第44話 修羅

 転職から1ヶ月が経った。

「98!99!100!はぁぁ!」

 腕立て伏せ100回、ただの8歳のガキにしてはよくやったもんである。これが今の俺だ。


 努力はしている。相変わらず夜は寝ることもなく一晩中トレーニングをしている。だが成果が出ない。どうせすぐに力を取り戻すと軽く見ていたみんなも困惑している。

 ある意味当然だ。人の体はその様に出来ていない。夜に寝ることは体の成長に必要だし、回復させずに体を虐め続けても筋肉は育たない。人の体は簡単に強くなったりしない。

 だからこの世界の住人は強くなるためにレベルアップを目指すんだ。


 しかし俺にはステータスの恩恵は無くなった。そして目標は健康なマッチョではなく頭のイカれた超絶マッチョだ。ならグダグダ言ってねぇで1日24時間トレーニングするしかないよなぁ!


『少しは休まないと死んでしまうのです。今のアレキサンダーの体は普通の子供なのですよ』

 最近はケトが心配してずっと横にいる。退屈だろうに、遊ぶ相手がいないのか。

「休んでいたら俺の心が死んでしまう。大丈夫だ、きっとオババ達が成果を上げてくれる。お前も手伝ってやってくれ」

『でも……』



 俺の即位式の後、オババは手に入れた魔力を利用して精力的に可能性の実の研究を行っている。桃から若返りの成分を抜く事が目標だ。

 とは言えアレに縋るのは情けないのでトレーニングを続けている。利用できる物は利用するだけのことだ。

 そもそもこの世界に生まれてから数年はステータスなんて1だったんだ。ステータスの加護を失っても鍛え直す事は可能なはず。俺自身があの頃と何か違うんだ。


 あの頃と違う何か。見当は付いている。それを捨てられなかった弱さも自覚している。ウダウダ考えもした。だがそろそろ決めなきゃな。


「走るー!走るー!ぼくーたーちー!」

 走ることは全ての基本!腕を大きく振って!声を出して肺活力を鍛えて!腰を大きく捻り!太腿を大きく振り上げる!

 いっぱい走ろう!何時間だって走れる、誰の目にも止まらない速度で、世界の果てにだって走っていける。そう信じて、30分で足が痙攣して立てなくなった。

 立てないなら腹筋をやろう、腹筋が上がらなくなったら背筋と腕立て、終わったらスクワットが出来るくらいは回復してるだろう。楽しいサーキットトレーニングの始まりだ。



 更に一ヶ月が経った。

 最近は随分と痩せてしまった。飯にも全力で挑んでいて弟の10倍は食ってるはずなんだが足りてない。


 更に一月が過ぎた。

「55…56……ぬぐぐっぐぅ」

 毎日僅かな休憩時間以外はずっとトレーニングしているのに体は衰えていく。もう腕立て100回すら遠い。





「駄目だな!」

『諦めるのですか?』

「そうだ、このままいくら努力しても無理だ。だからやらなきゃいけない事がある」

『何でも手伝うよ!ぼくたち友達だもんね!』

「ありがとう、だがこれは俺一人でやらなくちゃいけないんだ」


 分かっていた。俺は甘えていたんだ。

 優しい母者に、側に居てくれる友に、微笑んでくれる姫姉ちゃんに。

 思い出せ、最初の気持ちを。ただこの世界を全力で生きるために一人だった自分を。何も省みなかった自分を。






 その日の夜、一人旅立つことを皆に告げた。

「旅立つといっても俺は王になったんだからな。半年に一度は戻る」

「アレキサンダー、あなたは以前とは違うのよ、襲われたら簡単に死んでしまうわ」

「大丈夫です母者。切り札はあります。必ず強くなって戻ります」

「でも!」

「止めるなペコリーヌ。我らが王が旅が必要だと言っておるのじゃ、きっと必要なのじゃろう。王よ、これを持っていけ、不完全じゃがアマンダに手伝わせて若返り成分を弱くした可能性の実じゃ」

「ありがとうおば…ベル。貰っていく。じゃあみんな!今から行ってくる!」




 思い立ったが吉日。夜の間に旅立った。

 持っていくのは受け取った桃、フレアに貰った剣、水の出る水差しだけ。後は現地調達だ。

 夜通し歩いて森にやってきた。俺が初めて魔物と戦った森だ。

 あの頃は今よりずっと強かったがな。だがその代わり今は戦いを知っている、そして無敵の拳の代わりに剣を握って進んでいる。


 森の中に入ると大コウモリや凶暴な角うさぎが襲ってくる。どいつも俺を舐めてまっすぐ突っ込んでくるので、相手の目を見て狙いを見定め、動きをコントロールしながら回避と同時に斬りつける。握りやすく軽い直剣は相変わらずの切れ味で、相手に合わせるだけで切り裂いてくれる。

