お嬢様は恋の魔法で結婚します

なつきしずる

第1話 アリアとカレン

 魔法王国サミエーラ。

 誰もが生まれながらに魔力を宿し、四属性の魔法が使える。

 各国からも一目置かれている魔法王国だ。

 サミエーラ王国随一の魔法学園アルテミルにマルグリット公爵家の一人娘、カレンが入学したのは十六歳のときだった。

 アルテミル魔法学園では身分や性別は関係ない。魔法の才能があれば貴族も平民も等しく扱う。実力がなければ容赦なく退学なので、生徒は遊ぶ暇もなく、日々勉強に明け暮れていた。

 そんな才能に満ち溢れた生徒たちの中でもカレンは特別だった。

 魔法王国に七人しか存在しない光魔法の使い手であり、成績は常に上位で、完璧な美貌は女子生徒の心まで虜にしてしまう。

 幼馴染であるアリアは深いため息を漏らす。カレンに誘われて、アルテミル魔法学園に入学したことを後悔していた。



 アリアの実家であるメレディス侯爵家とマルグリット公爵家は祖父の時代から親交があり、アリアとカレンは姉妹のように仲がよかった。

 カレンはキラキラと輝く金色の髪にエメラルドのような瞳、きめ細やかな白い肌に薔薇色の唇が愛らしい少女だった。アリアでさえ、真っ白な天使の翼が生えているのではないかと疑ってしまうほどだった。

 カレンはいつもアリアの後ろをついて歩いていた。幼いころは人見知りが激しく、アリアから離れようとしなかった。

 そんなカレンをアリアは妹のように可愛がっていた。

 ある日のこと。お茶会に招待されたアリアは母と一緒に公爵邸を訪れた。

 公爵邸には大勢の大人がいて、子供は庭園で遊んでいた。

 アリアは知らない女の子たちに取り囲まれて、悪口を言われた。

 赤い髪がみっともない、ドレスが似合ってない、カレンに相応しくないから近づくなとまで言われて、アリアは泣きそうになった。

 今なら、女の子たちの気持ちがわかる。ただ、カレンと友達になりたかったのだ。

 だが、カレンは人見知りが激しくて、アリアにべったりくっついているから、羨ましくて妬ましかったのだろう。

 あのとき、一緒に遊ぼうと誘っていれば、みんなと仲よくなれたかもしれない。

 しかし、小さなアリアには怖くて、震えることしかできなかった。

 何も言い返せず、琥珀色の瞳に涙を浮かべていると、遅れてやって来たカレンが驚きに目を瞠り、顔を真っ赤にして駆け寄ってきた。

「アリアをいじめないで!」

 カレンの大声を聞いたのは、これが初めてだった。内気なカレンは喋るのが苦手で、声も小さい。

 女の子たちも目をぱちくりさせていた。おとなしいカレンがカンカンに怒っているのだ。しかも、ものすごい勢いで体当たりしてきたのだ。

 女の子たちは尻餅をついたまま、カレンを見上げていた。誰もが信じられないと真っ青な顔になっていた。

 カレンは女の子たちを無視して、アリアの心配をする。 

 今度はカレンのほうが泣きそうになったので、アリアは慌ててなだめた。

 カレンをぎゅうと抱きしめて、大丈夫と何度もささやく。ぽんぽんと優しく背中を叩くと、カレンも落ち着いてきて、涙が引っ込んだ。

「カレン、ありがとうね」

 頭を撫でると嬉しそうに目を細めて、にっこりと微笑む。天使のような愛くるしさに、アリアは思わず見惚れてしまう。

 それは女の子たちも同じだった。しかし、カレンは女の子たちに鋭い眼差しを向ける。

「許さない」

 ぞっとするような冷たい声だった。

 女の子たちはいっせいに泣き出して、その場から逃げてしまった。

「カレン……」

 アリアは女の子たちよりもカレンのほうが心配になってきた。

 可憐な少女が今にも壊れそうで危うい。

 カレンは女の子たちの姿が見えなくなるまで睨みつけ、アリアを振り返る。いつもの可愛らしい笑顔だ。

「アリア、安心して。これからは私がアリアを守るからね」

 引っ込み思案で、いつもたどたどしい口調のカレンが堂々とした態度ではっきりと言った。

 アリアは驚きのあまり目を丸くして、言葉を失ってしまった。

 この日を境にカレンは別人のように変わってしまった。

 


