ムシらないで! ~蟲達の王、人間界を侵略す~

清貧相/seihinsou

序章 人間よ、覚悟せよ!

 第一話 せんせーふこく!

「キチチッ、キチキチ? (お前っ、聞いたか?)」


「キッチシ? (な~にをさ?)」


「キッチシシシッ、キチチ……。(何をってさ、お前……。) 

 キチ~シシシ! (大王様だよ!) 

 チ~シッ、チッシッチーシッ! (俺たちの王が、大広間で演説なさるんだ!)」


「チッチュチシ! (マジかよ!) キキシッ、チチッシ! (いくぞ、大広間へ!)」



 二匹の臣民アリは巨大で真っ暗な地下通路を、希望に満ちた六本足で歩む。

 

 そう、憧れの大王ワレが待つ大広間を目指して……。



***



ザワザワザワ。



 ヒトの言うところの地面からざっと三十メートルほど掘ったところに我ら虫達の都、ちゅう会所かいしょはある。


 その蟲会所の中心、大広間。ここで今、我による世紀の大宣言がなされようとしていた。



「(ふっ、臣民の虫達も今か今かと待ちわびているようだ。……よし頃合いだな)」


「キシ~ィッ・キシチシッ、キチ。 (カマドウマ・ベンジョ―リ大臣、頼む。)」


「……チキキッチチッキィチッ、ィキィキシシ『キシ~』キチチチッシツキ。 (……畏れ多くも大王陛下、わたくしの名前は『カマドウマ』で止めていただけると大変ありがたいのですが。)」


「シシキッチシッチシッ。 (そう言われても大臣。) 

 チッチッィッキキ~シシツチ―― (確か君は便所コウロギと言われてる――)」


「キィチッ、キイッキ~ィッ。 (陛下、それ以上はいけない。)」


「キィッ、……シ、シチァッ。 (あっ、……す、すまん。)」



 我は自慢の大顎を三回ほどカチカチ言わせたあと、キリッとした顔で命じる。



「チッチツャッキシ~ィッ、キチ。(改めてカマドウマ大臣、頼む。)」

「キチ~、~キィチシッ~。(ハッ、大王陛下の仰せのままに~。)」


 我は大臣の馬のようになだらかな背中に乗る。

 すると大臣は、筋肉のついた後ろ脚で臣民の頭を飛び越え演説台に飛び乗る。



 ……さあ、大宣言の始まりだ!




※おおっと、これから見せ場というときに突然失礼、我だ。

 さっきから「キィチ」だ「キシシ」だ意味不明な言語使いやがって、と思われる方々もいることだろう。


 うむうむ、分かるぞ。ニンゲンの皆々にとって蟲界統一言語は少々難しかろう。強靭な顎か、見た目も発せられる音も美しいはねがなければ話すことすら困難だからな。


 ……よしよし、分かった。ニンゲンの皆々でも分かるように、ここからはニンゲン語でお送りするとしよう。我の配慮に感謝するがいい。



***



「し~ず~ま~れ~」

 


 大臣が大声で叫ぶと、先程までの臣民のざわめきが嘘のように止む。

 蟻、カマキリ、バッタに蜘蛛くも……その他有象無象な種類の臣民達がご自慢じまん複眼ふくがんで一心に我を見つめる。



「臣民の皆々、我だ。数多あまたの種類の虫達をまとめあげて臣民とした大王ぞ!」


「「……うおぉぉぉおお!」」



 臣民が一斉にく。

 この世の重低音を全て集めたかのような翅音の群れが聞こえてくる。


 我はそんな大歓声だいかんせいが収まるのをじっと待って、微笑びしょうを浮かべつつ話を続ける。



「この世界がたる『五界』からなることは、ご存じだろう。

 我々虫達からなる『蟲界ちゅうかい』。

 我々の食べ物を与えてくれる植物たちからなる『植生界しょくせいかい』。

 水中を支配する魚や貝などからなる『水生界すいせいかい』。

 陸上にすむ雑多な生物からなる『陸生界りくせいかい』。

 これら『植生界』、『水生界』、『陸生界』は皆々の奮闘ふんとうのおかげで我々『蟲界』の配下または同盟下にある。だがこの世界にはもう一つ、我々が支配しなければならない『界』がある」



 ……ここぞとばかりに真顔でキメて、我は演説を続ける。



「『人間界』。奴らニンゲンは『高度な知性』なるものを持つ。そしてニンゲン以外の生物、特に我々『蟲界』の者たちを馬鹿にしている。

 奴らは我々を簡単に殺す。先端が五つに分かれた気色の悪いその前脚で。

 奴らは我々を気にしない。巣や卵などお構いなしに、巨大な道具で壊しにかかる。

 それが奴ら、ニンゲンというものだ」



 臣民は皆、憎悪に顔を歪ませている。 ……よしよし、あともう一声だな。



「……だが」



 少しもったいぶった態度をとる。

 ここ、今日の大王陛下かっこいいポイントである。


「ニンゲンをもし配下に入れられたらどうなるか。  

 我々はニンゲンの脅威から永遠に解放され、我々『蟲界』こそ真の覇者はしゃであることが証明できる。もう他の生物になぶり殺され、喰われる心配なんぞせずに済む!

 さあ、臣民の皆々よ!今こそ我々が『人間界』に侵略し、食物連鎖の頂点に立とうではないか!」


「「うおぉぉぉおお!」」



 ニンゲンを侵略せんとする蟲達しんみん雄叫おたけびは、大広間に何度も何度も反響していた。

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