12-3 鶴巻中亭再び

「ねえシャモさん。本当にここで間違いないですか。どう見てもただの民家。しかも古い」

「なあシャモ。この宿、前にも来たような気がしないか。どうも嫌な予感がするぞ」

 シャモたちを出迎えたのは、【鶴巻中亭つるまきあたりてい】なる、どう見ても宿とは思えない古い民家。

 しかも、古民家のおもむきもない。

 戦後間もなく建てられたような木造建築に、餌も三元さんげんもいぶかし気だ。


「きっとここは元々は宿坊しゅくぼう(※)だろうね。この手の建物は修験道しゅげんどうが盛んな土地には良くあるよ」

「元々が宿坊なら、こんなものかもな」

 滝沢さんの言葉に安心した三元は、タッチパネル奥に暗証番号式のスモークを貼った自動ドア前へと進んだ。


「暗証番号は、ええと」

「僕が押します!」

 喜び勇んで四桁の番号を声に出しながら餌が押す。

 すると、自動ドアが古びたモーター音を上げながら開いた。


「二〇二号室と、二〇三号室」

 自動ドアの先には、昭和レトロな連れ込み宿を思わせるタッチパネル。

 予約した部屋番号をシャモが押すと、長い棒の付いたアナログキーが自動販売機のように転がり出てきた。


 玄関から続く長い板張りの廊下は薄暗い。

『二〇一~二〇三号室はこちら』と書かれた案内板は、昭和中期の記録映像に出てくるような古ぼけたプラスチック板で、ホラー臭をより一層強くする。

「うぐいす張りの廊下かよ。忍者屋敷か。歩くたびにきゅっきゅって音がする。気味が悪い」

 三元の太ましい体を盾にして、おっかなびっくり歩くシャモ。


「なあ餌。先に部屋に行って来いってば」

 内股になったシャモが餌に鍵を押し付けると、餌は弾むように階段を駆けあがった。


 裸電球が吊り下げられた廊下。

『二〇一~二〇三号室はこちら』と書かれた案内板。

 突き当りにぼうっと浮かび上がる急傾斜の階段。

 すべてが昭和中期の記録映像に出てくるような、味気ない古さ。

「なあシャモ。ここ、本当に大丈夫なんだろうな」

 濃密なホラー臭に、三元もへっぴり腰に。


 先頭には立ちたくない。さりとて最後尾も嫌。

 互いを盾にしながらそろりそろりと歩くシャモと三元の背中を、滝沢さんはのん気そうに眺めながら歩いている。


※※※


「何分待ったと思っているのですか。シャモさん、何ですかそのげっそり顔は。で、ぼくたちはどっちの部屋に?」

 二階に上がると、ペットボトルのカフェオレを片手に、餌が一行を迎え入れた。


「俺ら三人は二〇二号室。滝沢さんは二〇三号室をお使いください」

 二〇三号室の鍵を渡そうとしたシャモを、滝沢さんは右手で制した。


「私たち三人が同じ部屋で、若旦那は一人で部屋を使った方が良いでしょう。そうすれば若旦那の意識に巻き込まれずに、若旦那の状態を観察できる」

「でもシャモさんを一人きりにしたら、『牡丹灯籠ぼたんどうろう』状態になるかも」

 いきなり大山おおやまに行くなんて言い出して何かおかしい。白蛇姫ことお百度参りこと藤崎しほりに操られているとしたら――。

 滝沢さんの提案に難色を示す餌は、いつになく不安げに滝沢さんとシャモを見上げた。

 

「『牡丹灯籠』みたいに、操られ化かされであの世に二人行はごめんだ。一緒になる運命ならば、真っ向からしほりちゃんと向き合ってこの世で一緒になりたい」

 比婆ひばさん(ヒバゴン)からの手紙の内容を告げるわけには行かないシャモは、餌の不安を振り払うように決然と告げた。


「では僕はこちらの部屋を使います。若いの二人と一緒で色々うるさいでしょうが」

「良いの良いの。半世紀ぶりに高校生に戻った気分だよ」

 シャモは鶴巻中亭二〇三号室の鍵を滝沢さんに渡し、自分の手元に二〇二号室の鍵を残した。


「あっ、そうだ。水垢離みずごりの前に頭を丸めるつもりだけど、後ろに手が届かないから二人で手伝って」

「シャモ、まさか本当に丸坊主にする気か。一回坊主にすると生えそろうまで長いぞ」

「丸坊主にした後に生えてきた髪って、変な癖がつくって言いますよね」

「俺にはそれだけの覚悟がある」

 シャモは比婆ひばさん(ヒバゴン)の手紙の内容通りに予約した、鶴巻中亭二〇二号室の扉を開けた。




 二〇三号室に荷物を置いた三元と餌が、シャモの待つ二〇二号室へやって来た。

「入るぞ」

「ねえ三元さん、このふすま、どこかで見たような気が……」

「気のせいだろ」

 餌に取り合わず、三元は鶴亀に松竹梅と縁起物が描かれたふすまをそっと開けた。


 そこには、スポーツ新聞を下敷きにして、パンツ一枚であぐらをかくシャモの姿が。

「後でブーブー言うなよ。本当に取り返しがつかないぞ」

 念を押す三元に電動バリカンを差し出したシャモは、妙に落ち着き払った表情だ。

 

「うわーっ、面白ーい。気持ちいい♡」

 神妙な顔で目を閉じるシャモ。

 その後頭部に迷いなくバリカンをあてがう餌の声が、鶴巻中亭つるまきあたりてい二〇二号室に響き渡った。


※ 宿坊 神社寺院等が参拝客・巡礼客のために運営する宿泊施設

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