「アリア、可愛いよ」

 挨拶代わりに耳元でささやかれて、アリアは顔を真っ赤にした。

「カレン、そういうことは軽々しく言わないの!」

 カレンは顔を合わせるたびに、甘い言葉で口説いてくるようになった。

 顔つきも口調も凛々しくなり、白馬に乗った王子様のように、カレンはアリアに愛をささやくのだ。

 一年前の可憐な天使はどこへやら。大人の前では猫を被り、愛嬌を振りまいているが、腹の中では何を考えているのかわからない。強かで油断ならない。

 人見知りが激しくて、アリアにべったりだったころが懐かしい。今は別の意味でべったりくっついて離れようとしないが。

 もともとアリアに依存していたところはあったが、カレンの執着心には困惑してしまう。

 カレンのことを思えば突き放すべきなのだろうが、原因はアリアにあるので見捨てることができない。負い目を感じているのは確かだが、アリアもカレンのことが友達として好きなのだ。

 侯爵邸の東屋にお茶の用意をしてあるので、カレンを薔薇園に案内する。

 カレンが手を繋いできたので、アリアはドキッとしてしまう。意識するほうがおかしい。

 昔から泣き虫だったカレンを抱きしめて、慰めてきたのだ。今さら手を繋いだくらいでうろたえるなんて、どうかしている。

 石造りの東屋には焼き菓子とサンドイッチがテーブルの上に並べられていて、アリアとカレンがベンチに腰を下ろすと、メイドが紅茶を淹れてくれた。

「それで、今度は何をしでかしたの?」

 メイドを下がらせて、二人きりになると、アリアは単刀直入に尋ねた。

「まるで、私がいつも問題を起こしているようではないか」 

 優雅に紅茶を飲んでいるカレンが憎たらしい。

 カレンから話があるときは決まって厄介事だ。アリアの陰口を叩いていた令嬢を完膚なきまでに叩きのめしたときは頭が痛くなった。

 カレンはアリアを守るためなら手段を選ばない。それが恐ろしくて、アリアは必ず相談してから、行動に移すようにとカレンに厳しく言い聞かせていた。

「カレン、真面目な話をしているの。あなたが傷つくとあたしも悲しいの。だから、無茶なことはしないでほしい」

「アリアは優しいな。好きだよ」

 カレンがにっこりと微笑む。この笑顔に何度も騙されそうになる。

「冗談はやめて」

「私は本気なのだが。それに今日、相談にのってもらいたいのは私の魔力についてだ」

 アリアの表情が真剣なものになる。

 カレンはアリアの琥珀色の瞳を見つめて言った。

「魔眼で私を見てほしい」

 アリアは辺りに人気がないことを確認してから、慎重に口を開いた。

「詳しく話してちょうだい」

 カレンも顔を引き閉める。

「十日前のことだ。紙で切った指が一瞬で治った。急に体が軽くなったと思ったら、高熱を出したりとおかしなことが続いて、医者も匙を投げた」 

「今は平気なの?」

「少し熱っぽいかな」

「あたしは医者ではないから断言はできないけど、おそらく魔力が乱れていると思う」

「私も同じ意見だ。だから、アリアに見てもらいたい」

 アリアは深いため息を漏らした。

「しかたないわね。集中しないと見えないから、動かないでね」

「ありがとう」

「お礼はまだ早いわよ。本当に病気かもしれないんだから」

 アリアは大きく深呼吸して、向かいの席に座っているカレンを凝視する。

 カレンは言われたとおり、じっとしている。

 しばらく目を凝らしていると、カレンの体を包む白い靄が見えてきた。

 アリアは驚きのあまり、思わず立ち上がってしまった。

「アリア、何が見えた?」

 カレンも立ち上がり、アリアの両肩を掴む。

「ごめん。ちょっとびっくりして……」

 なんとか気持ちを落ち着かせて、アリアはベンチに座りなおす。

 カレンも腰を下ろして、アリアに尋ねた。

「やはり、魔力に関係あるのだな」

 アリアは正直に頷く。

「あたしの目には魔力が色で見える。火属性なら赤、水属性なら青。今のカレンからは白い靄のようなものが見えたわ」

 カレンは大きく目を見開く。

「それは……」

「間違いないわ。光属性の魔力よ」

 アリアは天を仰いで、しばらく瞼を閉じる。魔力の色が見えるアリアは、この特殊な能力を魔眼と呼んでいる。便利な能力だが使用すると眼精疲労と頭痛に悩まされるのが難点だ。

