第5話 ノルマンディー上陸作戦開始『進錆』

ノルマンディーの海岸線は、夜明け前からざわめいていた。冷たい海風が兵士たちの顔を打ち、船の甲板に立つアダムスの心は緊張と期待が入り混じった状態だった。彼は何度もM1ガーランドを確認し、最後の点検を行った。この銃は今まで彼を守り、彼の敵を撃ち倒してきた。そして今、最も過酷な試練が待っていた。


「準備はいいか、アダムス?」隣に立つテリーが尋ねた。彼の銀髪が夜明けの薄明かりに浮かび上がっていた。


「いつでも行けるさ」とアダムスは答えたが、内心では不安が渦巻いていた。彼の目の前には、無数の波が砕けるビーチが広がっており、その先には要塞化されたドイツ軍の防御線が待ち構えていた。鉄条網、地雷、銃座。全てが彼らを葬るために設置されていた。


上陸艇が浜辺に近づくにつれ、銃声と砲撃の音が耳をつんざいた。水柱が立ち、空気中に銃弾が飛び交う。アダムスは深呼吸し、指を引き金に軽く添えた。船が砂浜に接触し、前方のランプが降ろされる瞬間が近づいていた。


「行くぞ、アダムス!生き残るんだ!」テリーが叫んだ。


ランプが降りた瞬間、地獄が解き放たれた。兵士たちは叫びながら砂浜に飛び出したが、多くはすぐに敵の機関銃の餌食となった。アダムスも無我夢中で砂浜に飛び出し、体勢を低く保ちつつ前進した。爆発がすぐ近くで起こり、砂と血が飛び散る。彼は振り返ることなく、ただ前を見据え、敵の防御線に向かって突進した。


「テリー、カバーしてくれ!」アダムスは叫び、銃座に向かって駆け出した。


テリーは的確に射撃を行い、敵の注意をそらす。アダムスはその隙に一気に距離を詰め、爆薬を仕掛ける。手が震えたが、何とかスイッチを押し込み、その場から転がるようにして避難した。次の瞬間、銃座が爆発し、敵兵たちの叫び声が響いた。


「やったぞ!」テリーが駆け寄り、二人は手を取り合った。だが、喜ぶ暇はなかった。次の防御線が彼らを待っていた。


「まだ終わりじゃない。次の目標だ!」アダムスは息を切らしながら叫んだ。


二人は再び前進し始めた。周囲には仲間たちの悲鳴や爆発音が絶えず響いている。アダムスは何度も転倒しながらも立ち上がり、ひたすら前を目指した。彼の頭にはただ一つの思いがあった――生き延びること、そしてこの恐怖の中で勝利を掴むこと。


激戦の末、アダムスとテリーはようやく高地の一角を占拠することに成功した。そこから見える景色は、凄惨な戦場の全貌だった。無数の兵士が倒れ、海は赤く染まり、空には硝煙が漂っていた。


「俺たち、生き残ったんだな…」テリーが息を切らしながら呟いた。


「ああ。でもこれが始まりだ。まだ終わっちゃいない」とアダムスは答えた。


ノルマンディーの砂浜で、アダムスは自分が変わったことを実感していた。この地獄の中で彼は戦士としての本能を研ぎ澄まし、次なる戦いへの覚悟を固めていた。錆が彼の心を蝕む音が聞こえた気がしたが、今はまだそれを感じ取る余裕はなかった。

―――――――――――――――――――――――彼は、人生初めての戦争だった。

それどころか、人を殺したあとペンダントや遺影の写真を見て思う。こいつらも人なんだと。だが、自分が生き残るため、アメリカに勝利を届けるため。

彼はもがき続ける。

錆は始まった

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