第45話 災難は突然に:6

「ふう。 良い天気だ。」


空を見上げて、大きく息を吐き出す。


魔人族の侵攻に合わせて、各大陸に新しく作った反撃の為の隠れ家シェルターを回り、各責任者と言うべき者たちとの打ち合わせ。


兵士たちの隠れ家の場所は、各国の代表者と側近の数名。それと、俺しか知らない。


今は、最後の隠れ家のエルフの森の側の森の中の開けた場所。


亜人族の大陸と、獣人族の大陸から、同時期に船団を出して、魔人族の目を引き付ける。


その間に、魔人族の大陸に作った隠れ家から、少数精鋭で揃えた者たちで、魔王城に乗り込むという寸法だ。


転移魔法が在るのだから、転移魔法で大軍を送り込めれば楽なのだろうが。


世の中、そう上手いこと出来ない仕組みになっている。


まず、転移魔法を使える人物は、フォーリアに8人しか居ない。


ましてや、複数人を同時の転移を可能としているのは、スタンと妖精族のシンの二人だけ。


その人数も、せいぜい5人から10人で、1日に4度くらいが限界。


それに、転移自体も。転移先に陣を刻み込んで置かないといけない。


そりゃそうだろう。 何処にでも、好きな場所に転移なんてできたら、それこそ暗殺なんてし放題だ。


だからこそ、正規でのルートでの進行が必要になってくる。


正直、胃が痛くて吐きそうだ。


船団に乗り込む兵士たちは囮。


死兵だ。


この作戦の立案者は俺だ。


つまり、俺は。 船団に乗り込む兵士たちに、死ねと言ってるようなものだ。


だから、船団の兵士たちは、志願兵だけを募ったのだが、予想を超える多さだった。


それでも被害を最小限にしようと色々考えて、亜人族の大陸から6か所。


獣人族の大陸から6か所の、合計12か所から魔人族の大陸に向かい。


少しでも、魔人族の兵の数を散らそうと考えた。


志願兵の増えた理由としては、魔人族の侵攻ルート上での都市に街や村の被害が原因だった。


無人のまま明け渡した都市に街や村は、食料こそ根こそぎ奪われるものの、物的被害は最小限と言っても良い状況だった。


それに対して、少しでも抵抗の意思や、住民が居る都市に街や村は、徹底的に破壊をされ、住人たちは皆殺しにされている。


この情報が続いた為に、ようやくと言うべきか。


亜人族、獣人族、人族の3種族に共通の危機感がもたらされた。


皮肉な物で。 共通の敵が出来て共闘が出来る。


何故、普段から、互いに手を取り合って仲良くできないのかと思うのは。


俺が、平和な日本と言う国で育ったせいなのだろうか?


今更ながら思う。


何で、地球では只の1職人にすぎなかった俺が、こんな戦争で周囲の国々との橋渡し役をやっているのかと。


戻れるなら、この星に来て間もない頃の俺に言ってやりたい。


余計な事を言うな!と。


「胃が痛い・・・。」


右手で、胃の辺りをさする。


胃に穴が開いているのではないかと思うほどに痛い。


ポケットから、チョコを取り出して、口に放り込み舐める。


「キュー。」


何かの鳴き声がしたので、鳴き声のした方に目を向ける。


そこには、空中で止まった状態で、こちらを見ている白色の小さな竜が。


大きさ的には、体長40センチほど。 少し大きめの猫サイズ。


良く、ファンタジー物で見る、うろこの様な体躯ではなく。


白い毛並みで体躯が覆われている。


初めて見る、幻獣種に驚きながらも、その小さな竜から視線を外す事が出来ない。


幻獣種。


それは、余りにも強大な力を持ち過ぎた生き物。


一度、暴れだすと。 半径数百キロは灰燼に化すと言われる天災級の象徴。


この星のカルドラにも等しい力を持つ存在。


目の前の幻獣は子供だろう。


だが、それでも。 怒らせたりしたら、この森一帯くらいは簡単に焦土にしてしまえるだろう。


「キュイ。」


その小さな竜は、俺の左手に鼻先を近づけるとクンクン匂いを嗅ぎだす。


「欲しいのか?」


ポケットに手を入れて、チョコを入れた箱を取り出して、幻獣の子供の目の前に出す。


「キュキュイィー。」


パタパタと、小さな羽を動かしながら、チョコの箱に鼻先を近づけて、長い首を動かして、俺とチョコの箱を交互に見る。


「よっこらっしょっと。」


地面に腰を下ろして胡坐あぐらをかく。


「おいで。」


そう言って、箱からチョコを取り出して、右手に乗せて幻獣の子供の前に差し出す。


「キュイ!」


嬉しそう?な泣き声をあげて、幻獣の子供が、俺の手の平からチョコをついばむむ様に口にする。


最初は警戒しながらか、ちょこっとだけ口を着けるが。


「キュキュ!」


二口めは、大きく口を開いて、チョコの欠片を飲み込んで小さな口をモゴモゴ動かす。


余りの可愛さに、幻獣であると言う事を忘れてしまい。


笑みを浮かべながら、その様子を眺めてしまう。


「キュイ-キュ。」


もっとくれ。と言いたげな瞳で俺を見る幻獣の子供。


「う~ん。大丈夫なのか?」


食当たりとかしないだろうな?


