落日②

僕は放課後、真由奈に呼ばれて公園に向かっていた。


僕は真由奈のことが好きだ。真由奈のことを幸せに出来るのなら全てを投げ出しても良いと思えるほどに。家族に嫌われている僕に唯一優しくしてくれた幼馴染。


そんな幼馴染の顔を思い浮かべながら公園の中に入る。公園にはまだ真由奈は来ていなかった。


僕は真由奈が来るまでの間、再び感情の整理をしていた。僕は幼馴染の綾崎 真由奈が好きだ。そして僕の勘違いでなければ真由奈も僕のことを好き…なはずだ。


そうじゃないといつも一緒に登校したりするだろうか?それに毎年クリスマスを一緒に過ごしたりするだろうか?多分しない…と思う。クリスマスはいつも二人で集まって買い物やイルミネーションを見たりしていた。そして別れる時にお互いプレゼントを渡し合うというのが毎年恒例だった。


真由奈からのプレゼントは毎年癖が強かった。言葉を選ばずに言うのなら気持ち悪い置物や誰が買うんだろうというようなストラップなど、よく分からないものばかりだった。


真由奈は


「どうこれ!めちゃくちゃ可愛いでしょ!」


とキラキラした目でそう言っていた。僕は真由奈の美的センスを疑った。でもそんなプレゼントたちは僕の部屋に大切に飾られていた。


全ては真由奈から貰った大切なプレゼント。親からの愛情を貰うことが出来なかった僕にとって真由奈が向けてくれる純粋な愛情は氷漬けになっていた心を優しく溶かしてくれた。


そんなことを考えていると公園の入口に見覚えのある人影が見えた。


幼い頃から何度も見てきたその姿は僕の目に焼き付いている。今でもひと目見るだけで心臓の鼓動が早くなる。胸が熱くなって気持ちが高揚する。


そんな僕の生きる理由とも言える幼馴染が僕のところに向かって歩いてきた。でもその顔は無表情だった。いつものような眩しすぎる笑顔ではなかった。何かあったのだろうか?


「真由奈?」


「…叶人」


どこか違和感を感じる。いつもの真由奈じゃない。


「…」


「…」


どこか重たい空気が僕たちの間に流れる。僕はどうにかしてこの雰囲気を変えたくてどうして今日待ち合わせ場所に来なかったのか聞くことにした。


「そ、そうだ真由奈。どうして今日は待ち合わせ場所に来てくれなかったの?」


「…」


真由奈は口を開かない。


「真由奈?」


「ねぇ、叶人。私、先輩から告白されたの」


それを聞いた僕は火照っていた身体に氷水をかけられたかのような感覚に陥った。どんどんと身体から熱が引いていく。


「そ、そうなんだ?」


僕はそういうことしか出来なかった。


ピシッ…


僕の中の何かがひび割れるような音がした。


「…何も言ってくれないんだ」


「え、な、なに?」


真由奈が何かを言っていたけど声が小さくて聞こえなかった。


「私、先輩の告白受けようと思うの」


パキパキ…


僕の中の何かがまた更に割れたようなそんな音。


「そ、そうなの?」


僕は勝手に真由奈が先輩の告白を断ると思っていた。だって真由奈は僕のことが好きだと、本気でそう思っていたから。


「っ!叶人!あなたはほんとにそれでっ──ううん。なんでもない」


「そっか…全部僕の勘違いだったんだ」


その瞬間、バキバキと音を立てながら僕の中の何かが砕け散った。


「え?」


「僕が真由奈と両思いだと勝手に思い込んでいたのは勘違いだったんだ」


「え、え?ちょっとまってよ…叶人…それってどういう…」


真由奈は僕のことなんて好きじゃなかった。最初から全部僕の勘違いだったんだ。そう考えれば最近の真由奈の態度の意味が分かった。真由奈は最近、僕のことをよく避けていた。考えてみれば当たり前だ。先輩と付き合うに当たって僕の存在は邪魔でしかない。


「真由奈、僕は君のことが小さい頃からずっと好きだったんだ。そして近々君にこの思いを伝えるつもりだった」


「う、嘘だよね…叶人…ねぇ嘘だよね!?」


「ずっと両思いだと思っていた。ずっと君と気持ちが繋がっていると思っていた。でもそれは僕の勝手な勘違いだった。初めから君は僕のことなんて好きじゃなかったのに」


自分で言ってようやく心にすんなりと入り込んでくる事実。そうだ。真由奈は僕と幼馴染だったから今まで接してくれていたんだ。普通に考えて家族から嫌われている僕のことを好きになってくれる人なんているわけがなかったんだ。


不思議だ。そう自覚したのに全く悲しくない。あるのは虚無。僕に今までのしかかってきていた家族に嫌われているという事実さえ今は悲しみにならない。僕は一体どうしてしまったのだろう?どこかおかしくなってしまったのだろうか?でもそんなこと今更どうでもいい。なぜだか今はこれまで感じていた身体の重さを全く感じなかった。こんなに身体が軽いのはいつぶりだろうか?


「うん、もうどうでもいいか」


「ど、どうでもいいって…わ、私はなんのために今まで…」


目の前で幼馴染が顔を歪ませている。一体どうしたと言うのだろう?先輩から告白されて付き合うと言うことはつまり先輩のことを好きとまではいかなくても少なくとも好感を抱いているはずだ。普通なら喜ばしい報告のはずだ。なのに目の前の幼馴染は辛そうな顔をしている。不思議な人だな。


僕はそんな感想を抱いた。


なんだか身体が軽くなってから自分のやるべきことが明確になった気がする。早く家に帰ろう。


「報告は終わった?それじゃあ僕は帰るね」


そう言っていた僕は幼馴染に背を向けながら歩き出した。


「え、あ、ま、まってよ叶人!」


「まだ何か?」


僕は振り返りながらそう聞く。


「ぁ…ううん…なんでもない…」


その言葉を聞いた僕は家に向かって歩き出した。



あとがき

『何か』を失ってしまった叶人…これからどうなるのでしょう?

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