第59話 必要な戦い

 国へ帰り、ルバンカにソーマを使用した。

 べチャリと腹の上のソーマがかかり、ケトが治癒魔法を解くと腹から噴水のように血が吹き出してはソーマが埋めて行く。やがて開ききった傷口をソーマだった物が置き換わる形で完全に治癒を果たした。治癒っていうか万能細胞が入れ替わるような感じだな。まさに生きている万能の水、薬じゃなくて魔法だわ。


「二人共よくやってくれた。ベルは休んでくれ。ルバンカが目覚めたら暫くは何も考えずに休むように伝えて欲しい。ケトは来てくれ、決戦だぞ」

『勿論なのです!』


 それだけ伝えてさっさと部屋を出た。時間をかける程に状況が悪くなる確信がある。目標が決まったなら今すぐ殺す。それだけだ。

「フレア、もし途中で別れることがあったら、最悪この城だけを、いやあいつらだけを守ってくれ。頼む」

「アレキサンダーはどうするの?」

「俺は無敵だ」






 戦争の準備をしておくように告げて国を出た。ダンジョンまでは遠いが、真面目に走れば1時間程度だ。

 向かう途中、逆方向に向かう集団を発見した。獅子に騎乗する豹頭の騎士軍団、どうみてもこの世の物じゃない。

水面みなも斬り!」

 全力で一撃入れていく。水平に薙いだ剣閃は目に映る範囲全てを地上1メートルの高さで斬り分けた。それでも全滅させたわけじゃない、残りは周辺国に襲いかかるだろう。

 目指す先からは既に次の集団が見えている。これ以上関わっている時間はない、世界の終わりというのは流石だな。


「やっぱりこうなったか、フレア、ケト、存分に暴れてくれ。魔石は大精霊にでも食わせてやれ」

『はーい!ぼくちゃんと戦うのひさしぶりだよー!』

『魔石全部もらっていいのですか!?やったのです!皆殺しにするのです!』

 フレアは人間に馴染んで穏やかになったのに、ケトは本当に口が悪くなったな。

「んじゃ行ってくるぞ」



 大雑把に攻撃して可能なだけ敵を減らして進む。あぁ、我が国の兵士がもっと精強であったら、この軍団と正面から競わせてみたかった。血で血を洗う終末の戦いを想像して身震いする。

 大量の魔物を殺す感覚、ダンジョンでちまちまと敵を探すのとは違う、周囲に遠慮して力を抑えるのも違う、ただ目に付く敵を殺したいだけ殺して残りは放置するゲームの様な感覚。ずっとこうだったらいいのに、チマチマ考える事が増えすぎた。



 ダンジョンの入口に着いた。潰して均したその場所にはポッカリと穴が空いて、そこからは魔物が排水口から飛び出す汚水の様に溢れている。

「ははは!こりゃいいや!『狂戦士化』『魔力暴走』『修羅道』飛燕龍尾脚!」

 数年振りの全力だ!思い切り助走をつけて魔物の吹き出すダンジョン入口へ体をぶち込む!

 ギュドォォォン!!

 使い慣れた必殺の技!秒速1000メートル超、質量10トン超の人間爆弾!衝撃波で魔物共は吹き飛び、直撃した者は血煙となって消えた!

 満員電車も顔負けのダンジョンに押し入り、圧力だけで殺し切る。勢いそのままにダンジョンの壁に激突して入口を崩壊させた。もう出口は無い、ここで全て殺す。


「邪魔だオラァ!!フラッシュ・ピストン・アレキサンダーパンチ!!」

 ギュウギュウに詰まった魔物共をぶち殺して隙間を作っていく。死んで消えていく処理が間に合わず、血煙が充満し、弾けた臓物が乱舞する地獄。

 中には人語を話す下層の強者も混ざりだすが、数が多すぎてロクに身動きも出来ないまま雑に死んでいった。さながら魔物をかき混ぜる人間ミキサーだ。


「どうした勇者!隠れてないで出てこい!こんなもんで俺が殺せると思ってるのか!」

「ここにいるぞ化け物め!今まで力を隠していたな!」

「死ね!水面斬り!」

 遠くで声がしたので問答無用でぶった斬る。一撃で数千匹の魔物を殺した手応え。

「いてぇ!クソが!簡単に何度も殺すんじゃねぇ!だがその攻撃も打ち止めだな!」

 ずっと使っていた神秘の直剣がポッキリ折れちまった。バフスキル込みの全力振りに耐えきれなかったんだ。

「アホが!闘神斬鉄閃!」

 直剣の代わりに手刀を振り抜く。弧を描く軌跡から鋭いビームの様に魔力が迸り再び数千匹の魔物を巻き込んで勇者を斬り分けた。


「いてぇってんだよクソが!いいぜ!すきなだけぶっ放せ!こちらの戦力は無限、お前が力尽きるのを待つだけだ!」

「闘神斬鉄閃!」

「ああああああ!クソがよぉぉぉ!!」

「闘神斬鉄閃!」

「………」


 ちっ、黙りやがったか。だが4回ぶっ殺したぞ。百回復活できるなら百回殺してやる、万回復活できるなら万回殺してやる。だが無限に復活出来るとして、殺され続ける事にクソ雑魚貧弱メンタルの勇者が耐えられるか?無理だね、飽きるまで殺し尽くしてやる。

 一方俺は絶好調だ、故郷に返って母者の豚汁とエビと玉ねぎのケチャップ煮を食べてぐっすり眠った朝の様な最高の気分!