「そうか……。一瞬で傷が治ったのも無意識に光魔法を使っていたのだな」

「今は不安定な状態だから、体調が崩れたりするのよ。カレンならすぐに魔力を制御できるわ」

「問題は光属性だな……」 

 アリアとカレンはそろってため息をついた。

「サミエーラ王国に光魔法が使えるのは六人しかいないからね。大騒ぎになるわよ」

「治癒魔法なんて医者に嫌われるだけなのに……」

「浄化魔法や結界魔法も使えるんじゃないの?」

「コルトレイン国に目をつけられそうで気が重くなる」

 宗教国家コルトレインでは光魔法は神の奇跡と呼ばれ、光属性の魔力を宿した者は神の使者として崇められている。

「二十年前の誘拐事件があるからね」

「さすがに公爵令嬢には手を出さないとは思うが、用心に越したことはないな」

 二十年前、光属性の魔力を宿した子供が誘拐された。平民の子供だが貴重な存在だったため、王国騎士団まで捜索にあたった。しかし、見つかることはなかった。

 その半年後、コルトレイン国に神の使者が誕生した。

 間違いなく誘拐された子供だ。だが、証拠がない。

 温厚なサミエーラ国王もこのときばかりは怒り狂ったそうだ。

「カレンまで連れ去られたら、戦争になるからね」 

「そうなると暗殺になるな。これ以上、サミエーラ王国に神の使者が増えたら、コルトレイン国は面目丸つぶれになる」

 アリアはちょこっと首を傾げる。

「崇拝している神の使者を殺したら、罰当たりになるんじゃないの?」 

「他国の神の使者は偽物になるのだろう。だから、抹殺する。都合のよい信仰心だ」

「面子の問題ってことね」

 そんなくだらないことに巻き込まれるカレンが不憫でならない。

「カレン、光魔法を使いこなせるまで、誰にも言わないほうがいいわ。治癒魔法と結界魔法が使えるようになれば、自分の身は自分で守れるし」

「アリアも魔眼のことは隠しておかなくてはな。軍事利用される恐れがある」

「あたしの秘密を知っているのはカレンだけよ」

 アリアの魔眼は生まれつきのものだ。昔から、赤や青の靄のようなものが見えていた。その靄を見ると目や頭が痛くなるので、他人とは関わらず、部屋にこもって本ばかり読んでいた。

 しかし、カレンに懐かれてからは色のついた靄を頻繁に見るようになり、よく体調を崩していた。

 医者に話したところで信じてはくれないだろう。アリアも靄の正体がわからなくて不安だった。

 カレンはアリアが寝込むと、見舞いに来てくれた。涙目でおろおろするカレンは緑や黄色の靄に包まれていた。

 アリアはカレンにだけ色のついた靄のことを話した。カレンなら馬鹿にせずに真面目に聞いてくれると思ったからだ。

 アリアの話を聞いたカレンはしばらく考え込み、お祖父様なら知っているかもと言って、帰ってしまった。

 それから数日後、カレンは一冊の魔導書をアリアに渡した。

 その魔導書には魔力が見える能力のことが記されていた。制御方法も載っていたので、アリアは魔力の靄を見なくてすむようになった。

 カレンの祖父からは魔眼のことは内緒にするように言われた。

 悪い大人に利用されるから。

 カレンの祖父はその翌年に他界したが、アリアを実の孫のように可愛がってくれた。

「ようやく恩返しができるわ」

 カレンがいなければ、アリアは部屋にこもって、孤独な人生を送っていただろう。もしくは魔眼のことが明るみになり、戦争の道具にされていたかもしれない。敵の属性がわかれば戦況は有利になる。

