第7話危険な結婚相手
俺の結婚相手の第一候補が、ついに決まる。
ある日の昼食時。
俺たち家族と家臣団に、父ブルーノが相手の身分を伝えてくる。
「ジノの婿入り先は、フランクス王国、第一王女シャルロットだ」
「「「……」」」
父ブルーノは発表したが、誰も反応できなかった。
何故なら相手が大物すぎて、誰も予想していなかったのだ。
「旦那様、本当ですか⁉ こちらは独立国とはいえ、伯爵家なのですよ⁉」
老家臣が悲痛な顔で口を開く。
本来なら結婚はめでたいことだが、その顔は喜なく頭を抱えている。
何故なら今回ばかりは、両家の格と身分が違いすぎるから。
フランクス王国はヨーロッペ大陸でも有数の大国。
国力はウチのサルチン伯国の、数十倍以上はある。
https://kakuyomu.jp/users/haanadenka/news/16818093082958980539
普通、そのような大国の王女は、他国の王子や公爵以上としか、婚約しないのだ。
「向こうからの打診だ。相手の王女は未婚だが、”第三夫”という条件で、ジノを望んできた」
未婚で三番目の夫を迎えるなど、今まで聞いたことがない。
「未婚で、第三?」
「どういうことだ⁉」
一同の視線が、ビアンカ夫人に向けられる。
彼女はフランクス王国の伯爵家から嫁いできたので、内情に詳しいのだ。
「フランクス王家では長男、長女以下、今はみな亡くなっています。ですから王女シャルロット様が現在は王位継承第一位です」
ビアンカ夫人が説明してくるが、その顔は申し訳なさそうだ。
彼女は今回の縁談の、フランクス王国からの連絡の窓口だった。
「継承権一位の王女の第三夫…つまり”種”だけもらうつもりか、奴らは!」
「第三夫などと、馬鹿にしやがって!」
「いくら大国とはゆえ、許せんぞ!」
「まさか我が伯国を、乗っ取るつもりか⁉」
「ああ。あり得る。クソッ!」
家臣団の誰もが悔しそうに、怒りを吐き出していく。
そんな光景を見ながら、同席していた俺は全ての事情を理解する。
(種馬…か。やっぱりな)
フランクス王家は大陸の中でも血統とプライが、かなり高い王家。
だから俺の良質な血統に目を付けたフランクス王家は、跡継ぎを種付けさせるためだけに申し込んできたのだ。
結婚後、俺はフランクス王太子ジノになるが、一切の中央の政治権力は渡すつもりはないのだろう。
またシャルロットが女王になった後は、彼女と家臣団が実権を握っていく。
俺は宮廷の表舞台に一度も経つことなく、死ぬまで種馬として宮殿に閉じ込められるのだ。
「旦那様。今回の縁談、こちらから断ることは…」
「できぬ。ローマン教皇からも根回しがきた。受けなければ、サルチン家は消される」
これは対等な結婚などではない。
優良な俺の血統だけど、フランクス王国は権力で強引に奪い取る脅迫なのだ。
どう転んでも、
「「「………」」」
家臣団と俺の兄弟たちが、言葉を失っている。
せっかくグラートン兄やアンジェ姉の結婚が決まり、繁栄の光明が見えたサルチン家に、破滅の危機が迫ってしまったのだ。
大広間は重い空気になる。
だから俺は動く。
「俺は婿入りに賛成です」
俺は挙手をして、自分の意見を伝る。
どんな相手でも婿入り覚悟はあると。
「ですが相手はジノ様を、道具扱いするつもりなのですよ⁉」
「王女の噂は、ジノ様も知っていますよね?」
「フランクス王宮は、魔物の救う場所なのですよ⁉」
シャルロット王女は正直なとこと、悪い噂しか聞かない。
容姿端麗だが性格が自分勝手で、人として終わっていると。
更にフランク王国の宮殿内は、派閥争いが絶えず魑魅魍魎としているという。
だから第一王女が13歳になっても、いまだに正式な婚約者が決まっていない。
各国の王子が、今のフランクス王宮と王女を敬遠しているのだ。
だから俺は自分の思いを、みんなに伝える。
「はい、聞いています。でも俺は生まれてた時から、覚悟はしてます。どんな相手でも、どんな王宮でも問題ないです!」
この時代の四男が政略結婚の道具なことは、俺は転生直後から承知済み。
こんな俺でも貰ってくれるだけでも、嬉しいのだ。
「父上、マリヤ母さん、ビアンカ母さん…今まで本当にありがとうございました。今度は俺が頑張ります!」
この大陸では上級貴族は、自分の子どもの世話を見ない親も多い。
だが父たちは違った。
何の才能もなない四男な俺、家族は愛情を持って育ててくれた。
だから今度は俺がサルチン家に、恩返しする番なのだ。
「ジノ…」
「ジノ…」
マリヤ母さんとビアンカ母さんが、大粒の涙を溢れ出す。
その涙だけ、俺は何度も心を救われてきたのだ。
だから俺は言葉を続ける。
「たしかに俺は種付けの道具かもしれません。でも”良い道具”は使ってうちに、愛着は沸いていくと思います」
俺はアンジェラにチラっと視線を向ける。
数か月前まで俺は、彼女の実験道具だった。
だが何十回も肌を重ねてきた今では、彼女から暖かい感情を俺は感じていた。
だから今度も俺が体を張って、フランクス王宮でチャレンジするのだ。
