第26話 準備

 工藤珠希が学外にいる野良サキュバスと出会った話はあっという間に学校に広がっていた。

 どうしてそこまで話が大きくなっているのかわからない工藤珠希は事情を聞こうと色々な人に話をしに行ったのだが、みんな戦闘の準備をしていてそれどころではないようだった。


「ごめんね、珠希ちゃんに教えなきゃいけないことがたくさんあるんだけど、今はそれよりもここの守りを固めないと危ないからね。いくら私たちが生き返ることが出来るとはいえ、死んでいる間にここを占拠されちゃったらどうしようもないからね。なるべく被害は少なくしておくに越した事は無いんだよ」


「色々と珠希ちゃんに伝えなくちゃいけないことはあるんだけどさ、近いうちに襲ってくる外敵に備える必要があるんだよね。どんなに小さな穴も塞いでおかないと不安になっちゃう性分でさ、今できることは完璧にやり遂げないといけないって思っちゃうんだよ。この件が片付いたら何か美味しいモノでも食べに行こうね」


「申し訳ないがこれから生徒会の重要な会議があるので失礼させてもらうよ。珠希さんにも力を借りたいところではあるのだけど、今回は他の所を手伝ってもらえるとありがたいな。普段であればサキュバス側についてもらいたくないという心情ではあるけれど、珠希さんの事を我々が護りきることが出来るか不安がある以上彼女たちに頼る方が得策だと考えているからね。種族の垣根を超えて協力し、この難局を乗り切ろうではないか」


「ちょっと今は時間ないかも。珠希さんが知りたいことがあるってのはわかるんですけど、向こう側にだけ反応する地雷を設置しとかないといけないんだよね。ここまで乗り込まれたらもうヤバいってわかってはいるんだけど、やらないよりやっておいた方がいいからね。珠希さんにも反応しないようにしてあるから安心してくれていいんだけど、爆発には巻き込まれないようにだけ注意しておいてね」


「しばらくの間は珠希さんにも学校で寝泊まりしてもらうことになるんだけど、ご両親には校長の方から伝えてあるんで気にしないでね。必要なものがあれば学校側で用意するので何でも言ってくれていいからね。栗宮院さんと栗鳥院さんの計算では、長くても一週間以内には終わらせることが出来るって話なんでちょっとだけ我慢してね。もちろん、先生たちも全力を尽くして守るから珠希さんはいつも通りに生活しててね」


「なんだか大変なことになってるみたいだけど、なんでこんなことになってるか話を聞いてる?」

「全然聞いてないよ。ボクがあったエッチなお姉さんが原因なんだろうって事は何となく想像がつくんだけど、みんな忙しそうでボクの質問を聞いてすらくれないんだよね。太郎が聞きに行ったら教えて貰えるかな?」

「無理だと思うよ。俺もみんなに聞きに行ったけど、みんなプログラムされているキャラクターなんじゃないかって思っちゃうくらい同じことを繰り返してるからね。野城君の話では、他の事にリソースを割けないくらい一つの事に集中しているから仕方ないんじゃないかって言ってたよ」


「みんな会話が成り立たなかったのはそういう事なのかな。待って、野城君は普通に会話できてるって事?」

「うん、野城君とは普通に話が出来たよ。なんでだろう?」

「そんな疑問はどうでもいいわ。ボクが聞きたいことを教えてくれるかもしれないし、野城君はどこに居るの?」

「俺ならすぐ隣にいるよ」


 みんなが慌ただしく動いているという事もあって周りに意識がいっていなかった工藤珠希はすぐ隣に野城君がいたことに気付いていなかった。工藤太郎も気付いてはいなかったけれど、最初から知っていましたよ。と言うオーラを出そうとして失敗していた。


「ビックリした。太郎も変な声出すくらいビックリしてるみたいだし、なんで黙ってそこに座ってるのよ」

「なんでって、俺は特にやることも無いからね。傍観者で観測者である俺は対外戦闘に置いても直接関わったりはしないのさ。もっとも、俺に火の粉が降りかかるような事態になれば最大限の対応を最小限の行動で振り払うだけさ」


「そういうカッコつけはいいんで。どうしてみんな忙しそうにしているのか教えて貰ってもいいかな?」

「もちろん。珠希ちゃんに今の状況を教えるように先生から言い渡されているからね。みんなは戦闘の準備で忙しいから時間は取れないんだけど、俺は戦闘に参加しないからって事でこれから起こるであろう事態について軽く説明させてもらうね」


 工藤珠希が先日出会ったセクシーでエッチなお姉さんは普通の人間ではなく、校外にいるサキュバス軍団の幹部であるらしい。

 魔王軍にはサキュバスの他にも多くの部隊が存在しているようなのだが、ここ零楼館高校に対して一番敵意を向けているのがサキュバス部隊という事だそうだ。

 同族であるサキュバスが多く在籍しているこの学校に対してどうしてそこまで敵意を向けることになったのか、その理由はたった一つ。本来であればサキュバスは夢の世界で男性を襲い力を得るのだが、零楼館高校にいるサキュバス達は誰一人として男に見向きもせず女性だけを愛でているという事が許せないらしい。

 人間世界だけではなく、サキュバス界においても多様性を認めないという勢力はいるのだと工藤珠希と工藤太郎は感じていた。


「つまり、この学校にいるサキュバスが男を相手にせずに女の事ばかり追いかけているのが腹立たしいって思ってて、その気持ちが膨らんで最終的にはこの学校にいるサキュバスを全員殺してしまおうって思ってるって事?」

「当たらずしも遠からずってところかな。向こうのサキュバスさんたちは零楼館高校にいるサキュバスを自分たちと同じノーマルに戻そうって考えてるんだよ。同族同士で殺しあうなんて愚の骨頂だってわかってるからね。ただでさえ少ない同胞を自分の手で殺すなんて普通は考えたりしないって」

「考え方は人それぞれでいいと思うんだけどね。俺は心からそう思うよ」

「でも、考え方を変えさえるのなんて難しいんじゃないの?」


「すごく難しいことだとは思うけど、あいつらは直接脳をいじってくるみたいだから生きて捕まることが死ぬよりも辛いことになっちゃうんだって」


 そこまでやるのは頭がおかしいのではないかと思ってしまった工藤珠希と工藤太郎はお互いに顔を見合わせたところ、同じことを考えていることがわかって苦笑いを浮かべるだけであった。

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