 こうして穏やかな日常が過ごせるのはカレンのお陰だ。

「恩返し?」

「ううん。こっちの話。困ったことがあったら、いつでも力になるわ」

「ありがとう。やはり、アリアは優しいな」

 カレンが嬉しそうに笑った。



 カレンが光魔法を使いこなせるようになるまでニ年の月日が経った。

 アリアとカレンは十五歳になっていた。

 カレンは七人目の光魔法の使い手としてサミエーラ国王に認められ、各国にその名を轟かせた。

 警戒していたコルトレイン国は、今のところはおとなしいが、それが却って不気味だった。

「おめでとうと言うべきかしら?」

 アリアはバルコニーの手摺りにもたれて、公爵邸の庭園を眺めていた。

「一応、ありがとう」

 隣にはカレンがため息を漏らしている。

「厄介事が増えたわね」

「こればかりは、さすがに隠しきれないからな」

「コルトレイン国が難癖をつけてくると思っていたのだけど」

「表立って偽物呼ばわりはできないさ。陰口だけですめばいいのだが……」

 カレンは手摺りに頬杖をついて、顔をしかめる。

 本来なら名誉なことであり、喜ばしいことなのだが、七人目の光魔法の使い手としての責任感が重くのしかかってくる。高貴な身分がカレンをがんじがらめに縛りつける。

 アリアは誰もいないことを確認してから、カレンに尋ねた。

「カレンはこのあと、どうするつもりなの?」

 本来、光魔法の使い手は宮廷魔導士として国王に仕えるのだが、吟遊詩人という例外もいる。

 アリアにはカレンがおとなしく宮廷魔導士になるとは思えないのだ。

 カレンはどこか遠くを見ながら、口を開いた。

「私は魔法学園に通ってみようと思う」

 アリアは目を丸くする。独学で光魔法を習得したカレンに今さら魔法学園で学ぶことがあるのだろうか。

「アルテミル魔法学園に通うつもりなの?」

「研究設備が充実しているからな。利用させてもらう」

 アリアはさらに驚いてしまう。

「カレンが魔法の研究?」

 アリアは魔眼のせいで苦労してきた。カレンも光魔法の使い手に認められて、さらに窮屈な立場に立たされている。

 それなのに魔法の研究をするために、サミエーラ王国随一の魔法学園に入学すると言っているのだ。

「そんな話、初めて聞いたわよ」

「秘密にしていたからな。本当は自力で完成させたかったのだが、さすがに一人では限界のようだ」

「なんの研究をしているの?」

「それはできてからのお楽しみ。きっと、アリアも喜ぶ」

 にやりと口元を上げるカレンが憎たらしい。

「それじゃ、これからは気軽に会えなくなるわね」 

 アルテミル魔法学園は全寮制だ。落ちこぼれは容赦なく退学なので、ほとんどの生徒は休日も朝から晩まで勉強をしている。魔法の研究に没頭している生徒は寄宿舎に戻らず、施設で寝泊まりしているらしい。

 今までのように頻繁に会えなくなるのは寂しいが、カレンの邪魔はしたくない。ここは友達として応援したいと思う。

「寂しくなるけど、応援しているわ。手紙も書くわね」

 涙が零れそうになるのを、ぐっと我慢する。なんとか笑顔を作っていると、カレンが不思議そうな表情で見つめてきた。

「アリアも一緒だぞ」

 アリアは目をぱちくりさせて、自分を指さす。

「あたしも?」

「そうだ」

「名門寄宿学校だよね?」

「私はアリアと離れたくない。だから、一緒に入学する。何かおかしいか?」

 真面目な顔で言われて、アリアは目眩がしてきた。

「あたしの意志は?」

「アリアは私と離れても平気なのか? 私には堪えられないというのに……。アリアにとって、私はその程度の女だったというわけか……」

 さめざめと嘘泣きまでして、アリアは頭が痛くなってくる。

「あたしに泣き落としは無駄だからね」

 厳しい口調で言うと、カレンは小さく舌打ちする。それでも諦める気はないようだ。

「アリアは魔眼のことを知りたくはないのか? 魔法学園なら副作用を抑える方法が見つかるかもしれない」

「それは……」

 魔眼の影響なのか、アリアの魔力は極端に少ない。今までは魔眼で相手の魔力を見て、弱点を突くことで誤魔化してきた。だが、魔眼を使うと眼精疲労と頭痛に悩まされる。

 目玉をくりぬくわけにもいかない。少しでも痛みが和らぐのなら、魔法学園に入学するべきだろう。

 カレンの祖父が生きていたら、色々と教わりたかったのだが。自分のことは自分で何とかするしかない。

「わかったわよ。あたしも魔法学園に通えばいいのでしょう」

「アリア、私は信じていたよ」

 ぎゅうと抱きつかれて、アリアは危うくバルコニーから落ちそうになる。

「こら、危ないでしょう」

 叱ってもカレンは嬉しそうに笑っている。

 カレンの掌の上で転がされているような気もするが、この腐れ縁が続くのは悪くないと思った。

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