第32話 7歳 国の滅亡を知る
一晩中水を補給した翌日。興味があったのでそのまま留まった。
水を止めた後ただちに中庭からは水が失せたので街を見に行ったのだが、どこも同じで速やかに水が失われていく。
この街全体が無限に湧き出す水を垂れ流す構造になってるんだ。流出を防ぐ手立てがまるで無い。恐らく個人が溜め置く方法すら無いんじゃないか?
それでも周囲の田園には水が行き届いただろうし、高低差が小さいところであれば石と砂で防ぐだけでも効果があるはずだ。
最終的にはあの大きな川に流れ込むのがわかっているんだから、そこに堰を作ってやれば暫く凌げるはず。もちろん溜めた水は時間経過で消えるし、そのまま飲めるのは3日か4日か。時間稼ぎにしかならない。
しかしこれだけの水が生み出され続けていたなら地下にも水が溜まっている可能性が高い。井戸を掘る間に雨が降るかも知れないし、田畑から収穫する時間を作る事ができれば街を捨てて移動するにも余裕が持てるだろう。
リリスにその事を話して、これから数日間だけ水を補給してやると伝えた。
その日からリリスは街に残った人間に説得して回った。
楽園の恵みを享受し、失われれば無気力に座り込み、突然戻ったら無邪気に喜ぶ住人たち。
当然リリスの提案が受け入れられる訳もなく、逆に非難の対象となるだけだった。
3日後。リリスは一人で堰を作ると宣言し、水の流れる川の前で呆然と突っ立っていた。
『何がしたいのです?』
「あー?何がしたいとかじゃなく、どうなるか見てんだよ」
『手伝うとか、教えるとかしないのですか?』
「十分恵んでるだろ。俺が水をやらなきゃそろそろ死人が出て病気も流行って壊滅カウントダウンだ」
『このままじゃ同じことになるのです』
「もっと酷いかもな。へたり込んでた連中が起き上がってあのガキを攻撃してるくらいだ」
『あの子を死なせるのですか?』
「あのな、俺は無償で手伝助けをして、あいつらのやりたいことを見守ってるだけだ。破滅するとしてもそれはあいつらの選択だ」
『………』
「一つ方法を知ってるぜ」
『なんなのです!?』
「精霊王の代わりに今はこの水差しがある。後はお前がここで魔力を絞って出せるだけの水を出し続ければいい。お前の魔力が何年持つのかは知らんがな」
『そんな……』
「お前は優しいやつだ、でも自分を犠牲にする以外の方法を知らんだろう。俺は殴りつけるか誰かを犠牲にする方法しかしらん。だがもっと賢いやつなら、もっと自由な考えを持っていれば、沢山の知恵が集まれば、何かやり方があるんじゃないか?」
「だから俺は見てるんだよ」
それから更に10日、俺は毎晩水を供給してやった。
どこかで知ったのか呼ばれたのか、街に戻ってくる人間も現れ始めた。
俺が水を供給するのは今だけ、気が向いている間だけだと何度も伝えている。リリスだけじゃなく見物に来た連中にも教えてやった。
それでも何も対策は見られなかった。そりゃ堰を作れ井戸を掘れと言っても今までやったことも無いんだろう、簡単に出来ないのは理解するんだがなぁ。
勘違いしないように、水の供給を2日に1度に変えた。
『リリスが襲われたそうなのです』
「あぁそう心配するな。遠くからでも気配は掴んでるからな、ヤバそうなら助ける」
『怪我をしてたのです』
「やったやつはもっと大怪我してるから安心しろ」
リリスは動こうとしない住民を責めた。その答えは暴力で帰ってきたわけだ。
哀れな住民たちは善良で可哀想な存在ではなく、傲慢で非合理な怠け者でしか無かったんだ。
それでもリリスは懸命に努力した。堰の作り方など知らず、闇雲に石を放り込み続けた川には、ほんの少しの出っ張りが確認出来る様になっていた。
「おいお前!お前の魔道具を渡せ!街の住民全員の命がかかっているんだ!」
「あん?これか?いいけどお前らの魔力じゃどうにもならんぞ。ほれ、街に必要な水が出せるっていうならくれてやるぞ」
