだと説明が不十分だと思うので

今日の日記の分を使って補足しようと思う。


まず私は、先週のゴールデン・ウィークの休暇で呪法について調べつくし、その中でいくつか効果的そうなものに当てをつけた。

その中から一人でもできる簡単なものを選び、実行してみたわけだ。


最初の数日はあまり効果が実感できなかったが、休暇の最終日に奇妙なことが起きた。

少し遠出した時の帰り道、地下鉄の駅のホームに「何か」がいる気がしたのだ。

もちろん視覚的には全く違和感もないし、別に人の気配があったわけでもない。

でも私はその虚空から目が離せなかった。


気づくと私はそこに向かい一礼をして、手を差し伸べていた。

理由はわからないが、そうしたくなった。

「魔が差した」というものは、こういう状況のことかもしれない。

そして私は虚空を掴んだ手を離すことなく家に帰り、昨日に至った。


うっすらとだが、今もこの部屋にその「何か」がいる気がしている。



■ 2022年 5月12日(木)

あれから、特に何も変わりはない。

相変わらず仕事に出ては家に帰り孤独に眠る生活を送っている。


日記を書こうにも内容が薄く単調でひどくつまらないものになるだろう。

なにより、毎日「仕事をした。帰った。寝た。」と書いているとそれこそ気が狂いそうだ。


以降はなにか起きた時に日記を書くようにしようと思う。



■ 2022年 5月14日(土)

今日、家鳴りが多くすることに気づいた。

パキッ、パキッ、と部屋の各所から音がする。


マンションはRC造(鉄筋コンクリートの意味)なので、家鳴りはほとんど起きないハズだ。

それがこの1日で何回も、何回も起きた。

パキッ、パキッと今もこの日記を書きながら聞こえてくる。


イヤホンをしていれば気にはならないのだが、なぜか私はこの音を心地よく思っている。

不規則な雑音のはずなのに、どこか安心感をおぼえるのだ。



■ 2022年 5月15日(日)

昨日の日記を読み直して、少し焦りを感じた。

なぜ私は家鳴りが聞こえて安心しているんだ。


本格的に頭がイカれたのかもしれない。

あわてて心療内科の予約をした。


5月18日に診察予定になったので、明日有給の申請をしようと思う。



■ 2022年 5月16日(月)

久しぶりに見返したいビデオがあったので押し入れを開けたところ、以前駅のホームで会った「何か」がそこにいる気がした。うまくは言えないが、体育座りでちょこんと座っている……と思うとしっくりきた。


自分は前と同じように一礼をして、そのまま手を差し出した。すると「何か」は手を握り返した気がしたと同時に、フワッと爽やかで甘い香りがした。

それからその「何か」は家の中を歩き回ったあと、押入れの前に座った。ような気がした。


私はこの「何か」をさんと頭の中で呼ぶことにした。まだ夏真っ盛りではないが、なぜか「なつさん」と呼びたくなったからだ。単に自分がその存在を女性だと思いたかっただけかもしれない。


なつさんが押入れの前に座ってからは、家鳴りはしなくなった。

今もこの日記を書いている後ろに、なつさんがいるような気がしている。

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