第10話 最初の授業

 サキュバスとレジスタンスが衝突することはよくある話で、ちょっとした行き違いで流血沙汰になることもあったようだ。

 人数に勝るサキュバスサイドの方が優勢になるのかと言えばそうではなく、圧倒的に身体能力に優れている人間であるレジスタンスサイドの方が現実世界での闘争においては優勢になることが多い。自分たちの土俵に引きずり込むことが出来ればサキュバスは負けることが無いのだが、かなり無理をしてこの世界に肉体をとどめているので夢の世界で襲う事も月に一度出来るかどうかと言った話になっているそうだ。

 サキュバスに夢で襲われた生徒は首元に大きな痕が残っているのですぐにわかってしまうのだが、本人はその事を強く否定するので何をされたのかは詳しく聞くことが出来ない。

 ちなみに、サキュバスが夢に出てくるのは一般女子生徒のみである。


 そんなしがらみがあるはずなのにSRクラスではサキュバスもレジスタンスも関係なく一緒に自習を行っているのだ。

 複数の教師が監視しているという事もあるのだが、どちらにも肩入れをしない観測者であり傍観者でもある野城とその友人の存在も影響しているのかもしれない。


「太郎君ってどこの部活に入るか決めたの?」

「決めてはいないけど、この学校って部活も有名だからどうしようか悩んでるんだよね」

「悩んでるくらいだったらさ、体育会系の部活に全部入っちゃえばいいんじゃね。結構そういう人もいるし、太郎君だったら中学の実績もあるから歓迎されると思うよ」

「でも、高校と中学だったら中途半端な感じになってダメなんじゃないのかな」

「そんなことないよ。男子生徒は数も少ないし掛け持ちしている奴も結構いるんだよ。太郎君みたいに全部ってわけにはいかないけど、それなりにみんな頑張ってるのさ。それに、この学校なら練習相手にも困らないしね」


 自習の時間なので好きなことをすればいいのだが、ちゃんと勉強をしているのは生徒会長の栗鳥院柘榴と栗宮院うまなくらいで、他は今後の予定について話しているものが多かった。

 工藤太郎は野城とその友人と部活について話をしているし、サキュバスのイザーとレジスタンスの鈴木愛華は市内に新しく出来たクレープ屋さんについての情報交換をしていた。

 見た目だけならサキュバスも人間も変わらないのだし、食べるものも同じなのかなと思いながらその様子を見ていた工藤珠希はどの輪にも入ることが出来ずに一人で教科書を黙読していた。


「俺たちの力を測ったサキュバスが俺たちよりも能力が少し高くてスタミナの少ない分身体を作ってくれるんだよ。そいつらを相手に練習試合を繰り返すことで強くなってるんだってさ。中学の時もそんな感じで練習してたんだけど、中学には正式な部活じゃなかったんで公式戦は一度も行われなかったんだよね」

「どうしてなの?」

「俺も詳しいことはわからないんだけど、サキュバスたちの情報が漏れるのを恐れてるんじゃないかって噂だよ。太郎君はすぐにサキュバスの事を受け入れてたみたいだけど、普通の人は急にそんな事を言われたって信じたりしないよな。ほら、珠希ちゃんもサキュバスの話は半信半疑だと思ってるし」


 急に名前を呼ばれた工藤珠希は驚いて工藤太郎たちの方を見たのだが、名前を言われただけで自分の事を呼んだのではないらしく誰も工藤珠希の事を見てはいなかった。何となく気まずい感じがしてすぐに目を逸らしたのだが、視線を戻した時に自分の事を見ているイザーと鈴木愛華に気付いてしまったのだ。


「珠希ちゃんって真面目だよね。そんなに熱心に教科書を見てるなんて偉いよね」

「そんな事無いと思うけど。他にやることもないし今のうちに出来るところをやっておきたいなって思っただけだから」

「そういうところが偉いんだと思うよ。私も人前に出ることが多いから真面目にやらなくちゃダメだなって思ってるんだけど、ちょっと面倒になって何もしないで過ごしちゃうことが多いんだよね。会長の補佐をしっかりしないと駄目だよねって思ってるんだけど、会長って一人で何でも出来ちゃうから私って必要ないんじゃないかなって思っちゃうんだ」

「その気持ちわかるな。私の所のうまなちゃんも一人で全部出来ちゃうから私がいなくてもいいんじゃないかなって思ってるんだよね。でも、他の子たちがレジスタンスの子たちと揉めちゃうことが多いからさ、そこだけは上手くやっておかなくちゃダメなんだ。だって、そこまでうまなちゃんに負担をかけちゃったらうまなちゃんがパンクしちゃうかもしれないもんね」

「お互いにトップが優秀過ぎると困っちゃうことも多いんだね」


 栗宮院うまなと栗鳥院柘榴が優秀な生徒であることは疑いようのない事実であろう。

 良きライバルであり良き友人であるように見えるのだが、入学式でのあの発言を聞いてしまった事もあって今のように二人で勉強を教えあっている姿には違和感しかなかった。


「そんなに熱心に見て、珠希ちゃんはうまなちゃんの事が気になっちゃってるのかな?」

「いや、珠希ちゃんは会長の事を気にしてるんだと思うよ。珠希ちゃんの視線の先にいるのは会長だもん」


 工藤珠希が二人を見ていたのは事実ではあるが、正直なところ二人が言うような意味で見ていたわけではなかった。

 色々と聞いてきたことを考えても、実際に見てきたわけではないのでサキュバスが本当にいるのかどうか気になっていたのだ。


「うーん、それだったらサキュバスが何をするのか体験させてあげようかな。うまなちゃんにはダメだって言われてるけど、珠希ちゃんがどうしてもって言うんだったら仕方ないよね」

「私もそれだったら仕方ないかなって思うかも」

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