恋をしてはいけない精霊姫は鉄と血の王子に溺愛される

須藤 晴人

第1話 精霊姫の小さな疑問

 城の南東にある塔の最上階、古びた寂しい小部屋で、赤い髪の娘がぼんやりと窓の外を眺めている。人、特に異性との接触を断つため、彼女はここに閉じ込められているのだった。


「……ねえ、ジョエラさん。女同士なら、愛し合っても精霊様は許して下さるでしょうか……?」


 娘はふと思いついたように、傍らに立つこげ茶色の短髪の騎士風の女を振り返る。


「は……? な、な、なにを仰っているのですファーファラ様!」


 ファーファラにじっと見つめられて、ジョエラは彼女には珍しく目に見えて狼狽した。


「ふと気になったんです。今そういう物語が巷で流行っているとか聞いて。わたしたち『精霊のいとし子』は異性と愛し合えば精霊様のご寵愛を失いその魔法の力を失うそうですけど、同性だったらどうなんでしょう?」


 ファーファラはキラキラと目を輝かせて、首を傾げた。


「ば……馬鹿なことを仰らないで下さい!」


 ジョエラはぶんぶんと手を振り、二、三歩後退る。ファーファラは単に疑問なだけなのだが、ジョエラには主の心が分からなかった。


「でも、何故力を失うのかを正確に知るのは大切ですよ。精霊の寵愛を受ける、失うの条件が分かれば、わが国のためにもなるでしょう?」


「そ……それはそうですが、精霊様を試すような真似をなさらないで下さい! それで力を失ったらどうするおつもりですか!」


 ようやくファーファラが純粋に知りたいだけなのだと分かって、ジョエラは普段の落ち着きを取り戻した。


「そうですね。ジョエラさんにも迷惑が掛かってしまいますね」


「私の事など良いのです。それと、いい加減、私に敬語を使うのはおやめください。あなたはこの国の王女なのですから」


「でも、わたしは本当の王女じゃないのだし、大貴族のジョエラさんにこんな風にしてもらうこともないんですよ」


 ファーファラが困り顔で応じる。


「王家がお迎えになったのですから、正当な王女です。貴女は火の精霊様のご寵愛を受け、強い魔力を授かった『精霊姫』なのです。王家に無くてはならない方です。ですから私がお仕えするのは当然です」


 ファーファラは本来魔力を持たぬ平民の娘であった。だがある日、強い火の魔力を発現した。あまりにも強いその魔力を知った王家が彼女を養女として迎え入れたのだった。彼女の家族にも、宮殿内に住居を用意し禄を与えた。彼女が反旗を翻さぬための人質であった。要は彼女の魔力を独占するために彼女らを囲い込んだのだった。


「とにかくあなたは素晴らしい魔力を持つ、王家に欠かせない精霊姫様です。貴女が力を失えば、我がオーラタムの守りも失われます。そうなれば折角貴女が築いた和平を破り、また隣国フォルモロンゴが侵攻してくることでしょう」


 ジョエラはコホン、と咳払いをして締めくくった。

 隣の大国、フォルモロンゴとの間に領土問題を抱えていたオーラタムだったが、先の戦でファーファラの働きにより奪われていた領土を取り戻し、その領有を確定した。その時の大敗から、フォルモロンゴは今は大人しくしているのだった。

 誇らしげなジョエラの言葉に、ファーファラは少し居心地悪そうに、ジョエラからまた窓の外に視線を移す。


「でも、わたしがいなければ、そもそも戦をしようと思わなかったのかもしれません」


 彼女には、王家が自分の力をあてにして戦を行っているように感じられた。彼女は自分の力が戦に利用されることを良く思っていなかった。


「ファーファラ様がいなければ、我がオーラタムは領土を奪われたままでした」


「それじゃあ、今のロンギフロラムとの戦は? 隣国の内乱なんて、わたしたちには関係の無いことでしょう? わたしがいなければ、干渉しようと思わなかったのじゃないですか? 戦続きで食料も不足し、民は困っています。戦などより、することがあるのに……」


 ファーファラは俯いた。元は平民の彼女は、平民たちの日々の不安な生活のことを想うと胸が張り裂けそうだった。相次ぐ戦でオーラタム国内は疲弊しきっている。王都でも食糧不足から物価の高騰が起きており、民の暮らしは安定からは程遠かった。


「確かに民の暮らしを安定させることは重要ですが、それでも隣国の反乱を放置することはできません。反乱軍の首謀者、ユースカディは魔力を持たぬが故に王家から追放された身でありながら、王位を簒奪せんとしています。そして彼は自分を追放した王家のみならず、全ての魔法使いを恨んでいると聞きます。魔法使いが支配する今の世を、壊そうとしているとか。そんなものが王になれば、やがて我らをも攻めてくるは必定。そうなれば民の暮らしは直接的に脅かされます。故にロンギフロラム王家と協力して今叩かねばならぬのです」


 ジョエラは拳を握りしめた。ロンギフロラムの反乱軍がオーラタムにも攻めてくる、となれば民の被害は今まで以上だろう。それはファーファラにとっても、避けねばならぬことだった。ジョエラの熱弁に、ファーファラも頷くよりなかった。


「魔法が使えないから王家を追放された王子様、か。わたしとは真逆ね……」


 ファーファラがポツリと呟いた。


「ですがご安心下さいファーファラ様。反乱軍は所詮精霊様の加護を受けぬものども。ロンギフロラム王国軍もまさか魔法もなしに戦を挑んでくるとは思わず、想定外のことに驚いただけのことでしょう。あなたの兄君ティレノ殿下とわが軍の精鋭たちが加勢しているのです。ファーファラ様のお手を煩わすまでもなく、じきに片付きましょう」


「だと良いんですけどね……」


 ジョエラにそう言われても、ファーファラには嫌な予感しかなかった。そうであるのなら、もうとっくに終わっていてもいい頃合いだった。だが、未だに勝利の報は聞こえない。

 何とも言えずに無言になる二人の間に、けたたましい呼び鈴の音が響いた。

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