などと思っていたら。


いつの間にか幻獣の子供が、胡坐あぐらをかいている、俺の膝の上に乗り込んで、右手に持つチョコの箱をジッと見ている。


「行儀いいなぁ、お前。」


勝手に、箱からチョコを奪わないあたり、行儀が良いと言える。


「食べても平気か?」


思わず、幻獣の子供に尋ねてしまう。


「キュキュイ。」


小さな首を上下に動かす。


「オーケー。」


チョコの箱を大きく開いて、中身を幻獣の子供に見せる。


「食べても良いぞ。」


「キュ。」


俺の言葉を理解しているのか、幻獣の子供がチョコを食べだす。


幻獣の子供が、チョコを食べている間に、俺は幻獣の子供の背中を軽く撫でてみる。


幻獣の子供が、チョコを食べるの止め俺の方を見る。


「いやか?」


「キュイ。」


一鳴きすると、チョコを食べるのを再開しだす。


好きにしろ。と言ったように聞こえたので。 そのまま背中を撫でる。


時折、背中の羽根を動かして、此処を撫でろと言わんばかりの仕草を見せる。


希望に答えながらも、俺自身も縫い包みヌイグルミみたいな毛並みを堪能する。


「ケプッ。」


チョコを食べ終えたのか、小さな瞳を俺に向ける幻獣の子供。


「あ~ぁ。口の周りがチョコだらけだ。 動くなよ。」


胸元のポケットから、ハンカチを取り出して幻獣の子供の口に着いたチョコを拭き取る。


口元を拭われる事が嫌なのか、長い首を動かして嫌々をするような動きをする幻獣の子供。


「ちゃんと、奇麗にしておかないと。 お父さんかお母さんに叱られるぞ。」


俺の言葉に反応して、首の動きを止める幻獣の子供。


「ほら、奇麗になった。」


顔から手を放して、幻獣の子供を解放する。


「キュイイ。」


一鳴きして、パタパタと羽を動かし、俺の左肩に乗る幻獣の子供。


それと同時に、強めの風が森の切り開けた場所を吹き抜ける。


『我が子が世話になったな。人の子よ。』


突然、頭の中に女性の声が聞こえた。


こんな小さな幻獣の子供が、1人?1匹?で、こんな所に居る訳が無いと思ってたので。


近くで親が見ているとは予想はしてた。


予想はしてたけど、流石に驚いた。


上を見上げると、100メートルは有るのじゃないかと思われる巨大な白い竜が、上空で浮かんで此方こちらを見ているのだから。


『さすがに、この大きさでは森を傷つけてしまうな。』


そう言った途端に、一瞬で巨大な竜の姿は、10メートル前後の大きになって、俺の目の前に降り立った。


『もう、一度言う。 我が子が世話になった。 感謝する。』


「いえ。こちらこそ、息子さんの身体を撫でさせて戴いたので。


それよりも、勝手にチョコを食べさせてしまったのですが。 大丈夫でしょうか?」


『大丈夫とは? 害悪な物でもなかろう?』


「ええ。まぁ、私達には害悪でなくても、幻獣には害は無いのかと思いまして。」


与えておいて今更だけど、やっぱり心配にはなってしまう。


『なれば、心配はしないで良い。 余程の猛毒でもない限りは、我達われたちには通じないし。


我が子も、そんな猛毒を口にしたいとは思わないだろう。』


「それを聞いて安心しました。 ほら、お母さんが迎えに来たぞ。」


俺の言葉で、母親竜の所に飛んでいく幻獣の子供。


「それでは。 俺は失礼させていただきますね。」


母親竜に頭を下げて、その場を去ろうとする。


「キュイイキュウー!」


俺が離れようとすると、子供竜が俺の服を爪で掴んで俺の動きを止める。


「ん?どうした?」


「キュキュイキュウー!」


「あのぉ~・・・」


『行くなと言っておる。』


「ごめんなぁ。 俺、これから大事な会議で、帰らないと行けないんだよ。」


子供竜を抱くようにして、その頭を優しく撫でる。


「キュキュイキュイ。」


母親竜に向かって何か言う子供竜。


「なんて言っているのですか?」


『貴様に着いて行くと言っておる。』


「へっ?」


思わず、間の抜けた声を出してしまう。


『人の子よ。 そなたの名前は?』


「えっ。 あっと。 イクルです。 イクル タカナシ。」


『なれば、イクル。』


「えっ! あ、はい!」


『その子に、名を付けてはくれぬか。』


「はえ!?」

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