第25話 それぞれの思い

 一一次の日の朝一一


「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 枕に顔を押付け、私は叫ぶ。


「私はこの叫びを、あゆスクリームと命名しよう!」


 ……じゃなくてぇぇぇぇぇぇ!


「なんで、好きって、言っちゃう、かなぁ!」


 枕に頭を叩きつけ、私は叫ぶ。


「私はこの動きを、あゆヘッドバンキングと命名しよう!」


 ……じゃなくてぇぇぇぇぇぇ!


「いや、冷静に考えれば、そんなに深刻じゃないかもしれない……でも、でも、やっぱりだめだぁ!」


 再び叫ぶと、今度は枕にしがみついた。


 起きてからすでに30分が経過したというのに、私は未だベッドを離れられずにいる。


 それにどうやら、私の頭はおかしくなってしまったらしい。


「まだ答えも聞けてないしっ!

 聞こえてたのかも分からないしっ!

 もうっ、もうっ、悶々モンスターになっちゃうよ!」


 私は今、何を言っているんだろう。

 あっ、冷静になったら終わる。


「あああああああああああ!」


 叫びたくて仕方がない。

 じっとしていられない。


 でも、1つ分かった。

 これが恋なんだ。


「ちょっとあゆ! 朝からうるさいわよ!」


 突然勢いよくドアが開き、怒った様子のお母さんがズカズカと入ってくる。

 そりゃそうなるよね……でも、


「だってだってだってー!」


 私だって、叫びたくはないんだよー!


「だってじゃないわよ!」


 そして、ママは私の頼みの綱である枕を奪った。


「みゃ、みゃくらぁ……」


「起きたなら降りてきて、朝ごはんを食べなさい!」


 そんなこと言われても……出来る訳ないでしょ!


 昨日の夜は言えてスッキリした気分だったから何とか平気だったけど……今日は無理だよ!


「無理なんだよー!」


 あっ、まず……。

 私は恐る恐るママの顔へと視線を移した。


「ねぇあゆ? 叫ぶなって、ママ言ってるわよね?」


 す、凄い圧……。

 あれ……ママの背後に鬼が見えるのは気のせいだろうか。


「すいませんでしたー!」


 私はベッドの上で正座し、頭を下げた。


 でも、流石はママだ。

 私の思考は今、強制的に制限されている。


 私はママのおかげで、ようやく落ち着くことが出来た。


「はぁ、もういいわ。

 でも、本当にどうしちゃったの?」


 ママは私の隣に座った。

 しかも、今回は鬼じゃなく、背中から羽の生えた優しいママで。


「いやいやいやいや、べ、別に? 夏祭りでなんかあったとか? 全然そんなことないよ!? 本当だよ!?」


 我ながら思う。

 私は嘘をつくのが下手くそだ。


「ふーん。もしかして……告白しちゃった?」


 心を読まれた!?

 過去を見られた!?

 ママ、恐るべし……。


「んっ!? ち、違うよー! そんな訳ないじゃーん!」


 口笛を吹きながら追い出そうと試みたものの、ラグビー部ばりの体幹でママは一切動かない。


「んんんん! んんんん!」


「ちょっとその話、詳しく聞かせてくれる?」


 そして、ニヤリと笑う。

 この圧倒的強者感……まるで魔王だ。


「やだ! 絶対に言わないから!」


「もう、頑固ねぇ。でも、あゆちゃんが言うまで動かないわよ」


 やっぱ魔王だ!


 一方その頃……。


「おかしい……流石におかしい……。

 この俺が眠れないなんて」


 目を閉じていれば、自然と眠くなるんじゃなかったのか?

 この嘘つきめ。


 スマホに映る睡眠法のタブを切り、俺は電源を落とす。


「はぁ、沈めても沈めても浮かんできやがって……課題でもやろ」


 何度も頭をよぎるあゆの表情。


 にしても、無心になりたいからといって、自ら進んで課題に取り組んだのはいつ以来だろう。

 俺は布団を捲り、机の上にワークを広げた。


「国語か数学か。より頭を使うのは……数学か」


 心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却……。


「x^2-5x+6=0だから、かっこでこうしてこうして……答えは2と3か」


 普段使わない頭をフル回転させると、驚くほどスラスラ解けていく。

 例えそれが、全体の2割だったとしても。


 そしてその結果……。


「あれ、なんか解けるな」


 2時間後にはワークが終わっていた。

 

「ねぇあなた」


「うん」


 ドアの隙間から部屋を覗くお父さんとお母さん。

 今回もまた、俺は気づいていない。

 というか、そんな余裕が俺にはない。


「柚が真面目な子になっちゃったわ」


「確かに。昨日何かあったみたいだね」


「夏祭り、花火、あゆちゃん、落ち着かない様子……告白ね」


「まぁまぁ、とりあえず1人にさせてあげようよ」


「そうね」


 少しして、ドアは音もなく閉められた。


「あっ、そういえば、読書感想文もあったな。

 どうせならやっちゃうか」


 立ち上がり、ふと手に取った漫画は『幼なじみ奮闘記』とかいうラブコメ。


「ちょっとさ、俺いじめるのやめてくんない? 思い出しちゃうじゃん」


 今日はきっと、動かないのが身のためだ。

 俺は布団にくるまり、静かに目を閉じた。


 しかし、


「一一だよ」


 昨日のあゆが邪魔をする。


「あゆは俺のことを……俺はあゆのことを……」


 考えないようにすると、逆に考えてしまう。

 これはもう、認めるしかないよな。


 俺はきっと、あゆに恋をしている。


 俺はあゆが嫌いだ。

 経験のない恋を自覚させる、そんなあゆが嫌いだ。

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