何度だってキミを好きになる
すとーん
思い出パッチワーク
「アキラ君、こっちだよ、早く!」
彼女が両手をブンブンと振り上げ、自分の居場所をこれでもかと主張する。
「■■、ちょっと待ってよ!」
元気いっぱいな彼女に僕はついていくのが精いっぱいだった。
断られるはずのないマッチポンプのような告白を終え、彼女と付き合い始めた初日。
彼女は教室で、「私の、私だけの秘密の場所に連れて行ってあげる。アキラは特別なんだよ?」と言うと、クルリと身をひるがえし、軽快なステップで階段を上り始めた。
「おそーい!」
「何で急にッ、フー、こんな最上階に...この先なんてずっと締まりっぱなしの屋上しかないよ?」
僕が息を落ち着けながらそう言うと、彼女はニヤリと笑う。
「そのずっと締まりっぱなしの屋上に、用があるんだよ」
彼女はそう言うと、右ポケットに手を突っ込んで、僕の目の前に突き出した。
「じゃーん!屋上の、カ!ギ!」
「え?なんで持ってるの」
僕が驚いた顔を見て、彼女は満足そうに笑いながら「ヒミツー!」と言い、手に持った鍵を、カギ穴に差し込んだ。
慣れた手つきで鍵を開け、屋上の扉を勢いよく解放する。
「ほら、こっち!」
「うお!」
その勢いのまま彼女は僕の手を掴んで、思い切り引っ張る。
(■■は意識してないだろうけど...)
こんな些細な、手と手のつながりでもドキドキしてしまう。
間違いなく、今までなら有り得なかったことだから。
そんなフワフワした気持ちで、引っ張られるがままに屋上へ連れ出される。
そのまま彼女に従って、どこからともなく持ってきたはしごを登った。
「見て!凄いでしょ!?凄くない!?」
「...凄いよ、これ」
この屋上より高い建物は、少なくとも周りには一つもない。
世界で一番高い場所に、僕らはいるんだ。
日中は僕らの頭上で、見下ろすように浮かんでいた太陽。
今では地平線のはるか先で、僕らを見守るよう雄大に佇んでいる。
その発する光線は、世界を橙色に染めあげた。
「――この場所、誰にも教えるつもりはなかったの。だから、アキラが初めて。今後誰かに教えてるつもりもない。二人だけの秘密だよ!」
夕焼けを反射しオレンジがかる彼女は、とびっきりの笑顔を浮かべて、僕にそう言った。
僕はその言葉に、胸の奥が思い切り締め付けられるような罪悪感で心が一杯になった。
彼女にこんなの事をさせた自分の卑怯さに、胸が苦しくなって...
苦しくなって...
臭くて...
「...ん?」
目を開くと、俺の視界に入ってきたのは同居人の黄ばんだ足の爪。
図々しく俺の顔に乗っかるその足裏は、思い切り俺の鼻と口に覆いかぶさっていた。
つまり俺は生命活動を維持すべく呼吸をするたび、生乾きの雑巾のような異臭を鼻に取り入れたことになる。
「ウ゛ォエェェェ!!!」
凄まじい吐き気が襲う。
脊髄反射で足を思い切り顔から振り落とした俺は、舌に残る猛烈なエグみを早急に洗い流すべく、ダッシュで洗面所へと向かい、それはそれは念入りに口の中を洗浄した。
「やってくれたな・・・!」
急な覚醒に加え、二日酔いも相まって頭がズキズキする。
そうだ。
昨晩は居間で酒盛りをして、何故かオークがその体格を自覚していないかのように、逆立ちをし始めたところで記憶が途切れている。
「...きったねえ」
居間に戻ると、どぎついアルコール臭と共に、散らかり放題の空き缶。
何故かひっくり返っているテーブルと、その下敷きになりながらイビキをかいている冷蔵庫と見間違うほどに図体のデカい男を見つけた。
「...おい、オーク起きろ」
「....グガガァア...」
...地鳴りみたいなイビキかきやがって。
俺は取りあえずひっくり返ったテーブルをもとの位置に戻し、ゴミを片付けることにした。
一通りの作業が終わった後も、オークは相変わらず地鳴りのようなイビキをかき続けている。
先ほど足を咥えさせられた恨みもあり、そのでかい図体を思い切り蹴とばすことにした。
「...オラァ!」
勢いづいた俺の足は思ったよりもいいところに入ったようで、オークが悶えている。
「...オイ何すんだアキラ氏!」
「オークおはよう!グッモーニン!お前がいつまでたっても起きねえのが悪い!」
「だからって蹴り飛ばす必要ないじゃろ!」
「分かった。分かったから、これ以上喋るのやめてくれ」
寝起きの臭い唾がスゲー飛ぶから。
その後もオークはブツブツと文句を言いながらも、洗面所へよろよろと向かっていった。
オークを蹴飛ばし一区切りついたので、ソファに腰かけその後ろ姿をボーっと見つめていると、2階から人の降りてくる音が聞こえる。
「お前ら朝から元気だな。おかげで最悪な目覚めだ」
頭を掻きむしりながら、半目開きでこちらを睨み付けるようにそう言う男。
顔が整っているので、こんな状況でも絵になる。
「どう考えても我の方が最悪だ!」と洗面所から聞こえる声は無視して、
「朝からオークの足を咥えさせられた俺よりはマシさ、カイ」
オッエェと吐くような素振りをしながら俺は言う。
この、抜け目なく一人だけ酒盛りから自分の部屋に撤退していたであろう男はカイ。
彼は「はぁ?どういう状況だよ」と呆れたような表情でそう言うと、洗面所へと歩いてき、「オーク、横空けてくれ」と歯磨きをしているオークをどかして顔を洗い始めた。
