ルシウス様、お姉様に張り合わないでください!
無限大
第一章 ミルガラム帝国の姫
第1話 駄目です、いけません
王宮の中央庭園は色とりどりの花が咲き誇っていて美しい。
私の視界の中で大ぶりなピンクの花弁が揺れるのと同時に、ルシウス様の柔らかいブロンドの髪が私の額にはらはらと落ちてきた。
「我が最愛のプリンセス・ティアナ。貴女の髪は花のように甘く香り、その瞳はエメラルドのように美しい。あぁ、愛するティアナ姫。このルシウス・マーシャルの命は貴女のためにあります。貴女を命がけで守り続けたい。……ティアナ姫」
そう言ったルシウス様の左手が私の腰をなでるように進み、グイと抱き寄せられた。彼に触れられたところが熱い。ルシウス様の右手はすでに私の頬をしっかりと包み込み、指先の熱っぽさが私の頬をさらに熱くさせる。
「ルシウス様」
彼の赤い瞳が一瞬私の唇をとらえた事に、気づかないわけがなかった。心臓が耐えきれない。身体中が拍動する。ルシウス様の瞳に映る私は、どこか知らない少女のように大きな目をして、何か懇願しているように見えた。
「愛しています、ティアナ姫」
ルシウス様の鼻先が、唇が、私の顔に触れる。
そう思った時。
「ルシウス・マーシャル! 何をしているんだい!」
気高く力強い女性の声が響き、私は我に返った。
いけない、ルシウス様から離れなければ――けれどルシウス様の腕はがっちりと私の腰を包んでいて、のけぞることも出来ない。
目の前1センチまで接近していたルシウス様は、声の方へゆったりと顔を向けた。
「ミルガルムの太陽、ドローレス女王陛下にお目にかかります。このすがすがしい晴天、庭園の散歩には最適な陽気ですね」
私を腕に抱きながら、ルシウス様はお姉さま――ドローレス・ミルガルム女王陛下に向かい、姿勢を正した。
背筋を伸ばすと180センチは超える長身のルシウス様。見上げた長いまつげと鼻筋の通った横顔が、彫刻のように美しい。その凛々しい顔つきは、女王を前にしてもひるまなかった。さらさらしたブロンドの髪が風に揺れ、その残り香が妙に私の心をくすぐっていく。
「ほう。貴様の言う『散歩』とは、我が愛する妹をたぶらかす不埒なものなのかね」
一方ルシウス様と対峙したお姉さまは、160センチに満たないながら、女帝として威厳のある堂々としたたたずまいで私たちの元へと歩み寄ってきた。彫りの深いお姉さまの顔は、黙って視線を向けるだけでも相当な威圧感がある。
お姉さまは私たちの前で立ち止まり、長い黒髪をかきあげると、ルシウス様を見下すようにフンッと鼻を鳴らした。
「貴様ごときが妹に触れて良いと思うなよ。その汚い手を離せ、ルシウス・マーシャル」
お姉さまはルシウス様から私を引きはがすように、私の肩を抱いて自分の方へ引き寄せた。そして――。
「あぁん、可愛い可愛いティアナ! もう! 大好き! キスしたい!」
「お、お姉さま! やめてください!」
お姉さまが私の頬に何度も何度も頬ずりする。
女同士だから、家族だからと、お姉さまは私に対して本当に遠慮がない。女帝の威厳はどこへやら。私はお姉さまの腕の中で、ぬいぐるみのごとく揉みしだかれている。
「お姉さま、や、やだ」
「抵抗するお前も可愛いよぉ、ティアナァ」
お姉さまに唇を奪われそうになって、私は右へ左へ顔をそらして必死に抵抗した。
「お姉さま! だめ! です!」
私は顔を両手でガードする。やりすぎです! のアピールに、お姉さまはあからさまに口を尖らせた。
「なんだい、良いじゃないか。私とティアナの仲だろう?」
「いけませ……あ、やん、舐めちゃやだ」