ついに住民たちが俺のところに来た。リリスは今日も川に石を放り込んでいる。ガキ一人が石を探して運んで放り込んだところでどうなるものでもないんだが。
「よし、誰か魔道具使える奴居ないか!?俺がこれを手に入れたんだ!これで街は救われた!」
大喜びしていたが当然使いこなせる訳もなく、ごちゃごちゃ文句を言ってきたので水大砲で吹き飛ばしてやった。
「申し訳ありません!街の者が無礼を!」
「こうなるのは分かってたからいいんだけどよ。お前の方はどうするか決めたのか」
「人の出入りが出来たので、父に手紙を送れました。他の街から井戸を掘る職人等を呼び寄せる事が出来れば、この街で生きていくことが出来ます」
「今までとは違った生活になるけどな」
井戸水だけで街を維持するのは難しい。大量の地下水が溜まっていたとしてもポンプも無いんだ、一時を凌いで移住するのが正しいはずだ。
それでも、リリスは未来の為に努力している。こいつがどうなるのか見ていたい。
「市長が帰ってきたらしいぞ!」
「逃げた癖に、今更なんのつもりだ」
「もしかして水の出る魔道具を奪うつもりなんじゃないか?」
「……!………!」
ついに街の住民が集まって決起した。水対策ではなく元市長を街に入れないために。
街に入ろうとする市長一行の前に、武器を持って集結したのだ。
誰ぞが煽って新たな権力者になろうってんだろうが、街の状態を考えないのかね?
市長一行は街に入れずに戻っていった。勝鬨を上げる住人たち。奴らはそのまま街中央の宮殿に押し入り、リリスを街から追い出した。
「つまんねぇ時間を過ごしちまったなぁ」
『酷いのです!やっぱり人間は最低なのです!』
「リリスよ、親父のところまで送ってやろう」
打ちひしがれたガキを見たかったわけじゃない。もうどうしようも無い街で、それでも何か出来るのかもと期待してしまった。残酷な事をしちまったな。
「どうすればよかったんでしょうか?街を救う方法はあったんでしょうか?」
「さぁなぁ。まぁ街がそのままってのは無理だろ、水の問題ってのはどこだって大きな問題だ。無理やり精霊から搾り取ってた状態を他の方法で維持出来るはずがない」
「……それでも、あなたには出来たんじゃないですか?」
「そうだな」
「なぜ!助けてくれないんですか!?」
「そりゃまぁ、すごく簡単に言うとその価値が無かったからだな」
「価値が無い?水さえあれば肥沃な土地です、周辺への影響力もある、あなたならあの街で王にも成れたはずです」
そんなもんいらねぇんだよなぁ。
「あー、お前川に石を投げてただろ。ぶっちゃけあんなもん雨でも降れば崩れて終い何だが、あれを沢山の住民がやっていたなら、そういう風になったかもな」
「あんなものが?」
「あんな事をする国民が千人、万人集まる国。そんな国がいい。俺はそういう国の王になりたい」
「もっと賢い国の方がいいと思いますけど」
「あぁん?分かんねぇかなぁ、パッションだよ!情熱!どんな困難にでも立ち向かう意思!わかるだろう?」
「…そうですね、分かる気がします」
「わかりゃいいんだよ!」
街の為に最後まで一人頑張ったリリス。
たった一人の賛同者も得られず、裏切られて裏切り者として追放された。
今は辛いだろうが、それでもこいつの未来は繋がっている。今回の事を教訓にして、父親の下で大きく成長するだろう。
水を失った森の中から、乾き飢えた何かが街に向かっていた。
全ての生物が生きるために戦っている。街の最後は派手な物になるだろうな。
リリスの父親が避難したという街に向かう。水の街から避難した先はいくつかあるらしいが、その中でも最大の都市らしい。
街の周りには難民たちが溢れていた。街の周りには農園がある、そしてそこに難民。当然食い荒らすし汚すし奪うだろ。こりゃあ相当揉めてるだろうなぁ。
