第4話 エルツェ公爵邸、はじまして!
フィーネとオスヴァルトを乗せた馬車は、ようやくエルツェ公爵邸へと着いた。
御者によって開けられた扉を先に降りた彼は、フィーネに手を差し出す。
「さあ」
「あ、ありがとうございます」
彼の手に自らの手を遠慮がちに乗せると、ゆっくりと降りていく。
身請けのために着飾ったドレスやハイヒールが慣れず、彼女の体は左右にふらふらと揺れる。
「ゆっくりでいいからね」
「はい……」
階段を踏み外さないようにゆっくり、ゆっくりと歩みを進める。
オスヴァルトはそんなフィーネを優しい表情で見守っていた。
ようやく馬車から降りたフィーネは、オスヴァルトに連れられてエルツェ公爵邸の玄関へと向かっていく。
(手……大きい……)
婚約者だった時に比べて、触れられる手が大きく少しドキリとしてしまう。
記憶の中の「少年」との違いに、フィーネはまだ戸惑いながら歩いた。
(あれ、誰かいらっしゃる?)
近づいた先の玄関で、この家の使用人である女性が一人立っていた。
彼女はフィーネとオスヴァルトが近づくと、ゆっくりと頭を下げる。
「おかえりなさいませ、旦那様」
「ただいま、リン」
オスヴァルトは侍女の服を着た彼女に挨拶をすると、後ろにいるフィーネを紹介する。
「彼女が今日から妻になるフィーネだ。よろしく頼むよ」
フィーネは慌ててリンにお辞儀をすると、リンはさらに深くお辞儀をした。
彼女の長く艶のある黒髪も相まって、そのお辞儀は極めて美しく品があるように感じる。
(わあ……黒髪って珍しいなあ。綺麗……)
リンの美しさに見惚れていたフィーネに、オスヴァルトが声をかける。
「彼女はリン。この子が君の専属の侍女としてお世話をするよ」
オスヴァルトの紹介を受けて、リンはフィーネに軽く会釈をする。
「フィーネ様。精いっぱい努めさせていただきますので、よろしくお願いいたします」
「よ、よろしくお願いします!」
挨拶は済んだ……かのように思えたが、ここからの展開はオスヴァルトにとって予想もできなかった。
フィーネとリンは互いに相手よりも深くお辞儀をしなければという思いで何度もお辞儀をする。
フィーネがお辞儀をすると、リンはさらに深いお辞儀を……。
リンが深くお辞儀をしたら、フィーネも敬意をもって頭を下げる。
玄関口で女性二人が何度も何度もお辞儀をするという奇妙な状況に、オスヴァルトは少し戸惑った。
「『礼を尽くす』とはこういうことなのか?」
オスヴァルトの呟きは二人には届いていなかった──。
玄関先での長い挨拶を終えたフィーネたちは、廊下を歩いていた。
すると、リンがオスヴァルトに声をかける。
「旦那様、ディナーの準備が整っておりますが、このまま召し上がられますか?」
「そうだな。フィーネと食べたいのだが、いいだろうか」
「はい、もちろんでございます」
ディナーをするために三人はダイニングの方へを向かっていく。
(あれ……?)
廊下を歩いていたフィーネは、壁に飾ってあった絵を見て立ち止まる。
「どうかしたかい、フィーネ」
「これ、うちにもあった絵です」
フィーネがそう告げると、リンが口を開く。
「これは……旦那様がフィーネ様のお家で見て気に入って買ったものでしたよね」
リンの言葉にオスヴァルトは当時のことを思い出したようで、何度か頷いた。
「そうだった。この絵はすごく好きだったんだ」
じっと眺めた後、オスヴァルトは懐かしむように額縁に触れる。
使用人によって毎日綺麗に掃除がされており、塵一つない。
「私もこの絵は好きでした。特にこの可愛い猫ちゃんが毛玉で遊んでいるのが可愛いんです!」
フィーネはオスヴァルトの言葉に嬉しそうに答える。
婚約者時代に二人で遊んだ思い出がフィーネの頭の中に思い浮かんだ。
(楽しかったな……)
会いたかった彼に今ようやく会えている。
そのことがフィーネの心を温かくさせた。
「さあ、ディナーを一緒にいただこう」
「はい!」
フィーネたちはダイニングへと再び歩いていった。
すると、リンがオスヴァルトに耳打ちする。
「旦那様、大奥様もディナーにご出席なさるということです」
「母上が?」
リンはオスヴァルトの言葉に頷いた。
「そうか、『あの話』をもうするのだな」
オスヴァルトの呟きは、フィーネの耳には届いていなかった──。
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