奇跡少女は魔法少女の首を狩るだろう
繕光橋 加(ぜんこうばし くわう)
奇跡少女は魔法少女の首を狩るだろう
魔法でなくて奇跡、と君は言う
1
ふと街を見れば、車列がコンクリの敷かれた往来に溢れている。鉄の身体からは心拍よりも大きな音が弾み、エンジンは回転しがらガソリンを飲み干している。
決して珍しい光景では無い。
建物は高く積み上がっているし、分割された領域の一つ一つに人の営みが見られる。ただ四角いものだけ、ということでもなく、ミュージカルめいた山小屋のようなパン屋があったり、白地の上を赤と青のストライプが駆けていく床屋の標識があったりする。「有平棒」と言うらしい。それはかつての因習の名残だが、その意義を知識としては知りながら、精神的に共感する者は少ない。ありふれた、異常性の感じられない街角。
因習、それは残存しているといえども、何も形をとって存在するものばかりではない。車は車の約束事に従って動くし、人は人の約束によって動く。建物は建蔽率や耐震性などの、あらゆる規制によってそこに建てられている。都市計画、建築基準、債権債務関係……。それらすべての約束事もまた、有形的な存在を支えるために、我々が発展させてきた諸課題に、答えるための統一された回答に過ぎないのである。
ひとえに我々は、生きてゆく幸福を目的に、目や耳を通して定義化されなければ何をも認識できない。そのために、触れてはならない規制線は増えていく。
生きやすさ、幸福、はたまた快楽……。それらは我々の生活の至る所に、陽向にも、日陰にも、蜘蛛の巣のように張り巡らされているのである。
学校帰り。そんな何の変哲もない、決まりきった街の影の中を、俺はチューブアイス片手に歩いている。やはりバニラ味は最高だ。爽やかなバニラの香りが、焼けるような喉を闊達に通り過ぎ、潤してくれる。ミルク味では満足出来ない、バニラじゃなきゃと強く思うのは、我ながら「ガキみてえだな」と感じるこだわりに過ぎない。しかしまさしく、天にも昇れる心地ってところだ。味覚から意識に、爽やかな思考まで還元されていく。
酷い暑さから守られた脳が、周辺観察でも促してくる。
ふと、電線の上に緑色をした小鳥が留まっているのを見つけた。
「あれは、インコか何かか……?」
離れすぎていてよく見えなかった。野生化したペットだろうか。それともふとした拍子に逃げ出し、今も飼い主が探しているのだろうか。
鳥は、地べたをノロノロと歩く俺を気に留めていないらしかったが、しかし辺りの様子を警戒して伺っているようだった。カラスやツバメに見つかって攻撃されたらひとたまりも無いだろう。
「……。暑いな、」
俺はボケっとその場に突っ立っていた。この炎天下、何故だろう、弛む電線から目を離せないでいた。
そんな時だった。俺はゾッとする光景を見た。その緑の鳥は、ぎょろりとした恐竜のような眼を俺に向けると。
ズドンッ、とそれは弾けた。
突如発火して、煙と共に消えた。
呆気にとられた俺は、刹那か、いや長らくかは分からないが、我が目を疑い、金縛りにあったように足を動かすことが出来なかった。そして、その粉のような小さな煙が、風に流されるより前に、その場にカラスが飛びかかっていた。
爪は空を切り、揺れる電線に引っかかる。バランスを求めて黒い翼が広げられた。
標的を失った流線型の襲撃者もまた、一瞬キョトンとした後、どこかへ飛び立っていった。そこには、何も残らなかった。
「…………!?、なんだ、今の?」
結露か汗か、食べかけのチューブアイスは左手をべったりと濡らしていた。あまりの暑さに頭がおかしくなってしまったようだ。俺はたじろぎながらその場を後にする。
……いやいや。あれは幻覚だ。質量が伴わないものでなければ、その場から消えてなくなることなんか、ない。
こんな時はとっとと家に帰るしかないじゃないか。
潰れたアイスに噛み付きながら、俺は思わず早足になっている。
何が有存在で、何が不確かか、そんなことは元より分からないことさ。唯一確かなことと言えば、今、俺の肌を焼くように照りつける酷暑だけだ。丁度昼時で、太陽はほぼ地面と垂直に俺や家々を照らしている。日陰になるようなものは何も無く、遮られることを知らぬ太陽は、眩しく地上を照らしていた。
空に浮かぶ眩しい太陽。元気なもんだ、あんなに離れた場所から。今日のコマは三限まで。とっとと早く、家に帰りたいんだ。
「……ん?」
俺は今の時刻が気にかかって、徐に歩みを止めた。
キョロキョロと周囲を見渡す。
「なんだ、……この違和感。」
いつもの街。毎日の通学で歩くのだから、目によく馴染んでいる。
しかし、静かすぎるその街には、ひとりも人がいなかった。いつの間にか走行する車もない。普段から友達なんか居ない俺だが、不意に忽然と孤独になっていた。
何より、太陽の位置が高すぎる。一コマ目と二コマ目が終わったら、時間は正午過ぎ。昼休憩と三コマ目を終えて、どれほど家路を急いでも十五時をたっぷりすぎる頃なのだ。
人が消えているのは、どうやら気のせいではないらしい。焦りながら人を探すが、人の姿は見えない。そのくせ室外機は轟々と音を立てている。ただ「屋外に居ない」というだけのことなのか……?
