7-2 事情聴取(下)

 シャモの失踪発覚から数時間。

 高校教師の皮をかぶったインテリヤ〇ザこと桑原の詰問はまだまだ続く。

 会議室に集まった落研部員および顧問の多良橋は、自分が悪い訳でもないのにすっかり小さくなっていた。


「岐部(シャモ)君が彼女から貼られたサンスクリット語で『キリーク』を示す文字のシール。その文字は梵字と呼ばれ、仏教においてはその文字自体に霊力が宿ると信じられている。その梵字シールに操られて記憶が飛んだと考えた岐部君が、仏教寺院に祈祷に行った仮説が成り立つと」

 日本史の教諭である桑原は、仏像が説明した仮説をあっさりと受け入れた上で多良橋に断った。


「多良橋先生、いい歳をして誠にお恥ずかしい限りですが私はオカルト関係にはまったくうといものですから。何かお気づきの点がありましたらぜひともご教授を」

「いえ、僕もそっち方面はからきしで」

 妙な所で恐縮する桑原に心中で突っ込みを入れる一同だったが、とても口に出せる雰囲気ではない。

 そして、某任侠系劇画のごとく鋭い桑原の目が再び仏像をとらえた。



「岐部君(シャモ)の記憶がほとんどないとは確かか。交際を申し込まれて了承した事も、デートをした事も覚えていないと?」

「そのようです。『新香町美濃屋』に来店した藤崎さんの母親の接客をした後に、パニック状態で自分の元に連絡が来たので。少なくとも火曜日の午後五時前までは記憶が飛んでいた様子です」

 仏像は納得いかなそうな顔つきのままうなずいた。


「記憶が飛んでいる間の岐部君は、君たちに向かって交際宣言をして実際にデートをしていたと。本当に信じがたい話だが、にわかにパニックになってもおかしくはないですね……。ん、松田君。どうした」

 ちらりと仏像を伺う松尾を、桑原が眼光鋭く射抜く。松尾は心の中でシャモに謝りながら、シャモが大パニックに陥った核心部分をやんわりと告げた。


「駐輪場?! それは本当か。しかも制服着用だと」

「発情期の猫かっ」

 思わずぶぶーっと吹き出した餌の太ももを、仏像がぱしっと軽くたたいた。


「意識が戻った岐部(シャモ)君が避妊具を確認した所、確かに三つ減っていたと。多良橋先生、これはどうしたものでしょう」

 眉根を寄せて多良橋を見る桑原に、多良橋は明らかに小さくなっている。時計の秒針がいやに大きく響く中、沈黙に耐えかねたように仏像が重い口を開いた。


「岐部君が雑誌『ゆんゆん』のバックナンバーのうちふせんをつけたページを、三元君が僕に送って来ました。ふせんを付けたページの情報および本日早朝には家にいなかった事を考えると、これらの検索ワードで検索上位に表示されたサイトの中にヒントがあるように思います。例えばこちら」

「いやこれはさすがにないだろう」

「その位切羽詰まった事情があるのかもしれません」

 検索結果を見て苦笑いを隠すようにうつむく多良橋の隣で、『今治/阿弥陀如来』とメモに書きつける桑原。

「あっ、シャモさんの彼女の友達(エロカナ/江戸加奈)から返事が来ました」

 多良橋と桑原は、餌の声に揃って顔を上げた。


「『しほりは、今度の土曜日に一家で美濃屋に浴衣を作りに行くんだってはしゃいでる。《ママがかーくん(シャモ)をすごい気に入ってくれて、パパもかーくんをお婿さんにしたいねって言ってくれたの♡》だと。馬鹿じゃね』だそうです」


「「「「「「一家総出で外堀埋めに来てたああっ」」」」」」


「男の責任から逃げるなんて。見損なったよ岐部君」

 心配して大損だと呆れながら席を立った桑原は、万一の事態を案じる多良橋に向かって首を横に振った。


「彼は『みのちゃんねる』つながりで全国に仲間もいるでしょう。本当に今治にお遍路がてら逃亡したのでは。とりあえず解散しましょう。多良橋先生、進展がありましたらすぐにお伝えいたしますので」

 インテリヤ〇ザの異名を取る三年一組の担任・桑原は、時間返せとつぶやきながら会議室を後にした。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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