転生したら半分魔族だった

新田青

プロローグ


 ──目が覚めると体が思う様に動かせなかった。


「──レオ」


 高校生である筈の俺を軽々と抱き上げて何かを呟く女性。


 ブロンドの絹の様な髪の毛に優しそうな垂れ目が印象的な彼女は、少し困った様な顔をしながら俺にしきりに語りかけてくる。


 だが、何を言っているのかさっぱりわからない。なぜなら女性が話す言語は日本語ではなく英語でもなさそうだった。


 訳がわからない状況に不安感だけが募る。


「レオ。──」


 しかし、こちらに対して微笑みかけながら何かを呟く女性を見ていると、不思議とその不安感も薄れていくように感じた。


(何がどうなってるんだ……?)


 言葉を話そうとしても、口から出るのは甲高い母音のみ。


 上手く舌が回らない。まるで赤ん坊の様な声が出るだけだ。


 赤ん坊?


――――――――――――


 信じられないが、どうやら俺は赤ん坊として生まれ変わったらしい。


 輪廻転生というものだろうか。仏教にそんな教えがあった様な気がする。


 それが理解できたのは、俺を見てレオ、としきりに呼びかけてくる母親らしき人物のおかげである。


 ある日、手鏡を俺に見せてきたのだ。


 鏡に映ったちんちくりんな赤ん坊を見て俺はあまりの衝撃に脱糞した。


 だが、待ってほしい。泣かなかっただけ自分を偉いと褒めたい。


 ポーカーフェイスを気取ってはいたが、その時の心境は筆舌にし難いものがあった。


 せめてもの抵抗として、悲鳴をあげようとする涙腺を引き締めたせいで、かわりに尻が緩くなってしまった。


 未だ年若い母親におしめを取り替えられ、俺はすっきりした頭で一旦考えることを放棄した。


 何せ、赤ん坊の身体じゃ何もできない。腹が減ったら泣き叫んで母乳を求め、下が緩んだら顰めっ面をするしか能がないのだ。


 だが、お世辞にも一般的な赤ん坊とは言えないだろう俺の機微に、母親であろう女性は完璧に気づいた。


 変なところで母との繋がりを感じ、妙に安心感を覚える今日この頃である。


(それにしても、俺はどの国に生まれたんだ?)


 母親が話す言語は聞いたこともない物だし、自分の視界はぼやけていてよく見えない。おまけに頭が重くて寝返りさえ満足に打てない。


 手がかりを得るための努力さえできない有様である。


「レオ。──?」


 言うことを聞かない身体に文字通り泣きたくなっていると、母親が俺の額を触りながら何かを問いかけてくる。


 母親は写真でしか見たことがない様な青い目をしている。じっとその双眸を見ていると、不思議と気分が落ち着いてくる。


 次第に睡魔に襲われ、重たくなる瞼。


(いや、まだ、寝たくない……ここは一体──)


 だが必死の抵抗も虚しく、赤ん坊の身体では何も抗えずに微睡の中に溶けていった。


 ――――――――――


「寝ちゃった? ふふ。レオったら、寝てる時も顰めっ面してるわね」


 自らの子であるレオルドの額を撫で、シェリーは微笑んだ。


 レオルドの出生は少し特殊で、生まれてからつい先日までずっとレオルドは生死の境を彷徨っていた。


 昼夜問わずに容態が悪化するレオルドを見ていながら、神に祈る以外の何もできないシェリーは何度も無力感に打ちひしがれた。


 レオルドの容態が安定したのは正に奇跡だった。それは正しく神が采配したかの様ですらあったとシェリーは考えている。


 シェリーは何度も神に感謝し、レオの身体を抱き上げてその名前を呼んだ。


 レオルドは普通の子供とは違う星の下に生まれた。それは彼のこれからの生に苦難がある事を意味していたが、シェリーにとってはこうして元気な姿を見せてくれるだけでよかった。


「レオ。私の愛しい子」

 

 シェリーは慈愛と共にレオルドの額に口付けした。


 


 

 

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