「おかしい。さっきの緑色の鳥を見てから。
おいおい、いったいどうなっちまったんだ。いくら俺に友達がいないからって、この街で永遠に孤独に暮らせって言うのか!?そんなことあってたまるか!」
異変続きで弱った心を隠しもせず、俺は走り出していた。電柱を超えて、バス停を超えて、汚いゴミ捨て場を超える。しかし、一直線に走っていた俺の目に映ったのは、さっきの電柱だ。青地に白抜きの歯医者の広告が貼り付けられている。また家に向かって走り出すが、しかしネットを捲りあげられたゴミ捨て場を走り去ると、目の前にあるのはやはり歯科医院の広告だ。
「嘘だ。……何だこれ。」
あともうすぐで、もうちょっとで家なのだ。それなのに、帰ることが出来ない。手元にはアイスの包装だけ。動かない太陽と誰もいない街に閉じ込められ、何が何だか分からなくなった俺は限界を迎え始める。鞄を背負う背中が暑い。滝のような汗が気持ち悪い。
何かが、俺をここに引き止めている。
俺は上を見上げた。唯一の俺以外の生命がいた。さっきのカラスだ。まるまると太ったそいつは、風上を睨みがら、動かずに電線の上でじっとしていた。カラスの見ている先、それは角度があるので俺には分からない。
困り果てた俺は、手がかりを求めてカラスを見続けていた。この孤独な世界で、唯一そのカラスだけが顔見知りだった。「おかしい」、その疑念が、無意識に俺の心の中に心細さを創り出していたのかもしれない。俺はカラスに意識を投げかけて、孤独感を埋めようとしたのだろうか。
突如、靴底が擦れるような鋭い音が響く!その唯一の顔見知りカラスが電線の上で爆発した。黒く細かいいくつかの羽根が、舞いながら降ってきた。
「……は!?」
そして、カラスのいた場所には、「燃えながら」緑色の鳥が出現した。緑色の方は火炎を身にまとっていたのに、なんの音も、声も上げない。
「な、え?」
俺が驚きのあまり、声にならない声を出しても、その緑色の鳥の様子は変わらない。一切音を立てないのだ。そして、すっかり「初めからそこに居たように」、すまし顔で電線に止まっていた。
ワゴン車がすぐ傍を通り過ぎて行った。白いタンクトップのオッサンが、ラベルを外したペットボトルゴミを捨てにふらふら歩いている。しかし、そんな一瞬の間違いをしたためていた街に目もくれず、電線の上の鳥を凝視している俺がそこに居た。左手に持っていたくしゃくしゃのチューブが、アスファルトに滑り落ちた。
静かすぎる小さな鳥は、強ばる顔の俺に気付いたらしい。嘲笑うかのように口を開いて、初めてわざとらしく鳴いてみせた。
「ホーーー、ホケキョ!! キョキョキョキョ……」
美しい声が街の一角に響く。緑の鳥は、あろうことかウグイスだった。
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