追放できるチートなスキルを持っていると気付いた俺は、望んだものを追放して、ストレスのない生活を送る。

若葉結実(わかば ゆいみ)

第1話


「今日の稼ぎがこれだけだって!? お前、盗んでないよなッ!?」


 武器屋内に店主の怒鳴り声が響き渡る。


「盗んでないですよ! ちゃんと言われた通りの値段で売り買いしていました」

「言われた通りの値段だぁ!? ちょっとは頭使って高く売りつけるなりしてみろや!」


 無茶苦茶だな、この人……前はそれやって、信用が無くなるから言われた通りの値段で売れって言ったくせに……。


「分かりました。すみません……」

「今日はもう帰っていいぞ」

「え? その前に今日の稼ぎを頂きたいのですが……」

「ちッ……」


 店主は舌打ちをして、あからさまに嫌そうな表情を浮かべ、カウンターへと向かう。レジからお金を取り出すと、カウンターに叩きつけるかのように硬貨を置く。


「ほらよ」

「……」


 ほらよって、こいつ計算できなくなったのか?


「なんだぁ? その反抗的な目はッ!?」

「いやぁ……足りないですよね?」

「今日の稼ぎが悪かったんだから、引くに決まってんだろがッ! 文句があるなら辞めちまえッ!!」


 来た、いつもの辞めちまえ……うんざりだけど、この小さな村で稼げるところと言ったら限られている。俺は幼い頃に両親を殺され、誰も頼れる人は居ないから、ここで口答えをして辞めるわけにはいかない。


「失礼しました。ありがとうございます」

「素直にそういや良いんだよ、ったく……」

「お先に失礼します」

「あぁ」


 店主の不機嫌そうな返事を聞き、俺は店を出る。あぁ……腹立つ!! なんで異世界転生してまで、現実世界みたいなやり取りをしなくちゃいけないんだ。


「はぁ……むしゃくしゃするから、酒場に寄ってから帰ろうか」


 ──酒場に着くと、カウンター席に向かう。今日は妙に店の右側に客が寄っているな。左の奥なんて二人の男が座っているだけで、ガラガラじゃないか。どういう事だ?


「おいッ! さっさと酒持ってこいッ!! 何分待たせんだッ!!」

「すみません。ただいまお持ちします」

「クソがッ」


 なるほど、あのガラの悪い客達がいるから皆、避けているんだ。俺がカウンターに座ると、周りからヒソヒソ声が聞こえてくる。


「おい、あいつ等。ハルク盗賊団の奴らじゃ……」

「あぁ、そうだよ。ここ二三日、なぜか滞在しているんだ。なにをしでかすか分からないから、さっさと傭兵を雇ってでも、どうにかして欲しい所だが……」

「そんな金があるなら、とっくにどうにかしてるだろ」

「だよなぁ……」


 ハルク盗賊団か……ここら辺では有名な盗賊団だ。確かにそんな奴らが村でウロウロしてたら落ち着かない。俺がもし転生した時に、小説の様にチートなスキルを貰っていたとしたら、ボコボコにして村から追放できたかもしれないのに……。

 

 30代の普通のサラリーマンが不慮の事故で死んだぐらいじゃ、スキルさえ与えてくれないみたいで、結局、この世界でも普通の青年になっていた。


「──待たせて悪かったね。ご注文は?」

「いつもの酒で」

「はいよ」


 ──俺は盗賊に絡まれないかと気が気でなく、酔い潰れたいぐらい飲みたかったけど、一杯だけ飲んで直ぐに酒場を後にした。


 ボロ家に帰り中へ入ると、恋人のバーバラが仁王立ちで立っていた。甘~い雰囲気の出迎えではなく、険しい表情から怒っているのが分かる。


「遅かったじゃない」

「悪い……仕事で嫌な事があって酒を飲んでた」

「働いたお金は全て預けてくれるって言ったよね? 勝手にそんな事に使ってんじゃないわよッ!」

「だから悪いって言ってるだろ」


 バーバラは無言で俺に向かって手を突き出す。


「分かってるよ、今日の稼ぎだろ?」


 俺は今日の稼ぎを上着のポケットから取り出すと、バーバラに差し出した。バーバラは奪う様に硬貨を回収する。そして無言のまま出入り口に向かって歩き出した。


「おい、こんな夜にどこに行こうとしてるんだ?」と、俺が聞くと、バーバラは足を止め、不機嫌そうに「なんでイチイチあなたにそれを言わなきゃいけないの?」


「そりゃ、そうだけど……飯は?」

「そんなの自分でどうにかすれば?」

「……」


 俺が無言で突っ立っていると、バーバラはそれだけ言い残し、勢いよくドアを閉めて出て行ってしまった。家出したから、家事をする代わりに住ませてくれって言ってきたのは、どこのどいつだよ……。


「はぁー……」


 ここ最近、ずっとあんな感じだから、流石に我慢せずに言いたい事を吐き出して、別れたって構わないと思い始めてはいるけど……若くなって容姿は悪くないとはいえ、地位も名誉もない俺が、また可愛い女の子と付き合うことが出来るか不安になって一歩が踏み出せない。


 それに付き合い始めた頃はあそこまで酷くは無かったから、もしかしたら……と思ってしまうんだ。ズルズルズルズル……本当、これじゃ現実世界と変わらない。


「考えたらあいつ、ここ最近、出掛けてばかりいるな。香水の臭いもさせていたし、一体、どこで何をしているんだ?」


 俺は浮気をしているんじゃないかと思い、直ぐに家を出る。見つからない様にバーバラの後を付けていると──貴族だろうか? 身なりの良い男とバーバラが会話を始める所を目撃する。


 だからといって、まだ浮気とは限らない。俺はそのまま距離を置いて様子を見る事にした。


 ──少しして二人は移動を始め、路地裏へと入っていく。ますます怪しくなって来た。


 俺も路地裏に入ると流石に見つかってしまうので、民家の壁に隠れながらチラチラと様子を見る事にする。


「クリホード様。今日も私の為なんかに、ありがとうございます」

「なんかになんて言うものじゃないよ。バーバラ」


 クリホードと呼ばれた男は、気安くバーバラの髪を触り──なんと、バーバラにキスをしやがった。ただのキスじゃない……凄く濃厚なキスだ。これは間違いない。


 俺は怒りに身を任せ、怒鳴り込みたい気持ちなった……が、両手をギュッと握り堪える。相手が本当に貴族だったら、俺の人生が危ういものになってしまうかもしれない。


 情けないけど、ここは冷静になって帰るしかないな。俺は握った手を緩め、二人に背を向け、歩き出す。


「──決心はついた。帰ったら、バーバラと別れよう」

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