「……馬鹿め」
アンジェラ姉は顔を横を向けて、恥ずかしそうにしている。
その可愛らしさも今の俺にたまらない。
「ジノ様…」
「ジノ…」
家臣と俺の兄たちは、言葉を詰まらせている。
だが、その顔は誰もが前を向いていた。
だから俺は父に確認をしていく。
「父上、そういえば、持参金は大丈夫なんですか?」
持参金は婿入りする方が用意して、先方に持って行く。
金額は相手の爵位が高ければ、持参金は高額になる。
今回、相手は大国の王女なので、普通の伯爵家クラスでは払うことはできないのだ。
「グラートンの結婚用の祝いとして、イヴァノフ陛下から沢山の祝い金を頂戴した…」
なんでも目が飛び出るほどの祝い金を、イヴァノフ皇帝から送られたという。
俺の婿殿にが正式に決まったら、更に数倍の祝い金も約束してくれたと。
(さすが北方の覇者。気前が良いな…)
モスクワフ帝国は新興帝国だが、国土と国力は圧倒的。
イヴァノフ皇帝は実妹マリヤのことを大事にしていたので、甥っ子たちへの祝い金も弾んでくれたのだ。
「ありがたいですね。それじゃ、教会の許可も?」
イリスト教圏内の王家の結婚となると、教会にお伺いを事前に立てる必要がある。
「そちらもフランクス王家の方で、根回していた。問題はない」
他にも問題はあるかもしれないが、この二つが解決済みなら大丈夫だろう。
特に今回は相手がやる気を出して、婿をもらう気マンマンなので、何から何まで外堀を埋められていたのだ。
これであとは決まったようなものだろう。
だが父ブルーノは真剣な顔で口を開く。
「ジノ、我が愛する息子よ。最後にもう一度だけ聞く。本当に良いのか? 向こうでは我らは助けてやれないが、怖くはないのか?」
サルチン家は貴族似は珍しくアットホームな家庭。
だから我が子の行く末が本当に心配なのだ。
「はい! 正直なところ、とてもワクワクもしています。シャルロット王女は、とても美人だという噂なので、楽しみです!」
性格や宮殿内取り問題があっても、結婚相手が美少女なのは、俺にとって本当に嬉しいことだ。
「…ぷっ…はっはっはっはっは!」
父ブルーノがいきなり大声だ笑いだす。
どうしたのだろう?
「ワシらが何日も胃を痛めて悩んだ案件を…美人だから楽しみ、などと…もう笑うしかないさ」
「ですな、殿! がっはっはっは!」
「まったく我々の悩み損でしたな! はっはっはっ!」
父につられて家臣団が、家族の全員が腹を抱えて笑いだす。
さっきまで重い空気だったので、急に明るい雰囲気になった。
「それではジノ様が恥をかかないように、出発まで準備をしてまいりましょう!」
「その前にグラートン様とアンジェラ様の準備を!」
「三人を送り出すまでは、寝る間を惜しんでいくぞ、皆の者!」
かつてないほどの団結力で、サルチン領内は盛り上がっていた。
(よかった。無事に決まりそうで)
こうして俺の婿入り先は、無事に決まるのであった。
◇
◇
それからしばらく月日が経つ。
まずは次男グラートン兄の結婚式が、サルチン領内で無事に開催された。
https://kakuyomu.jp/users/haanadenka/news/16818093082959060735
豪華な馬車と荷馬車の大行列が、ヴェネツィアル公国からサルチンにやってくる。
荷馬車には結納金の金銀財宝や絹織物、香辛料、装飾品が積まれていた。
夫婦と関係者で、サルチン市での大教会を式を挙げて、その後は祝い会。
領主の館と城砦内で、三日三晩、結婚の祝いが続いた。
サルチン市の城下町で同じようにお祭り騒ぎ。
多額の持参金と新領地ルッコラを持ってきてくれた花嫁を、市民の誰もが歓迎していた。
◇
「それじゃ、ジノ。またな」
「うん、グラートン兄さん、お気を付けて!」
結婚後、グラートン兄は新領地ルッコラに、妻と共に移り住んでいく。
今後は夫婦と家臣団で、ルッコラを統治していくのだ。
サルチン伯爵領地は今まで通り、父ブルーノと長男ダンテが統治。
これでサルチン家の国力と兵力は、今までの二倍以上になったのだ。
さららにヴェネツィアル貴族からの持参金と、各国の祝い金で、サルチン家の国庫はかなり潤っていた。
そのため貧乏な公爵家よりも、現在のサルチン家は裕福になったのだ。
◇
それから日が経ち、二人目の結婚の時が来た。
姉アンジェラの出発日がやってきたのだ。
サルチン城砦の中庭に、豪華な馬車と無数の荷馬車が整列していた。
フランクス王国に嫁いで行く一団だ。
そんな中心にいたのは、豪華絢爛な嫁入りドレスを着たアンジェラ。
https://kakuyomu.jp/users/haanadenka/news/16818093082958999877
いつも以上に美しく着飾った花嫁だ。
(アンジェラ姉さん…)
そんな美しい姉を見つめながら、俺は二日前の夜のことを、最後に体を合わせたこをと思い出す。
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