お姉さまは反撃かのように、私の首から胸元を舐めまわした。ぞわぞわする。
私の視界の端で、ルシウス様がその美しい顔を静かに、ひどく歪めているのが見えた。
「恐れ入ります女王陛下。ティアナ姫が嫌がっておいでです。僭越ながら、自嘲なされた方がよろしいかと存じます」
ルシウス様は私の首筋に唇を這わすお姉さまに向かい、毅然とした態度で進言した。けれどお姉さまはおかまいなしに、私のドレスの襟元をツツツと指でなぞっている。
「なんだい、ルシウス。嫉妬かい?」
お姉さまが挑発するように笑う。ルシウス様の腕がぴくりと動いたのが見えた。
……ああ、やめてください、お姉さま。挑発しないでください。
そんな願いも虚しく、今度はルシウス様が私を引き寄せ、お姉さまを睨みつけた。
「だったらなんだと言うのです」
ルシウス様の手に力が入り、私の体はまたルシウス様の胸元にすっぽり収まってしまっている。大きくて、温かい。そんな彼の身体が心地よく、私はそのまま彼の胸元に身体を預けたくなってしまう。
寄り添う私の頭をルシウス様が撫でた。
「ああ、可哀想なティアナ姫。さぞ怖かった事でしょう。こんなに震えておられる。しかしご安心ください。このルシウス・マーシャル、全身全霊をかけて貴女様をお守りいたします」
そう言うや否やルシウス様の顔が私の顔に近づいて来て、甘い香りと共に彼は私の額に口づけた。きゅん、と私の身体は弾けそうになる。
「ティアナ姫。俺、女王陛下には負けませんから」
耳元でささやいたルシウス様は、今度は私のダークグリーンの髪にキスをした。
「女王陛下が触れたすべての箇所を、俺が上書きします」
髪から耳、首筋へ。ルシウス様の顔が優しく私を撫でていく。甘いキスに心を奪われ、溶けてしまいそう。恥ずかしさと心地よさで、めまいがした。
「あ、いけません、ルシウス様」
だって、このままでは食べられてしまいそうなんですもの。いけません。だって私たち、ただの幼馴染なのだから。
けれど触れられたところが嬉しくて、もっともっと触れてほしくなってしまう。このまま、破廉恥な人間になってしまいそう――。
などと考えていた私はふと我に返り、ルシウス様の肩越しに感じた禍々しい空気へ目を向けた。
お姉さまが鬼の形相で私たちを見ている。
「ルシウス、貴様私の可愛い可愛い妹に何をしている? ……殺すぞ?」
お姉さまの目がすわっている。人殺しの目だ。そんなお姉さまに対して、ルシウス様は私を抱き寄せながら不敵な笑みを浮かべている。
「恐れ入ります女王陛下。このルシウス・マーシャル、女王陛下の行為を上書きさせて頂いたまでです。すべてはティアナ姫のためでございます」
その一言がお姉さまの怒りのボルテージを上げた。
「……殺す!」
お姉さまはショートドレスをたくし上げ、太ももに巻き付けていたホルダーから短剣を取り出すと、ルシウス様めがけて振り上げた。
「おっと、これは逃げなくてはなりませんね。プリンセス・ティアナ、申し訳ございません。このルシウス・マーシャル、一度退散いたします。また今夜、先ほどの続きをいたしましょう。……では、失礼いたします!」
ルシウス様はそう言い残し、脱兎のごとく庭園を駆け抜けていった。
お姉さまも短剣を振りかざしながら「待てこの下衆野郎!」などと叫び追いかけている。
「ああ、ルシウス様。お姉さまに張り合ってはいけません」
お姉さまとルシウス様はいつもこうだ。私を取り合い、喧嘩になる。
取り残された私は一人、色とりどりの花に囲まれながら二人を見送った。
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