第28話 おまんじゅう

 セクシーなお姉さんに呼び止められた工藤珠希とイザーであったが、イザーはそんなのは無視しますという感じで何事も無かったかのようにパン屋の中へと入っていった。外で喚いているお姉さんを無視するようにパン屋の中へ消えていったイザー。それを追うようにして工藤珠希も店の中へと入っていったのだが、外観とはうって変わって店内はとても清潔感にあふれていてパンの焼けるいい匂いが充満していた。


 並んでいるパンは見た目こそ少し歪ではあったが、どれも美味しそうな香ばしい匂いがしていた。

 お昼時に合わせて少量ずつ焼き上げているのか、次から次へと焼き立てのパンが並べられていたのだった。

 こんなに美味しそうな出来立てのパンが並んでいるのにお客さんが少ないのはどうしてだろうと思ったのだが、試食用のパンを一つ口に運ぶとその理由がますますわからなくなってしまった工藤珠希であった。


「どう、いつも食べてるパンより美味しいでしょ。ここのパンって焼き立てが美味しいのはもちろんだけど、時間が経っても変わらず美味しいのよ。むしろ、時間が経つことで焼き立てとは違う深い味わいが出てくるって言ってる人もいるくらいなのよ。私が好きなのはこのパンなんだけど、よかったらこっちも試食してみない?」


 勧められるがままに試食をする工藤珠希。

 お勧めされたパンはふわふわの食感で口に入れた瞬間に香ばしい香りが鼻を抜けていった。今まで食べてきたどのパンよりも甘いと感じるほどだったのに、後味は不思議とすっきりとしていてもう一つ食べたくなってしまった。


「そんなに試食ばっかりしていたら卑しい子だって思われちゃうよ。まだ食べたいって思うんだったら、私が一つ買ってあげるからあとでゆっくり食べなさい。これは出来たてよりも時間が経った方が甘さが増して美味しいんだからね」


 奢ってもらうばかりでは悪いと思った工藤珠希は自分でも何か一つくらいは買っておこうと思い店内を見回していた。

 見たことがあるパンがほとんどなのだが、中には今まで見たことも無いような変わった緑色のパンが目に飛び込んできた。トングで掴もうとしたのだが、想像していたよりもずっしりとした重みを感じて驚いてしまった。


 緑色のパンをトレイにのせてレジに向かうと、会計を終わらせていたイザーが工藤珠希の持っているトレイを見て少し驚いていた。


「珠希ちゃんって結構せめるね。初見でそれを選ぶとは思わなかったな。飲み物が無いんだったらお茶とかも一緒に買っといた方がいいと思うよ」

「そうなんだ。じゃあ、お茶も一緒に買っておこうかな」


 自分の番が回ってきた工藤珠希はレジにいるおばあさんにトレイを渡すと、冷蔵庫に入っているお茶も注文していた。

 三種類あるお茶の中からほうじ茶を選んだ工藤珠希。小さい時からおばあちゃんと一緒に飲んでいたことでなじみがあるほうじ茶が好きだったのだ。


「はい、ヨモギ饅頭とお茶の二つで三百円になります。それと、こちらのパンはお代をいただいているのでお渡ししますね」

「ありがとうございます。お饅頭みたいだなって思ってたんですけど、これってお饅頭だったんですね」

「私が趣味で作ってるお饅頭なんであんまり売れないんですよ。お父さんが作るパンの方が美味しいから仕方ないんですけどね。十勝まで小豆を作りに行ってる自信作なんですけど、大きすぎるってあんまり評判良くないんです。大きい方が食べた時嬉しいって思うんじゃないかなって思ったんですけど、そうじゃないのかしらね?」

「一回で食べきれるかわからないくらい大きいですよね。お話を聞いたら凄い美味しそうだなってより思いました」


 小豆から栽培しているというお饅頭とプレゼントしてもらった試食して美味しかったパンをもってウキウキの状態でお店を出た工藤珠希は知らない人たちに絡まれているイザーの姿を見てしまった。

 状況がわからないので何とも言えないのだが、セクシーなお姉さんと顔がくっついてしまうのではないかと思うような距離で軽く言い合いをしていた。


「お前はどう見たって栗宮院うまなだろ。この前お前の学校に行ったときにも見たし、その時に撮った写真とも同じ顔じゃねえか」

「だから、私はうまなちゃんじゃなくてイザーだって言ってるだろ。顔がそっくりで身長も体重も一緒なだけで私はうまなちゃんじゃないんだって。髪の色だって全然違うでしょ。見た目は一緒でも私はうまなちゃんじゃないってなんでわからないかな」

「どこからどう見てもお前は栗宮院うまなだろ。髪の色だっていくらでも変えることが出来るし。お前と出会ったらやらなくちゃいけないことがあるんだけどよ、今はパンを買いに来たから見逃してやるよ。みんなだってココのパンを食べたいよな?」


 セクシーなお姉さんたちはイザーの事を栗宮院うまなだと勘違いしているようなのだが、姿を見ただけだと見間違えてしまうのは無理もないのかもしれない。話せばすぐにわかると思うのだが、二人を見比べていないと意外とわからないのかもしれないと思われる。


 お店から出てきた工藤珠希とセクシーなお姉さんたちがすれ違うことになるのだが、工藤珠希の持っている袋の中に入っているのがお饅頭だと気付いたお姉さんの一人がいきなり声をかけてきたのだ。


「お前、なんでこの店で饅頭買ってんだよ。ここはパンがスゲエうまい店だろうが」

「ちょっと待ってくださいよ、ここのお饅頭も美味いんすよ。食べたことないんすか?」

「無いけど。そんなに美味いの?」

「甘いの苦手じゃなかったらスゲエうまいっす。餡からこだわってるらしくて、その辺に売ってるのと比べると他が食えなくなるレベルです。うちのばあちゃんも好きでよく買ってくんですけど、大きすぎるんで二人で分けて食ってます」

「なんだよそれ。そういうのはもっと早く教えろよ。甘いの好きなんだよ」


 変な絡まれ方をした工藤珠希はビクビクしながらも扉をおさえていたのだ。

 その横を通って店の中へ入っていったセクシーなお姉さんたちは文句を言いつつも工藤珠希に頭を下げていたので工藤珠希はどんな感情でそれを見ていればよかったのかと混乱しつつあった。

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