その3

「僕等もそろそろ集まるようにしないといけないな」

二十二期の幹事の集まりを持とうと思郎は言った。

「そうですね」

「俺なんか君と槇田くんしか知らない」

「ほくもそうですよ。あと二人は女性らしいですが」

 学年幹事は五 人だった。

「ほう」

 面白いなと思郎は思った。

「幹事長は槇田ということにしましようか」

「ああ、いいよ。彼が適任だ」

 思郎は市会議員の槇田が幹事長になるのは妥当だと思ったが、言われると一瞬抗らう気持が動いた。それを打ち消して笑い、

「何か政党の役員みたいだな。君は書記長だ」

 とふざけて言った。藤島は手を振って「とんでもない」と笑った。                                    「君らはまだ早いよ」                                      

 思郎達の前に座っていた二十期の幹事が言った。思郎は藤島が来る前、その男と挨拶を交わしていた。すました感じのする男で、思郎は彼がどんな職業の人間なのか知りたく思ったのだが、彼の名刺には名前と高校二十期幹事という肩書きしか書かれてなかった。それは今年の総会を担当する二十期の幹事達がおそろいで持っている名刺だった。                                      「僕等が集まりを持ちだしたのは去年からだから」                  呉服屋の若旦那という感じののっペりした顔のその男は言った。             「そうですか」                                  思郎は頷いた。                                 「しかし、幹事相互の親陸ということなら、その前からちょくちょく集まっていたけど」                                        

 彼は思郎達の話の腰を折ったことを気にするようにつけたした。          「ははあ、それを僕等もしないといけないと思うんです」                                

 思郎は相手の話に頷きながら相手の誤解を訂正した。二十期の幹事は合わせるように「そうね」と額いた。その彼の横に同年輩の男が声をかけながら腰をおろ した。さらに受付の所に立っていた三人がやってきて座った。彼等は皆二十期の幹事たちだった。くだけた雰囲気で彼等は話し始めた。


 会場はだいぶ席が埋まっ てきてい たが総会はまだ始まる様子はな かった。

「三杉さんは結婚してるんですね」

 藤島が聞いてきた。

「はい」

「ど のくらいです」

「数えで三年目ですかね、今年で」

「じゃ、 ぼくと同じだ」

「ああ、そうですか。僕はおとどしの六月です」

「僕は五月で」

「へぇー」

「子供さんはいるんですか」

 この質問は思郎には快いものではなかった。人に聞かれるたびに苦笑いして「まだです」と言わなければならなかった。 「もっとがんばらな」とか「やり方がへたなんだろう」と冷かされることもあれば、ほう、それはよくない、という感じの沈黙が返ってくることもあった。どちらにしても自分の不甲斐なさを論われている感じが思郎はした。

「タネがないのかも知れん」

 思郎は人はそう思うだろうと気にしていることを口に出した。こんなことを言うのは初めてだった。同窓会の気安さなのかと思った。

「そんなことはないですよ。立派な体格をしているのに」

 藤島はすぐ打ち消した。思郎は嬉しかった。同時に体格と関係があるというのは初めて耳にする事で興味が動いた。

「ほう、立派な体格だといいわけですか」

「そうですよ。元気な子供が生まれますよ」

「君は子供は」

「一人います」

 藤島は当然くる質間だというように頷いて言った。

「去年の六月生まれたんですよ。それが夜泣ぎしてうるさくて」

 しかめ面をしたが、まんざらでもなさそうだっ た。

「しかしやはり嬉しいだろう。子供ができると生活に張りが出て。働き甲斐というか」

 自分を殺してする毎日の仕事の辛さも、代償として着実に育っていく子供があれば慰められようという思いが思郎にはあった。

「そうですかね。まぁ人の親になったんですから、そんな責任みたいなものを感じますよ」

 藤島は照れのためか嬉しさは実感がない とい う顔をしたが、そう言って頷いた。その時「エー 」というマイク の声が会場に響いた。                           「定刻をだいぶ過ぎておりますので、まだ来られてない方もあるようですが、ただ今から五十x年度の第一回幹事会総会を始めたいと思います。 この総会の内容はー」               正面中央に立った、禿頭で眉の白 い、赤ら顔の 老人が マイクを握ってしゃべっている。老人は同窓会本部の幹事長ということで、 そのユーモラスな四角い顔を会合に出るたびに思郎は目にした。老人の開会の言葉が終わると、同窓会の名誉会長になっている現学校長が挨拶に立った。校長は来年度から実施される新教育課程へ向けた取組みで、模範校として文部省の視学官を迎えたことや、県下で地元国立大学合格率一位を維持していることなどを述べ 、母校の健闘を讃える参加者の拍手に包まれた。


 次には会長が挨拶に立った。市内の高名な菓子家の隠居は手ぎわよく簡潔なスビーチをした。再びマイクを手にした幹事長は、まだ二、三挨拶をいただかなければならない先輩がいるが、その方々は挨拶を略したいとの意向だと告げ、少し興に乗ったように自分の感懐を述べ始 めた。冗長な話しぶりに出席者から先を急げという催促の拍手がパラバラと起こり、老人 はそれではというように、 「お手許にお配りした紙をご覧下さい」と、前年度の決算報告にとりかかっ た。出席者の大方は紙面を一警しただけで老人がご承認の拍手をと言う前に拍手が起きた。今年度の予算案もあっさり承認された。宴になった。


 宴が始まって三十分もすると、席を立ってあちらこちらに挨拶にまわる人が多くなり、ビールや酒を注いだり、注がれたりする光景がそこここに見られるようになった。人々の話し声で会場全体がワーンと鳴っている感じがした。

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