12-2 カリスマの条件

上海租界しゃんはいそかい客家はっかに、女系継承の巫女さん一族。みのさん(シャモ)の周りは相変わらず面白い人だらけだねえ」

「藤崎家が宇賀弁財天うかべんざいてんを奉じていたのも興味深い。藤崎家の祖先が扇谷上杉家おうぎがやつうえすぎけの分家に入った説。宇賀弁財天の祀られている地域。これらを併せて調べると、南北朝から戦国時代前半にかけての諸家の動向がより鮮明に見えてくるかもしれませんねえ」


 大山おおやまに向かう車の中で、シャモは大山行きの目的を話せる範囲で話した。

 もちろん比婆さん(ヒバゴン)からの手紙の内容は伝えていない。

 シャモの話を受けて夢中で語り合う高梨教授と滝沢さんは、まるで疑う事を知らない子供のようだ。


「巫女と言っても、神社に奉職するタイプではなく、ユタやノロにイタコに近い存在でしょうね」

「巫女は変性意識を操る達人だから、人の記憶をも操作してしまう事がある。神がかりに神おろし、それから集団で神がかりになるのも変性意識の伝播の一形態。これらはフォリアドゥ(精神感応せいしんかんのう)と言っても良いかもしれない」

 滝沢さんの指摘に、車を運転していた高梨教授が応じる。

 すると、それまで大人しく話を聞いていた餌がはっと顔を上げた。


「もしかして、あのしょーもない『みのちゃんねる』が短期間で十万フォロワーを越えて今なお登録者数が伸び続けているのも、チャンネル主のシャモさんとフォロワーが、ラポール(※)どころかフォリアドゥ(精神感応)状態になっているからですか」

「さすが伴(餌)君、良い所に気が付いたね。そう、みのさん(シャモ)のフリートークは完全に神がかりだよ。だからフォリアドゥ状態が起きる。ゆえに人気が出る。フォリアドゥ(精神感応)状態を不特定多数に向けて結ぶ。これを無意識でやってのけるのがカリスマだ」

 行動経済学の大家である高梨教授を信奉する餌は、ラポールとフォリアドゥが経済行動に与える影響の大きさをよく理解している。

 ラポールとフォリアドゥ。

 それは意識的に出来るものではない。作為があれば見破られる。

 実に効果的で、だからこそ難しい手法だ。


「つまるところ、動画配信で成功している若旦那(シャモ)と藤崎家の後継者であるお嬢さんは、どちらもイタコやノロのようなタイプだと? 私は歴史一辺倒でその辺りの事はまるで門外漢ではありますが……。もしかして、若旦那(シャモ)とお嬢さんは同じ妄想を共有しているだけとか」

「ええ。その可能性もありえます。実はみのさんの身の上に起こった不思議な話はそもそも起こっていなかった。『二人の変性意識の余りの強さに、周りも二人の世界観に巻き込まれた。つまりは大規模なフォリアドゥ状態に陥っているだけ』。オチは案外こんな所かもしれません」

「それは松田君が味の芝浜で唱えていた説とちょっと似ています。ね、シャモさん」

 餌が隣に座るシャモをつつくも、当のシャモは難しい顔のまま黙り込んでいる。

 その隣からは、器用軒の弁当を四種類抱えた三元のいびきが高らかに鳴り響いた。


※※※


「「「「ありがとうございました。気を付けて」」」」

 高梨教授が運転する紺色のファミリーワゴンから降りた一行の前に、どう見てもただの民家が現れた。


鶴巻中亭つるまきあたりてい


 餌は、戦後間もなく建てられたような宿の外観を見て顔をしかめた。



※ラポール 対人関係において自己開示を伴う高度な信頼関係を相互に築いている状態。元々心理学用語であったが、現在はビジネススキルとしても重要視されている。

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