ソファから立ち上がる気もおきず、ぼんやりとその後ろ姿を見る。
そう。俺とカイ、それにオークの三人は同じ閃工大学の情報工学科に通う二年生で、4月からシャアハウスを始めてはや一年が経過した。
「一年、ねえ...」
最初の頃は、オークが頻繁に腕くらい太い大便をトイレに詰まらせたり、カイが女を部屋に連れ込み、あまつさえその場でおっぱじめたり、俺の飼っていたコオロギが脱走し、部屋中に大量発生したりと問題だらけだったが、一年ほど経ち何とか生活の体を保てるくらいには成り立っている。
ぼんやりとしている内に、壁に掛けてある時計が目に入った。後5分で家を出ないと授業に間に合わない。
「やべ」
焦ってソファーから立ち上がり、一通りの身支度を終え学校に行く準備を整える。
「お前ら、今日授業は?」
「午後から」
「ないぞ」
洗面所からカイ、オークの返事が聞こえる。
「そういうお前は?」
そのまま黙っていると、オークから余計な質問が飛んできた。
「まあ、1限から」
「いやいや、うちの学科は今日午前中授業無いはずじゃろ、なあカイ氏?」
オークの嬉しそうな声。すぐに意図を察したカイはニヤリと笑って続ける。
「ああ、そのはずだぜオーク。もしかしてあのクソ怠惰アキラが別学科の授業取ってるのか!?驚きだぜオイ!ハハハ!」
本当に鬱陶しい奴らだ。
「死ねカス共。再履修だよボケが。これから毎週月曜日は7時起きだ」
俺の投げやりな返事に「ギャハハハハ!」と下品な笑い声が聞こえる。不愉快なその声を締め出すべく、玄関から飛び出し扉を思い切り閉めた。
そう。俺は去年の前期、必修である英語の期末試験を寝ブッチし、見事に落単を確定させた。
そのため今年はその単位を回収するため、毎週朝七時に起き、一年生と肩を並べて授業を受ける必要がある。
「よりによって英語とは...」
ただでさえ少人数な上、出席が必須。それにペアワークも多い。大学とは思えないほど拘束の強い授業だ。
俺はため息をつきながら、自転車を解錠してまたがり、気持ち急ぎ目に自転車を漕ぎ始めた。
4月になり、自転車を漕ぐと肌に突き刺さるような冷たい風は、ほんのりと暖かみを感じることができる。
そんな心地の良い風にあたりながら、ふと今朝の夢について思い出した。
「そういや...久々だ」
あのような夢を見るのは、全く初めてじゃない。
それこそ高校の頃は、ほぼ毎日見ていたといってもいいだろう。
夢の内容と言えば、登場人物は俺と謎の女の子の二人。
お互い中学2年生で、恋人同士。
顔、性格共にアキラ少年の好みドストライクな彼女に、夢の中の俺は大体振り回されながらも幸せな時間を過ごす。
そこまでは良いのだが、最後は何故か決まって夢の中の俺は、後悔や罪悪感を抱えるところで夢が終わる。
そして、そんな寝覚めの悪く終わった原因、俺が後悔や罪悪感を抱えていた理由をどうしても思い出すことができない。
他にも不可解な点は多く、例えば舞台となることの多い中学校は、俺が実際に中学二年生まで通っていた中学だが、夢に出てくる女の子は知り合いどころか見たことすらない。
高校の時、あまりにその夢を見るので徹底的に調べようと思い立つ瞬間が何度もあったが、そのたびに急速に全てが怠くなってしまい思考がストップしてしまった。
「まあ、もういいけど」
ちょうど下り坂に差し掛かり、ペダルをこぐのを止めた。勢いよく坂を下り、鋭い風を体全体で受け、空気抵抗を実感する。
ここまでくれば大学は目と鼻の先だ。
下り坂での勢いを殺さないよう、大きく膨らみながら左に方向転換する。
その勢いのまま、大学内の駐輪場へゴールイン。
ついでにスマホを取り出して時間を確認する。
「余裕だな」
授業開始まで残り五分と少し。
ここから授業がある本館まで、三分あれば間に合う。
自転車を止め、ゆとりを持って歩きだした俺は、校門から本館までの大きな道のりを歩く集団に合流する。
「...にしても」
春休み前には全く存在しなかった、授業へ遅刻しないようダッシュする奴が多くいる。
恐らく全員新入生。
その内大学に順応し、「遅刻すること」と「汗だく」を天秤にかけ「遅刻すること」を選ぶ、もしくはそもそも大学に来なくなるのだろう彼ら。
道のりに植えてある桜も相まって、ここ最近で一番春を感じる光景だ。
そんなことを思いながらふと視線を動かすと、桜の根元にあるベンチで横になり、顔に帽子を被せてぐっすりと寝ている女がいた。
凄いなコイツ。
授業へ遅刻しないよう走る新入生とは対極に位置する存在だ。
そんなことを思いながら、歩き去ろうとしたその時。
一陣の風が吹く。
桜の花びらと同じよう、彼女の顔に被さった帽子が吹き飛んだ。
女の顔が露わになる。
「――」
――同じだ。
俺が夢で見た女の子と。
空想の存在だと思っていた彼女と。
彼女が成長して大学生になれば、こんな顔になるのだろうと容易に予測できた。
「あー!帽子が!」
彼女は慌てたような表情を浮かべ、ベンチから勢いよく飛び起きる。
彼女は半ば呆然としていた俺を横切り、駆け足で飛ばされている帽子を追い始めた。
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