 あの頃とは違う効率的な戦闘で難なく奥へと進む。巨大なイノシシや魔熊の出るあたりだ。


 ガサガサと草を掻き分ける音がする、大物だ。こいつから始めよう。

 今の俺にとって熊は危険な相手だ、それも魔熊となれば相手が悪すぎる、更に素手となると普通に戦えば必ず負ける。それでもやるんだ、狂気を取り戻せ。

 立ち込める獣臭、猛然と迫る魔熊の姿が見えた!

「『狂戦士化』『魔力暴走』『修羅道』!死に晒せ熊公!!」

 速度を落とさずに迫る熊、狙いは首!半端に回避しても両脚の爪で切り裂きながら覆いかぶさってくる、後ろに引いても追いつかれる、飛び越えるには高すぎる、そして何より考える暇を与えない速度がある!ならば迎え撃つのみ!


 ギリギリ手前まで詰めてから両脚を上げて飛びかかってくる。

 猛獣たちの基本技、噛みつかれれば骨まで砕かれて終わり、そして両脚どちらも獲物の胴を圧し折る力がある三叉の攻撃だ。

 コンパクトに飛びかかり喉や腹を見せない巧みな攻撃、だが噛みつき主体の攻撃ゆえに顔面が攻撃し放題だ。

「アレキサンダー流・真っ向唐竹割り!」

 バゴン!

 スキルにより底上げされた唐手チョッブが魔熊の眉間から鼻に突き刺さる!

 だが肉食動物の額は強い!勢いは止められなかった。


『グゥオフ!』

 圧し掛かられてしまったが攻撃を失敗したのは向こうも同じだ。鼻を叩かれた事で口を閉じてしまい噛みつきは回避、この体勢からなら首か肩への噛みつきだろう。

 今度は待つ必要は無い、倒れた状態ではあるが下から腹をぶち上げてやる!


「チェリャァァァァ!!」

 下から腹への連続突き!防御は考えない、牙と爪があっても攻撃させなければいいんだ!

『グォオウ!』

 しかし不完全な体勢からの非力な突き、魔熊は構わず俺の顔面へ噛みついてきた。

 熊の牙が突き刺さり一瞬で頬骨を砕く。強い!頭蓋が粉砕されてしまう!

「ふんぐ!」

 咄嗟に熊の目に指をねじ込んだ。熊の方も不完全な体勢で無理やり噛みつきに来たので両脚でのガードが無かったのだ。

 熊が離れた隙に立ち上がる。なんとか目は無事だ、頬と顎は砕けて力が入らない。鼻はあるのか分からん。


 まともに呼吸が出来ない。ぼたぼたと血も垂れている。次で決めるしかない。

 魔熊は頭を振り、怒りに燃える眼をこちらに向けた。来る!

 迎え撃つは同じ構え、熊の奴はあの攻撃でずっと食ってるんだ。下がっても横に避けても逃がしてくれるものか。

 声を上げずに魔熊が迫る。腕を振りかぶる俺に対し、わずかに頭を下げて腕で守る体勢で飛びかかる熊。ここだ!


 斜めに一歩鋭く踏み込む!頭を下げた事で腕に隠された死角、そこへ踏み入ると同時に横っ腹へカウンターの肘打ちが突き刺さる!

「アレキサンダー流・残月!」

 ズドン!

 ゴポリと内臓の割れる手応え!思わぬダメージを受けて怯む熊。だが俺は後ろを取っているんだ、その隙は見逃せない。

「復活の!アレキサンダーパンチ!!」

 ボギャァ!

 首の後ろに突き刺さる拳!骨を砕く不気味な音が響いた。

「俺の勝ちだ!!」



 顎が砕けたまま叫んだ。昂った精神が痛みを感じさせない。

 熊の動きが止まると同時に顔面の怪我が治り始めた。スキルアーツ『修羅道』の効果だ。

 痛みを感じなくなる。闘争で負った怪我は勝利することのみで癒やされ、即座に次の戦いを行える状態になる。

 つまり。


「さて、次の熊を探すか」




 消耗したので貰った桃を食べながら次の獲物を探す。

 次の獲物を倒したらまた次の獲物へ。

 戦いを求め、血を啜り、平穏を知らぬ修羅の道へ。






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