第6話

 そこから詩乃による簡単というには少し長い説明が始まった。


 ……本当に長かったので簡単に纏める。


 統合失調症の経過は主に前兆期、急性期、休息期、回復期の4つの期間に分けられるらしい。そこからの長ったらしい各期間の説明はあんま頭に入ってないけど、とりあえず薬を飲めば普通の病気と同じで段々回復するものらしい。


「糸夜君も薬を飲めば休息期……とはいかなくとも、幻覚は落ち着くと思うんだ。ただあの感じ絶対飲んでくれなさそうなんだよなぁ」


 どうしたのもかと顎に手を当てて唸る詩乃。


「へぇ……ていうか統合失調症って薬で治るんですね」


「完治……というと少し違うけど、早期に治療が進められれば普通の人と同じように生活する事が出来る様になる事も結構あるよ。それでも薬は継続的に飲まないとだけどね」


「そうなんですね、僕は薬があること自体初めて知りましたよ」


「心の病気という言い方のせいで薬で治すというより、自然治癒とか、気の持ちようとか思ってる人もまだまだ少なからず居るからね。けど統合失調症は脳の病気だから。薬以外での治療はいわばリハビリなんだ。あくまで薬を飲んでる事が大前提の病気なんだよ」


「へぇ。じゃあ彼も薬さえ飲ませられれば治療は完了なんですか?」


「まさか、むしろ飲んで貰うのがスタートラインだよ」


「薬飲まないと始まらないなんて、なんか普通の病気よりも大変ですね……」


「……確かに症状に一貫性も無いし、目に見えない分大変かな。熱が出たりはしないしね。質問も良いけどそろそろ中に入らないかい? 外は暑くて敵わないからさ」


 気付けばクリニックの前に着いていた。中へ促す詩乃の額からは汗が滲んでいた。

 今は8月の中頃だと言うのに詩乃は茶色くて分厚いコートを着たままだ。さっさと脱げば良いのに脱ぐ気配は一切無い。


「事務所はクーラーあるからさ、早く入って涼もう」


 詩乃に急かされながら僕はクリニックの扉を開けた。むわっとした熱気が外へと流れていく。


「早くクーラー」


 詩乃は帽子をポールハンガーに放り投げると、急いでクーラーを点けた。


「うん、やっぱりクーラーは良い。心も体も潤う」


 冷たい風が循環する部屋の中、詩乃は安楽椅子に座った。


「その分厚いコート脱いだ方が涼しいですよ」


「ははは、さぁ仕事にかかろうか」


 僕の提案を笑って流して安楽椅子に座ったまま棚に入ったバインダーを1つ手に取り読む。それを見て僕は肩をすくめて今日メモした内容をパソコンで打ち込む。


「そういえば、なんで精神病の医者になろうと思ったんですか? しかもこんな特殊な」


 ふと気になった僕は少し伸びをしながら聞いた。


「妹がね、行方不明なんだ」


「え?」


 突拍子も無い告白。それだけの言葉ですぐに繋がりを理解するのは不可能だった。


「私がまだ小さかった時。両親が事故で亡くなってね。私が1人で家事とか行っていたんだけど。妹が遊んでくれないお兄ちゃんなんか嫌いって拗ねちゃって家を飛び出してしまったんだ」


 僕は伸びをしたままの体勢で固まってしまう。目が合った詩乃は寂しそうな懐かしそうな目で僕に続きを語った。


「私も慌てて追いかけたんだけど曲がり角を曲がったところで居なくなったんだ。僕の目の前で。所謂神隠しってやつさ」


 詩乃は何でもないようにそう言った。


「行方不明……それと医者になったのに何の関係が?」


「最初、私は見た目の通り探偵でね。その調査の最中、偶々警察の人と話す機会があったんだ」


 探偵みたいな格好とは思っていたが、まさか本当に探偵だったとは。


「その人から異能について色々と聞いたんだ。そこで私の妹はもしかしたら病気によって神隠しのような異能を得てしまったんじゃないかって話になってね。そこからだね、私が異能力者専門の精神科医を目指したのは」


「それだけで……わざわざ医者になったんですか?」


「そうだよ。探偵だって妹が好きだったからなったんだ。今更抵抗感は無かったよ」


 その目はまだ優しく僕を、いや僕を通して妹さんに向けられていた。


「妹さん思いなんですね」


「……そうだと、良いんだけどね」


 それ以上僕は特に詳しく聞くこともなく、事務作業をしていたら終業時間になった。


「お疲れ様、また明日もよろしくね」


 わざわざ分厚いコートで外まで出て来て見送る詩乃に軽く礼をして家路へ着いた。

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