第5話(中)秘術

 松尾下宿(千景ちかげ宅)で、松尾の手料理を堪能たんのうした仏像。くちくなった腹を抱えつつ金色に染まる横浜港を見下ろしていると、着信音が鳴った。

〔仏〕「今俺は夕映えの横浜港に感動している所。三元さんげん邪魔すんな」

 応答せずに電源を落とした仏像の、すこし癖のあるセミロングヘアが西日を受けて輝く。その横顔を松尾がちらちらと見ているうちに、松尾のスマホが震えた。

 

〔シ〕『松田君。隣に仏像がいるだろ。代わって』

 シャモさんが三元さんのスマホから掛けてきていますと小声で伝えると、仏像はバツ印を腕で作った。

〔松〕「いません。後で僕からも連絡してみますから、用件を教えていただけますか」

〔シ〕『キリークの秘密を教えろ』

 それだけ告げるとシャモは通話を終えた。続いて落研SNSに、シャモから大量の写真が投稿される。


〔松〕「シャモさんから、キリークの秘密を教えろだそうです。何でしょうこの怪しい広告の数々は」

〔仏〕「何だこれ。『梵字天地陣投射法ぼんじてんちじんとうしゃほう』『仏の力をその身に宿せ。秘術・キリーク(今だけ限定特典『キリーク』シール付き。先着五名様のみ)』。いかにも怪しい広告だな。シャモたちはこれとシャモの左腕に貼られた梵字ぼんじシールに関係があると踏んでいる訳か」

〔松〕「キリークって、シャモさんの腕に付いていた変なマークの事ですよね」

〔仏〕「そう、この文字は阿弥陀如来あみだにょらいを象徴すると言われている。それだけでなく、如意輪観音にょいりんかんのんも同じ『キリーク』で象徴される。もちろん、俺お手製の如意輪観音にょいりんかんのん像の裏にも『キリーク』の梵字ぼんじが彫ってある」

 松尾のパソコンに映し出された検索結果から、仏像はあるサイトをクリックして読み始めた。



〔仏〕〔悪いな気づくのが遅れて。で、あの梵字シールに本当にシャモの記憶が消えるほどの効果があったら、あんなに目につく広告に載せるか。俺なら超富裕層だけに教えて金ふんだくるわ。どうせインチキだろ〕

 すっかり空が暗くなった頃、仏像はスマホの電源を入れて落研SNSに返信をポストした。


〔シ〕〔いや待て。安いシールでも思い込みでプラセボ(偽薬)効果が出る奴は一定数いるだろ。そいつら相手に高額商品を買わせるとか。それとも、しほりちゃんの家って大富豪だから、大枚はたいてマジ物の秘術も授かったとか。それに『梵字天地陣投射法ぼんじてんちじんとうしゃほう』ってのも、いかにもそれっぽくねえか〕

〔仏〕〔落ち着けって。仮にそんな『ゆんゆん』全開の話が本当だとしたら、何で彼女は横浜マーリンズで『お百度参ひゃくどまい』事件を起こしたんだ〕

〔シ〕〔その秘術を手に入れたのが『お百度参り』事件だったとしたら、つじつまが合う〕

 横浜マーリンズのジュニアユースに祈祷済きとうずみのおふだを持って百日間通い続けた挙句に出禁になった、伝説の『お百度参り』事件。

 その犯人である藤崎しほりならば、大枚はたいて怪しげな秘術に手を染めてもおかしくはない。

 無言で会話の行方を追い続けた松尾は、駐輪場で見かけたシャモとしほりの十八禁姿を思い起こして頭を抱えた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


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