7-3 奴はどこへ行った

 会議室を出て午前の授業を受け終えてなお、シャモの行方は知れぬまま。 

 昼休みを迎えた一同はたまり場である給水タンク裏に集合し、話し合いをすることとなった。

 まず発言したのは顔役総務(部長格)の三元だ。


「お遍路って、白装束でぶつくさ言いながら歩き回るやつだっけ」

「ぶつくさじゃねえ。『南無大師遍照金剛なむだいしへんじょうこんごう』と唱える」

 応じるのは仏像。シャモ今治いまばりお遍路行説を唱えた当人である。


「そうは言っても、わざわざ今治まで行くか。四国だろ」

「そうだよ仏像。それだけハッキリ目的があるなら、学校に仮病の連絡を入れてから動くのがシャモさんだって。その辺りの抜け目はないもの」

 仏像の唱える『今治お遍路行説』に、三元も餌も疑念に満ちた表情だ。


【一度話をしただけの大富豪ご令嬢とやる事やった事になっていて結婚話が勝手に進んでいる】

 身に覚えのないシャモの目線から見れば、気が付かぬうちに『既成事実』が作られていたのだ。

 事実はどうあれ、確かにホラーかオカルト以外の何物でもない。

 黙って話の輪に加わっていた松尾は、シャモにほんの少しだけ同情した。


「つくづくバカですねとしか言いようがないけど、もし本当にオカルトチックな『ゆんゆん』案件だったら、ロックオンされた時点で避けようがありません」

 餌がげらげらと笑う中、予鈴が鳴った。

 その頃シャモは広島にいた。


※※※


 通勤ラッシュ前の小田原駅。

 外から見るばかりで乗車した事の無い東海道新幹線に乗り込む頃には、シャモの頭から学校も家もスマホもすっぽりと抜け落ちていた。

 思ったよりみっちりと詰まった自由席の空席を何とか見つけると、シャモの目は見慣れない車窓にくぎづけ。


【次は静岡、静岡】

 車窓にしがみついているうちに、新幹線は静岡駅へ。

 小学一年生並みの反応で流れる風景を楽しむシャモ。自分が騒ぎの渦中にあるとはみじんも気が付いていない。


【次は京都 京都】

 そのアナウンスを聞きながら、一睡もしていないシャモはフードを深くかぶり直すと眠りに落ちた。

 こうして広島まで運ばれたシャモ。


「お客様、お客様、終点ですよ」

 何回も繰り返される言葉に喧噪で、シャモは深い眠りから覚めた。

「やべえ、とりあえずマジ寝してえ……」

 シャモは広島駅新幹線口の改札を抜けると、名物だと言うおむすび弁当を買ってネットカフェを探した。


 そして二時間後。

 広島駅新幹線口前にシャモの姿はあった。寝ぐせを隠すためにパーカーを目深にかぶる彼のかたわらには、サンフルーツ広島のレプリカユニに身を包んだ大学生男子の姿。

 広島駅近くのネットカフェからフォロワーにDMを送った所一本釣りに成功した『サンフルーツ優勝』氏だ。


「ここに行きたいんだけど」

「ダメじゃ。手前の道ががけ崩れで通行止め。そもそも何でそんな山奥に行きたいん」

 ネットカフェでプリントした地図を見せたシャモの要求を、『サンフルーツ優勝』氏は即却下。


「とにかくお祓いがしたい。とびきり強力な、出来れば生霊祓いで女関係。違う違う、水子じゃない。でも恐ろしい勢いで包囲網が敷かれつつある」

 鎌倉には縁切寺と名高い東慶寺がある。

 それにも関わらず広島くんだりまでやって来たシャモに、『サンフルーツ優勝』氏は信じられない物をみるような顔をした。


「さすがみのちゃんねる(シャモ)さんじゃ。何でわざわざ広島に来んさった?」

「それが俺自身も良く分からない。何となく小田原で新幹線に乗る気になって、それがたまたま広島行きで」

「そりゃやれんのう。本当に何か憑いとるんか」

「やめてええええ! でも、そうとしか思えない事が色々とあってさ。白蛇じみた女に取りつかれて」

 白蛇なら岩国に行けとあしらわれそうになったシャモは、『サンフルーツ優勝』氏に取りすがる。


「何とかって……。ワシはただの大学生じゃ。何も出来ん」

 初めてリアルで会った一介の大学生相手に無茶ぶりをするシャモに、渋い顔でしばし立ち尽くすと――

「ヒバゴンの所に行くしかないかのう。凄腕の霊能者じゃが、予約も金も一切取らん。おるかおらんかも分からん出たとこ勝負じゃ。それでもええな?」

 かくして二人を乗せたマツダ車は、広島西風新都せいふうしんと線方面へと動き出した。

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