 本当に無限に復活するなら俺も永劫に殺し続けてやるぜ。ここが俺とお前の終着点で構わない、俺は幸せの中で永遠に生きるのだ。


「おらぁ!隙間が空いてんぞ雑魚勇者!ビビって出てこれないなら数くらいしっかり出せや!奥に進んでぶっ壊してもいいんだぞ!」

「てめぇ!舐めてんじゃねぇ!」

「闘神斬鉄閃!」

「いってぇぇ!それやめろ!猿かお前は!」

「闘神斬鉄閃!」

「口も聞けねぇのか!そんなスキルぶっ放しても無駄だ!バテるのが早くなるだ…」

「闘神斬鉄閃!」

「………」


 また黙りやがった。だが適当に煽ったら何度でも声を上げそうだな。声を出せなくなったらびびりだしたって事だろう。


「『居合』『不意打ち』『黄龍剣』!死ねぇ!!」

「ドラァ!!」

 勇者が先を取った不意打ちを後出しの拳で打ち砕く!顔面をバキバキに砕いて地面に打ち付けて破裂させた。地面が真っ赤でどれが勇者のか分からんな。

「化け物め!化け物め!魔王ですら倒れる攻撃だぞ!」

「魔王なら俺の城で寝てるよ。アレキサンダー流・毒蝦蟇固め!」

「うぎゃぁぁぁぁぁ!!」

「捕まえたぜ、痛いだろ?苦しいだろ?大丈夫だ、このまま殺してやる。次はもっと痛くしてやるぜ。任せろ、俺はこういうの得意なんだ」

「や、やめ!あぎゃあああああ!!」

 両手両足の腱をブチブチと断絶させ、じっくり捏ねくり回した後に背骨と頸骨を圧し折って殺してやった。


「くそがぁぁぁぁぁぁ!!」

「闘神斬鉄閃!」

 もっと魔物を出せ、もっと知恵を絞って攻撃してこい、全て殺してやる。やらないなら奥に進んで邪神とやらを殺す。これはただのパーティだ、俺を喜ばせて勇者が絶望する遊び。いつまででも付き合ってやるぜ。




 勇者と俺との長い遊びが始まった。












 ――――――――――

「あああああ!ルバンカ、ルバンカが死んだ!」

「勇者様、ダンジョンに行きましょう。あそこには姉を復活させる力があります。あの悪魔を倒す力も」

「はああああ?何を言ってるんだお前!」

「ダンジョンにはあなたに力を与えている存在が封印されています。出来るだけ深い場所で祈ってください。必ず勇者様の声に応えてくれます。そうすれば姉も救えるしあの悪魔も倒せます。今までの間違いも全て正す事が出来ます」

「本当か?本当にそんな事が出来るのか?」

「はい、はっきりと予言が届いています」


 意味がわからなかった。だが今までもこいつの言う通りにして上手く行っていたので、とにかく行ってみることにした。

 ダンジョンに入ってすぐに雰囲気が違う事に気づいた。

 今までの激しく拒む物じゃない、受け入れて奥に誘うような、甘い香りすら漂っている気がする。

 すごく気分が落ち着く。さっきまで頭がぐちゃぐちゃだったのに、今ではすっきりだ。今まで何をしていたんだ俺は。

「さあ、祈りましょう。勇者として、ダンジョンの力を受け取ると。世界の全てを破壊すると」

「あぁ、力が欲しい。アレキサンダーみたいな力が」


 簡単だった。心を平穏にして祈っただけ、それだけで繋がった。

 繋がった何かが俺の中に侵入してくる、俺を奪い取ろうとする。

 やめろ!俺が欲しいのは力だけだ!やめろ!俺を消すな!助けて!

「勇者様!自分を強く持って!抗うのです!邪悪な者に負けてはいけません!」

「助けて!消えたくない!助けて!」


 心の底から祈った時、別の何かに繋がった。その瞬間何者かの侵食を弾き飛ばし、新たな何かに守られている事に気づいた。

「やった!成功です!お前は真の勇者としての役割を果たすのです!」

 そうだ、これは俺に加護をくれていたやつだ。今まで勝手に守ってくれていたが、初めて心が繋がった。

 そして理解した。こいつが何なのか、俺に何を望んでいるのか、俺の役割が何なのか。


「勇者って、なんなんだ?」

「勇者はあの方の従者!光栄に思いなさい!役目を果たせ!」

 従者?オモチャの間違いだろ。でも、そうか。これが俺の役割か。この為に生まれてきたのか、こんな事のために。

「だったら最後くらい楽しくやろう」

「不遜な。既に力が溢れている、さっさと地上へ戻れ。私はやることがある」



 ポータルを使って地上へ上がると地上には魔物が溢れていた。

 俺はこんな事は望んでない。強く否定して念じると魔物が消え去った。

 ダンジョンを形成している邪神の権能だ、本来邪神の眷属にのみ使える能力が俺に宿っていた。

 この世界で数千年、数万年溜め込んだ力。いつか確実に世界の支配を奪える力を得る日まで溜め込まれた力。


「何故消した。魔物を溢れさせろ、それがお前の役割だ」

「俺はこんな事は望んでない」

「お前の望みなんて知るか、魔物を溢れさせて戦え!」

「うるさい、俺のやりやいようにやる。お前は死ね」




 殺した。ずっと仲間だと思っていた、甲斐甲斐しく仕えてくれて、ずっと一緒にいるものだと思っていた。


 そういえばミレイは?ミレイも殺されてしまったのか?

 気付いた、ミレイは生きている。ミレイも最初から役割を押し付けられていたのか?

 分からない、けどこれなら、俺が上手くやれば、ミレイだけは生きられるかもしれない。

 あいつなら、この町で何度もやりあったあいつなら信じられる。




 この押し付けられた役割を果たそう。勇者として全ての人を守るために。

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