僕らの非日常

葉名月 乃夜

第1話


 今年も、この日がやって来た。



 お盆真っ只中。人の量はいつもの比ではない。雑音が多い中で、僕は目を閉じて、五感を研ぎ澄ます。



 目が眩むほどの日光が降り注ぐ炎天下、焼けついたアスファルトの端にはゆらゆらと陽炎が揺らめき、どこか焦げついた匂いが漂っている。鼓膜が破れるほど煩い蝉の合唱も、不思議と胸が高鳴る。



 それは本来、夏であれば日常であるはずだった。けれども、僕らにとっては特別な合図に聞こえる。



 午後12時ピッタリ。僕と、そして結菜ゆいな奏太かなたはスクランブル交差点の前に集まった。



「よう、祥太郎しょうたろう



 夏のイメージとは正反対のカラーである青いパーカーで大きく手を振りながら近づいてくる奏太は、相変わらず太陽にも負けない笑顔を振りまいている。心なしか歳を重ねるにつれ肌が黒くなっている。最近の暑さもあるだろうが、部活がテニスだということが1番の理由だろう。



「2人とも久しぶりだね〜」



 手を振る人物はもう1人。長い黒髪を高い位置でポニーテールにした結菜は、派手すぎない程度にスラリと長い手足を出している。タタンとスニーカーの足音が鳴り、3人が揃う。



「一年ぶりだな」



 取り敢えず今の状況をただ口にした。それでも2人は微笑む。



「そりゃそうだろ。この日だけ集まる。それが俺らの決まりルールだからな」

「でも、逆に言えば今日だけは絶対に会えるからね」

「ああ。そうだよな」



 何年経っても変わらない関係に僕は安堵を感じた。小学校で出会った時から高校生になった今まで、仲間であり続けている。それは、『彼女』も同じだ。



「じゃあ、そろそろ行くか」



 俺が声をかけると、2人は頷いてイヤホンを取り出した。スマホに繋ぎ、音楽ファイルを開く。



 丁度、交差点信号が青に切り替わる。音響が鳴り、人々が歩き始めた。様々な種類の足音が混ざり合い、人の行き交いが至る所で行われる。



 僕らは目を合わせて、それから歩き出した。進むたびに熱風が体を掠めていく。汗が吹き出て、夏の匂いが鼻をくすぐる。



 交差点の中心に来たところで、僕たちは足を止めた。そして、ファイルからタイトルのないものを選択し、再生を押す。



 瞬間、全ての音がシャットアウトされた。音楽が流れているわけではない。むしろその逆。世界が無音になるのだ。さらには匂いも熱も気にならなくなる。僕は目を瞑り、心の中で数字を数え始める。



 数えるたびに、僅かに体に触れていたノイズさえ感じられなくなり、無に陥る。



 じっくり10秒。僕は心の中で数を数えた。



 それから、ゆっくりと瞳を開けた。



 



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