第30話 7歳 水の都

 僅かな明かりも無い真の闇、むせ返るような濃密な生物の気配。鬱蒼と茂る植物、這い回る虫たち、闇に潜み相食む獣達。

 その中に一人動く人間を発見。体長150cm、全身に高密度の筋肉がミチミチに満ちている。闇も虫も獣も、何者も恐れずにただ歩いていた。

 つまり、俺だ。

 俺は迷子になっていた。


 高くジャンプしても見渡す限りの森。闇雲に走ってみても脱出は叶わなかった。こういう時はまっすぐ歩いているつもりでいても、少しずつカーブしてしまっていて、気づくと円を描いてしまう物だと聞いたことがある。

 慎重さが必要だ。何度も振り返り、目印を決め、太陽の位置と動きを把握し、出来る限り直進するのだ。

「あぁぁぁぁぁああ!面倒くせぇ!!走ってたら終わるだろ!?」

 ドドドドド!

 あぁ今日も脱出は叶わない。森はとても効率的に俺を閉じ込めた。






 ―――――――――――

「ミレイ、俺はやらなきゃいけない事が出来た。近くまで送るからミレイは村に帰ってくれ」

「えぇ?もう帰ろうよ、みんな心配してるよ?やらなきゃいけない事って今やらなきゃ駄目なの?」

「分からない、でもこれは村を守る為に必要なことなんだ。俺がやらなきゃ、みんなやられちゃう、俺がやるしか無いんだ!」

「うー、よく分かんないけど……、おじさん達には?」

「心配しないように言っておいてくれ、絶対戻るから」



 村まで1時間程の所まで戻り、ミレイと別れた。ここまで近づくと凄く戻りたい、温かいご飯を食べてベッドで眠りたい。でも駄目だ、ゲーム開始は近づいてきている。本格的に動けるようになるのはまだまだ先だけど、冒頭部分は子供の頃に始まるんだ。その時に十分なレベルと強い武器が無ければ、俺とミレイ以外みんな殺されてしまう。

「俺がみんなを守るんだ。俺は勇者で主人公なんだから!」

 そのためには他で犠牲が出るのは仕方ない。別に誰かを殺すわけじゃない、戦いが終われば返してもいい。だから今はあれを奪うんだ。



 竜の巣で手に入れた骨董品を売ってお金を手に入れた。大分足元を見られた気がするけど仕方ない。馬車を乗り継いで水の都リヴェールを目指す。

「なんだ坊主一人か?親は居ねぇのか」

「うるさいな!何でもいいだろ!」

「ちっ!悪さするんじゃねぇぞ」

 鬱陶しい!NPCの癖に無駄に話しかけてくるな!

 旅の間は何度もこんな事があった。ミレイと一緒の時は卑しい目で見てくる奴も一人じゃ二人じゃない。まだ子供だぞ?俺だって一緒に風呂に入っても見るだけだったんだ。

 イライラする。俺はヒロイン達にしか手を出す気はないのに、そのヒロインの一人と対立するかもしれない。最悪だ。



 馬車で移動中に盗賊に襲われる事があった。ゲーム内では移動中に襲われる事は無かったのにな。この世界は治安も悪いし、まぁこういう事もよくあるんだろう。

「動くな!抵抗せずに荷物を置いていくなら命は見逃してやる!」

「……相手は8人もいる、無理だぜ、大人しく差し出そう」

「え?俺達はどうなるの?」

「そんなもんアイツラに聞けよ。身包み剥がされても生きてるだけマシだろ」

「急いでるんだよ、あいつら殺せばいいんだろ」

「あ!おい坊主もどれ!殺されちまうぞ!」


 面倒くさい、襲われるイベントは無かったが山賊とかは通常エンカウントのmobで出てきたよ。一度も転職しない内から何度も出る雑魚、相手にならない。

「お、なんだガキ。綺麗な顔してるじゃねぇか。お前はこっちに来い」

「『召雷』」

 スキルアーツを発動すると掌に黄色いボールが現れた。一瞬の後にボールから幾筋もの雷鎚が迸る。


 メギャァァァ!!

「あぎゃ!!」

 俺が敵と認識した相手にのみ効果が発生する。高威力の雷に触れた盗賊共は消し炭となった。

「これじゃあ持ち物を漁ることも出来ないな。早く行こうよ」

「坊主・・・お、おめぇ」

「………」

 NPCと話しても仕方ない。盗賊だってただのmobだ。襲ってきたのは奴らだし、倒さなければ酷い目に合う。だから仕方ないじゃないか。




 更に馬車に揺られて3日。水の都リヴェールに着いた。

 水の都というだけあって街の中には沢山の水路が走り、その上をゴンドラに乗って人と荷物が行き交う賑やかな町だ。

 水は底まで透き通っていて、街全体がとても美しい。この街のグラフィックには魅入ったっけな。


 水の都は平地の真ん中にある街だ。周囲には美しい田園風景が広がっている。街から出た水は張り巡らされた用水路へと流れ込み、やがて一本の川となって大森林を支えている。

 この辺りの生態系は全てこの街の水が支えているんだ。


 その水はどこから来るのか。山は無いし湖もない、地下水が溢れているのでもない。全ては街の中央に突き刺された青く透き通る美しい剣、水の剣から溢れていた。




 水の精霊王が生み出したとされる水の剣。魔力を込めれば無限に水が湧いてくるという特殊効果がある。武器性能はラストバトルまで持ち込める強さ、水が出る効果自体は一部の敵以外にはあまり使い道が無いのだが、こうして魔力供給を続ける体制を作る事で大きな街に必要な水を一手に生み出せる。


 設定上、何百年前か分からないほど昔から街に刺さっている剣だ。この街がある限りあの剣もある。ゲームの進行具合に関係なく、そこにあるなら盗んでしまえばいいんだ。




 街に着いたその夜。俺は水の剣を引き抜いて逃げた。

 盗賊のスキルにより警備を掻い潜り、混乱の中で気配を消して必死に逃げた。

 馬車でやってきた道を遡る。隠れ潜み、時には食料を奪い、必死の思いで村に帰ることが出来た。


 これで村は救われるんだ。俺が今まで懸命にレベル上げをしてきたから、俺が剣を盗んできたから。だからこれは仕方ないことなんだ。


 俺は、この村のみんなを救いたい。みんないい人なんだ。あんな風に殺されていい訳が無い。みんな生きているんだ……。





 ――――――――――

「お?なんだ?でっかい道があるぞ!?川?」

 森の中に大きく走る道を見つけた。なにやら色々落ちているし、元々川だったのか?

 まぁ川だろうが道だろうが関係ねぇ!これに沿っていけば確実に進むことが出来る!



 こうしてついに馬鹿みたいに広い森からの脱出に成功した!

 そのまま道沿いに進んで大きな街を発見して大喜びしたんだが……。

 この街やばくね?街中には多くの人がへたり込んでいて、世紀末を感じさせるやべぇ場所だった。

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