難民共の嫌な視線の中を進み、城門でも少し揉めたが俺の上級冒険者登録証を見せて中に入った。流石多国籍企業は違うぜ。
「リリス!何をおめおめと!お前のせいで私がどれだけ恥をかいたと思っている!」
「申し訳ありませんお父様。私の力不足でした」
「馬鹿が!一人残った上にこの失態!お前などもう娘ではないわ!」
全然違ってたわ。こっちも終わってた。親にも裏切られたか。
「出ていけ!二度と顔を見せるな!」
「ケトよ、どうしてこうなるんだろうな」
『人間は最低なのです!』
「そうかー、でもちゃんとした奴もいるんだぜ。俺あの村に産まれてよかったわ」
あんな街に生まれてたら魔王誕生不可避である。
「リリス、お前もう行くところ無いんだろ。俺と来い」
「今更助けるんですか?」
「俺は最初からずっと助けてたが?」
「そっか、そうですね。ずっと助けられてました」
「よしよし!そんじゃあ帰るか!」
難民達が棒切れや農具を握りしめている。どこももう限界なんだろう、助ける義理は無いし、見たくも見せたくもない。
これが国の終わりか。
勇者の作った便利な道具に頼りきった人、街、国。本当に悪いお手本になってくれたよ。
故郷の村。
「母者、ただいま戻りました」
「あー!アレキサンダー!黙っていくなんて酷いよ!」
「あら、丁度よい所に帰ってきたわね」
「お主!女を連れ帰ってきおったのか!全く汚らわしいのじゃ!」
「アレキサンダーさん、母共々お世話になります。今日はお母様にご挨拶を」
「アレキサンダー、何もお土産は無いの?」
うぜぇぇ、ナンデこんなに集まってんの?
フレア、アリー、オババ、姫さん、それと母者が揃っていた。
「お初にお目にかかります。アレキサンダーさんのパートナーとなりましたリリスと申します。よろしくお願いします」
「何言ってんの!?」
なんかわちゃわちゃになってしまった。
まぁ、嫌な気分は吹き飛んだ、リリスも楽しくやれるだろうさ。
「行ってきます!!」
何も説明せずにトンズラした。
「ケトよ、水の精霊王の居場所ってわかるのか?」
『ぼんやりとは分かるはずなのですが。今は全然わかんないのです』
「なんだそりゃ」
もう人間のごたごたは暫くいらんわ、でも秘境に行くと迷子になってしまう。道標が欲しい。
「精霊とか巨人に会いたいんだけど何か宛はないか?」
『私はずっと閉じ込められていたのです、そんなのわからないです』
「つかえねぇなぁ」
『失礼なのです!人間が嫌ならダンジョンにでも行くのです!』
「ダンジョン・・・だと?」
『そうなのです。竜、巨人、精霊などはダンジョンを嫌うのですけど、強い怪物なら沢山いるのです』
「決まりだ、そこに案内してくれるか」
『分かったのです』
ケトの案内で野を超え山を超え、時速400km程度で跳躍を繰り返し、アンティカ国の更に南。知らん国の知らん町に着いた。
「町?町中にダンジョンがあるって事か?」
『町の事はわかんないのです。前に来た時は無かったのです』
えらく活気のある町だ。武装した連中がそこら中で溜まってやがる。あぁいい雰囲気だ、この暴力的なのがいいんだよ。卑しく口が汚いだけじゃなく、心の底から野蛮な男達がいい。俺もそんな大人になりたい。
「おい坊主ぅ、いい剣持ってんじゃねぇか、それ貰うぜ」
「疾風膝裏打チィ!」
疾風のように背後に回り込み!両拳で相手の両膝裏を同時に撃ち抜く!
ガクゥン!
「おべっ」
激しく膝を打ちつけ、そのまま顔面ダイブするチンピラ。うーん!気持ちいい!
ゲラゲラと笑う周囲の男達。ここではこれが日常なんだろう。
「この町は気に入った。ここに滞在しながらダンジョン潜ってリフレッシュ&リラクゼーションと行こうぜ!」
『頭がおかしいのです』
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