第9話

「えっとクリニックの後ろにあるんですか?」


「じゃなくて、このビルの中に病棟があるんだよ」


 僕は詩乃に押されてビルの横の路地裏に入った。路地裏には白い1枚の扉がひっそりと付いていた。


「それじゃ、開けますね」


 狐地は白い鍵を取り出し鍵穴に刺した。


 ガチャリと音を鳴らして扉が開いた。狐地がカチッと壁のスイッチを押し、電気をつけると地下に続く階段が現れた。


「え、ビルの地下に?」


「うん。このビル自体私たちの所有物だからね」


「……え、ビルごと?」


 なんてことないように言いながら詩乃は階段を下りていく。


「さぁ億利さんもどうぞ」


「は、はい」


 狐地は全員が入るのを確認して扉を閉めた。階段を下りた先は病棟の名にふさわしく、少し特殊な薬の匂いが鼻に付く病院の受付そっくりだ。


「蟻塚くんは糸夜くんをベッドに。鶴見ちゃんはリスペリドン持って来て」


 詩乃は素早く指示を出し、それに呼応して僕を除いた全員が一斉に動き出した。


 狐地と蟻塚は糸夜を抱えて病室へ、鶴見は受付の中から薬を取りに入った。


 億利は詩乃が病室に入るのに何となくついていく。


 蟻塚がベッドに糸夜を下ろす。


「ありがとう。異能も解いちゃっていいよ」


「は、はい」


 すると蟻塚の体は見る見るうちに小さくなっていき、160センチほどの青少年に変わった。先ほどまでの大男と同一人物とはおよそ思えない。


「一体、どういう理屈で......」


「蟻塚くんは異能で筋肉の膨張と縮小を自在に行えるんだ」


「でも、膨張させると、エネルギー消費が多くなるから、何日も連続で、は、無理だけどね」


「あんまり無理はしないでくれよ」


「う、うん」


「リスペリドン持ってきました」


「ありがとう。すぐに投薬して」


 鶴見は持って来た注射器をそのまま糸夜に刺す。ちょこんとした見た目からは考えられない手際の良さだ。その手腕に思わず見とれて、ふと目が合うもそらされてしまった。


「本当に僕、嫌われて無いんですよね?」


「大丈夫。数日もすれば鶴見ちゃんも慣れてくるよ」


「そうですか? そんな雰囲気には見えないですが」


「大丈夫。そういうものだよ」


「薬は投与しましたが、この後はどうしますか?」


 注射を終えた鶴見が僕らの間に割って入った。


「糸夜くんは起きそうにないし、今日は解散しようか。億利くんもまた明日」


「はい、お疲れ様でした」


「また明日」


 僕が階段を登ろうとすると、後ろからぼそっと聞こえた鶴見の小さな声に驚き振り返るも、鶴見はもう受付の中に入って見えなくなっていた。


 僕は先ほどより心なしか上がった気分でクリニックを後にした。

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